近鉄、オリックス、横浜、ヤクルトの4球団が平安高・川口知哉を指名

夏の甲子園で中谷仁主将率いる智弁和歌山が優勝した1997年。秋のドラフトでは、準優勝した平安高(龍谷大平安高)の左腕・川口知哉に注目が集まっていた。

当時は大学生と社会人対象の逆指名制度があり、2巡目までに指名が重複した場合は抽選、3巡目以降はウェーバー方式というルール。川口には近鉄、オリックス、横浜、ヤクルトの4球団が競合した。

1997年ドラフト1巡目指名選手の成績


外れ1位も含め、各球団1位指名選手のプロ入り後の成績を振り返る。

中日は川上憲伸、ダイエーは永井智浩を逆指名で獲得

ロッテは上宮高・渡辺正人を指名。2002年と翌03年には100試合以上に出場したもののレギュラー奪取には至らず、2012年オフに戦力外となった。通算492試合出場で140安打、11本塁打の成績を残している。

中日は明治大の右腕・川上憲伸を逆指名で獲得。東京六大学リーグ通算28勝を挙げた実力で1年目から14勝をマークすると、2004年と2006年には17勝で最多勝に輝いた。MLBブレーブスでも計8勝を挙げ、日米通算125勝98敗2セーブ1ホールドをマークした。

ダイエーはJR東海の右腕・永井智浩を逆指名で獲得。1999年には先発で10勝を挙げて優勝に貢献したが、ケガもあって2005年オフに戦力外となった。通算28勝21敗の成績を残している。

阪神は全国制覇した智弁和歌山の捕手・中谷仁を指名した。しかし、正捕手にはなれず楽天、巨人と移籍し、2012年に引退。通算111試合出場で28安打、4本塁打。現在は母校・智弁和歌山高の監督を務めている。

日本ハムは清水章夫、注目の高橋由伸は巨人を逆指名

日本ハムは近畿大の左腕・清水章夫を逆指名で獲得。オリックス移籍後の2010年オフに戦力外となるまで通算279試合登板で17勝29敗2セーブ20ホールドの成績を残した。

慶応義塾大で東京六大学リーグ新記録の23本塁打をマークした高橋由伸は巨人を逆指名した。長く巨人の中軸を担い、2015年に引退するまで通算1753安打、321本塁打、986打点をマーク。引退してすぐ監督に就任し、3年間指揮を執った。

近鉄は平安高・川口知哉を外し、法政大で通算25勝をマークしていた左腕・真木将樹を指名。1年目に6勝を挙げたが、巨人移籍後の2002年に戦力外となった。通算11勝14敗だった。

広島はNTT関東の右腕・遠藤竜志を逆指名で獲得。1999年に中継ぎとして28試合に登板したが、2002年にユニフォームを脱いだ。通算2勝2敗だった。

4球団競合の川口知哉はオリックス

水戸商・井川慶、鳥取城北・能見篤史とともに「高校生左腕三羽ガラス」と呼ばれた川口知哉を引き当てたのはオリックスだった。キレのいいストレートと大きなカーブを武器に期待されたが、制球難に苦しみ、2004年オフに戦力外。通算9試合登板で0勝1敗だった。

横浜は川口を外し、町野高(現能登高)の右腕・谷口邦幸を指名。2005年オフに戦力外通告を受けるまで通算42試合登板で4勝10敗の成績を残した。

西武は専修大の右腕・安藤正則を逆指名で獲得。即戦力として期待されたが、一軍登板を果たせないまま2002年オフにユニフォームを脱いだ。

ヤクルトは川口を外して敦賀気比高の右腕・三上真司を指名。夏の甲子園でベスト8進出した好素材として期待されたが、わずか1試合に登板しただけで2001年に戦力外となった。

高橋と川上が飛び抜けた実績を残した1997年組。2巡目以下では水戸商高・井川慶が阪神2位、敬愛学園高・五十嵐亮太がヤクルト2位、東芝・坪井智哉が阪神4位、プリンスホテル・小林幹英が広島4位、亜細亜大・井端弘和が中日5位で入団している。

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