11選手が計25度、首位打者に輝く

プロ野球の2020年シーズンもいよいよ終盤戦。ペナントの行方とともに気になるのが個人タイトル争いだ。

1950年の2リーグ分立以降で個人タイトルを獲得した選手数を球団別に調べてみた。首位打者は下表の通りとなっている。

首位打者獲得選手数ランキング


首位打者のタイトルを獲得した選手が最も多い球団はロッテ。セ・リーグ最多は巨人の11人となっている。今回は巨人の歴代首位打者を振り返ってみたい。

毎年タイトル争った川上哲治と与那嶺要、6度獲得の長嶋茂雄

1リーグ時代は中島治康や川上哲治、呉昌征、青田昇らが名を連ねているが、2リーグ分立後に巨人で初めて首位打者に輝いたのが「打撃の神様」川上哲治だった。

巨人の歴代首位打者


1951年に打率.377、1953年に.347、1955年に.338で1年おきにタイトル獲得。1955年は79打点で打点王にも輝いた。1リーグ時代から通算で首位打者5回、本塁打王2回、打点王3回。引退後は監督としてV9を達成し、監督通算1066勝を挙げた。

ハワイ移民の日系2世として1951年に来日した与那嶺要は、1954年に打率.361、1956年に.338、1957年に.343で首位打者獲得。チームメートの川上哲治と毎年のようにタイトルを争った。引退後は中日監督として1974年に巨人の10連覇を阻止して優勝するなど、指導者としても実績を残した。

立教大から鳴り物入りで巨人入りした長嶋茂雄は、プロ2年目の1959年から3年連続首位打者に輝いた。さらに1963年に.341、1966年に.344、1971年に.320で計6度もタイトル獲得している。ほかに本塁打王には2度、打点王には5度輝いた。

王貞治は5度、巧打者の篠塚利夫、球団最高打率のクロマティ

通算868本塁打を放ち、13年連続本塁打王に輝いた王貞治は、首位打者も5度獲得している。1968年に.326、1969年に.345、1970年に.325で3年連続、さらに1973年に.355、1974年に.332をマーク。1973年と1974年は2年連続三冠王に輝いている。

銚子商時代に夏の甲子園で優勝した篠塚利夫は1975年ドラフト1位で巨人入団。左の巧打者として活躍し、1984年に.334、1987年に.333で2度の首位打者に輝いた。通算打率.3043は4000打数以上の打者で歴代13位となっている。

球団史上でも人気、実力ともにあった助っ人外国人の一人がウォーレン・クロマティだ。1984年に来日し、キングには届かなかったものの3年連続30発をマーク。6年目の1989年には打率.378で首位打者に輝いた。シーズン後半までキープしていた打率4割は達成できなかったものの、.378は現在も球団最高打率となっている。

日米通算507本塁打をマークした松井秀喜も1度だけ首位打者のタイトルを獲得している。2001年、打率.333をマーク。全イニング出場での首位打者は王貞治、イチローに次いで史上3人目だった。

ラミレスに長野久義、阿部慎之助、坂本勇人も

ヤクルト時代に本塁打王、打点王に輝き、2008年から巨人に移籍したアレックス・ラミレスは、2009年に打率.322で首位打者。DeNA時代の2013年には外国人史上初の2000安打を達成した。

日本大時代に日本ハム、ホンダ時代にロッテのドラフト指名を拒否し、2009年ドラフト1位で巨人入りした長野久義は、2年目の2011年に打率.316で首位打者。2019年にFAで加入した丸佳浩の人的補償で広島に移籍している。

中央大から2000年ドラフト1位で入団し、現在は二軍監督を務める阿部慎之助は、2012年に打率.340で首位打者に輝いた。同年は打点王と最高出塁率のタイトルも獲得している。

光星学院(現八戸学院光星)から2006年ドラフト1位で巨人入団した坂本勇人は、プロ10年目の2016年に打率.344で首位打者のタイトル獲得。通算2000安打に迫っており、2020年中の達成なるか注目されている。

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