4選手が計7度の本塁打王に輝く

プロ野球の2020年シーズンもいよいよ終盤戦。ペナントの行方とともに気になるのが個人タイトル争いだ。

1950年の2リーグ分立以降で個人タイトルを獲得した選手数を球団別に調べてみた。本塁打王は下表の通りとなっている。

本塁打王獲得選手数ランキング


本塁打王のタイトルを獲得した選手が最も多い球団は中日と日本ハム。ロッテは前身球団を含めてもわずか4人しかおらず、2005年に新規参入した楽天を除くと12球団最少だ。今回はロッテの歴代本塁打王を振り返ってみたい。

別当薫はパ初代MVP、「ミサイル打線」の山内一弘

2リーグ分立初年度の1950年に本塁打王に輝いたのが、毎日オリオンズの別当薫だった。

ロッテの歴代本塁打王


大阪タイガースから移籍した別当は、43本塁打、105打点で二冠王。さらに34盗塁でトリプルスリーを達成し、パ・リーグ初代MVPに輝いた。日本シリーズでも打率5割の活躍でチームを日本一に導き、MVPに選ばれた。別当は引退までに通算155本塁打をマークしている。

「大毎ミサイル打線」の中軸を担った山内一弘は、1959年に25本塁打、翌1960年に32本塁打で2年連続本塁打王。他にも打点王4回、首位打者1回獲得している。1963年オフに小山正明との「世紀のトレード」で阪神に移籍。広島時代の1970年に引退するまで通算396本塁打をマークした。

高打率残したレロン・リー、落合博満は三冠王3度

日本プロ野球史に残る兄弟助っ人「リー兄弟」の兄がレロン・リーだ。1977年に来日し、いきなり34本塁打、109打点で二冠王。1980年には.358で首位打者に輝くなど、ロッテ在籍11年でNPB通算283本塁打、912打点。4000打数以上の選手で歴代2位の通算打率.320を残している(1位は青木宣親)。

また、弟のレオン・リーは同時期にロッテ、大洋、ヤクルトで活躍し、2003年にはオリックスの監督を務めた。

ロッテに限らず日本球界で指折りの強打者に挙げられるのが落合博満。1978年ドラフト3位で東芝府中からロッテ入りし、1982年に32本塁打、99打点、打率.325で三冠王。1985年には52本塁打、146打点、打率.367、翌1986年も50本塁打、116打点、打率.360で2年連続3度目の三冠王に輝いた。

その後、中日、巨人、日本ハムと渡り歩き、歴代6位の通算510本塁打をマーク。日本人初の1億円プレーヤーとしても知られる。

広くて本塁方向に強風が吹くことの多いマリンスタジアムに本拠地を移してからは、本塁打王が誕生していないロッテ。井上晴哉やパワー自慢の助っ人がタイトル獲得する日が待たれる。

【関連記事】
・岡本和真が狙う本塁打王、巨人の歴代キングは何人?【タイトル獲得選手数ランキング】
・大山悠輔は6人目なるか?阪神の歴代本塁打王はセ最少【タイトル獲得選手数ランキング】
・中日の歴代本塁打王は最多10人【タイトル獲得選手数ランキング】