8選手が計20度の本塁打王に輝く

プロ野球の2020年シーズンもいよいよ終盤戦。ペナントの行方とともに気になるのが個人タイトル争いだ。

1950年の2リーグ分立以降で個人タイトルを獲得した選手数を球団別に調べてみた。本塁打王は下表の通りとなっている。

本塁打王獲得選手数ランキング


本塁打王のタイトルを獲得した選手が最も多い球団は中日と日本ハム。西武はパ・リーグ2位の8人と多く、回数では巨人に次ぐ20回となっている。今回は西武(前身球団含む)の歴代本塁打王を振り返ってみたい。なお、1952年のシーズン開幕直後に西鉄から東急に移籍してタイトルを獲得した深見安博は東急のみでカウントしている。

「怪童」中西太は5度のキング、土井正博は移籍1年目に初タイトル

2リーグ分立後、初めて本塁打王に輝いたのが西鉄時代の中西太だった。

西武の歴代本塁打王


高松一高時代に「怪童」と呼ばれた中西は1952年に西鉄入団し、12本塁打で新人王に輝くと、2年目の1953年に36本塁打、86打点で二冠王、さらに36盗塁でトリプルスリーを達成した。

以降、1954年(31本)、1955年(35本)、1956年(29本)と4年連続本塁打王。1958年にも23本塁打で5度目のタイトルを獲得した。中西は他にも打点王を3回、首位打者を2回獲得しており、通算244本塁打をマークしている。

近鉄の主力だった土井正博は1974年オフに太平洋クラブに移籍すると、34本塁打を放って初のタイトルを獲得した。引退までに通算465本塁打をマークしている。

黄金期の秋山幸二とデストラーデ、カブレラは55発

八代高(熊本)から1980年ドラフト外で西武入団した秋山幸二は、プロ5年目の1985年から3年連続40本塁打をマーク。1987年には43本を放って初めて本塁打王に輝いた。1990年には盗塁王にも輝くなど走攻守で活躍し、通算437本塁打、1312打点、303盗塁をマーク。引退後はソフトバンクの監督も務めた。

オレステス・デストラーデは秋山や清原和博らと並んで西武黄金期を象徴する選手の一人だ。1989年シーズン中に来日し、83試合の出場で32本塁打をマーク。翌1990年から42本、39本、41本で3年連続本塁打王に輝いた(1990、1991年は打点と併せ二冠)。

アレックス・カブレラは豪快なスイングで規格外の飛距離を出してファンを魅了した。来日2年目の2002年に当時日本タイ記録の55本塁打を放ってタイトル獲得。その後、オリックス、ソフトバンクでプレーし、NPB通算12年で357本塁打をマークしている。

中村剛也は6度、山川穂高は2年連続

エルネスト・メヒアは2014年に来日し、いきなり34本塁打で本塁打王。2年目の2015年も27本塁打、2016年は35本塁打をマークしたが、近年は低迷している。

中村剛也は21世紀のパ・リーグを代表するスラッガーの一人だ。大阪桐蔭高時代に通算83本塁打をマークし、2001年ドラフト2位で西武入りすると、2008年に46本塁打で初タイトル。以降、2009年(48本)、2011年(48本)、2012年(27本)、2014年(34本)、2015年(37本)と計6度も本塁打王に輝いている。

しかも2009年、2011年、2015年は打点と併せて二冠王、2019年にも打点王など輝かしい実績を残す。2019年には通算400本塁打をクリアしており、どこまで記録を伸ばすかファンならずとも注目だ。

山川穂高は中村とともに西武打線を引っ張る長距離砲。富士大からドラフト2位で入団して5年目の2018年、47本塁打でキングの座に就くと、翌2019年も43本塁打で2年連続タイトル獲得。チームのリーグ連覇に大きく貢献した。

【関連記事】
・岡本和真が狙う本塁打王、巨人の歴代キングは何人?【タイトル獲得選手数ランキング】
・大山悠輔は6人目なるか?阪神の歴代本塁打王はセ最少【タイトル獲得選手数ランキング】
・中日の歴代本塁打王は最多10人【タイトル獲得選手数ランキング】