5選手が計8度の本塁打王に輝く

プロ野球の2020年シーズンもいよいよ終盤戦。ペナントの行方とともに気になるのが個人タイトル争いだ。

1950年の2リーグ分立以降で個人タイトルを獲得した選手数を球団別に調べてみた。本塁打王は下表の通りとなっている。

本塁打王獲得選手数ランキング


本塁打王のタイトルを獲得した選手が最も多い球団は中日と日本ハム。阪神は広島と並んでセ・リーグ5位タイの5人と少ない。今回は阪神の歴代本塁打王を振り返ってみたい。

「初代ミスタータイガース」藤村富美男に藤本勝巳も

1リーグ時代は「初代ミスタータイガース」藤村富美男や松木謙治郎が名を連ねているが、2リーグ分立後に初めて本塁打王に輝いたのは藤村だった。

阪神の歴代本塁打王


呉港中(広島)から発足間もない大阪タイガースに入り、主力として活躍した藤村は、1リーグ時代の1936年秋シーズンと1949年に本塁打王に輝き、2リーグ分立後の1953年、27本塁打で3度目となる本塁打王のタイトルを獲得した。

「物干し竿」と呼ばれた長いバットを使いこなし、「ダイナマイト打線」の主軸を張った。1946年と1955年から2年間は選手兼任監督、1957年は専任監督を務めた。

藤本勝巳は1960年に22本塁打でタイトル獲得。1967年に引退するまで通算113本塁打を放った。

王貞治を止めた田淵幸一、優勝に導いた掛布雅之とランディ・バース

田淵幸一は阪神史上でも屈指のスラッガーの一人だった。法政大で東京六大学新記録の22本塁打をマークし、1968年ドラフト1位で阪神入団。1年目から22本塁打を放って新人王に輝いた。

王貞治の高い壁に阻まれていたが、1975年に43本塁打で初めてのタイトル獲得。王の連続本塁打王を13年でストップした。西武に移籍後も含め、タイトルはこの一度だけだったが、通算474本塁打をマークしている。

習志野高から1973年ドラフト6位で阪神入団した掛布雅之は、1979年に48本塁打で初めての本塁打王。1982年に35本、1984年にも37本で計3度のキングに輝いた。1985年には40本、108打点をマークし、ランディ・バース、岡田彰布、真弓明信らとともにチームを優勝に導いた。

そのバースは1983年に来日し、3年目の1985年に54本塁打、134打点、打率.350で三冠王。翌1986年も47本塁打、109打点、打率.389で2年連続三冠王に輝いた。1988年に退団するまでNPB通算202本塁打を放っている。

阪神からは長らく誕生していない本塁打王。久々の和製大砲・大山悠輔には、バース以来のタイトル獲得に大きな期待がかかっている。

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