競技中の薬物使用による死亡例第一号はロードレース選手

自転車ロードレースとドーピング、スポーツ界において両者は切っても切れない関係だ。禁止薬物を用いて競技能力を高める行為は厳しく罰せられるが、とりわけロードレース種目はドーピングにまつわる大規模な事件が数多く発生し、そのたびに競技イメージを悪化させた。

ただ、かつては地に落ちた自転車ロードレースは、ここ数年の取り組みによって再び華やかさを取り戻している。その理由とは何か。この競技とドーピングとの歴史をたどりつつ、ロードレース界の現状とアンチ・ドーピング体制についてまとめてみる。

自転車競技者によるドーピング使用は19世紀までさかのぼる。1880年代にはレースでの薬物使用事例が報告されている。スポーツの歴史上、競技中または競技期間中の薬物使用が原因で死亡した例は自転車ロードレースが最初だったとされ、1896年にフランスで行われたレース「ボルドー〜パリ」でトリメチルを服用したイギリス人選手が命を落としている。

また、オリンピックでの競技者死亡例も自転車選手。1960年ローマ大会の100kmチームタイムトライアルに出場したデンマーク人選手が、薬物使用に起因する死亡であったことが確認されている。

過酷さゆえに禁止薬物に手を伸ばした選手たち

この競技が古くからドーピングと強いかかわりがある理由として考えられるのは、純粋に「過酷なスポーツ」だからだ。

いまでこそ選手のフィジカル向上や、機材の進化にともなう自転車の性能アップによって、ときに標高が2000mを超えるような状況下でも好勝負が演じられているが、大昔は条件が真逆。科学的トレーニングは存在せず、レース中に自転車が故障することもしばしば。そのたびに選手自らが修理をし、再びフィニッシュへと急ぐ。心身にかかる負担を和らげ、効率的にレースを運ぶならば、薬物に頼るのが一番という考えに至ったものと推察される。

同時に、この競技が薬物に対して寛容…いや、野放しであったことも事実。1920年代には、ストリキニーネ、コカイン、クロロホルム、アスピリンといった薬品の使用例が記録されているが、使用者への罰則は特になかったという。

禁止薬物の規制がまとまったのは、1965年のこと。ただ、その基準はあやふやで、それまでと同様に薬物使用者が続出。1967年のツール・ド・フランスでは、当時のトップ選手であるトム・シンプソンがアンフェタミンとアルコール、利尿剤の複数服用に原因があるとみられる状況でレース中に死亡。同時期のスター選手たちも、検査で陽性反応が出ることがありながら、その都度言い逃れをして場を切り抜けてきた。

2000年前後に多発したスキャンダルで世間の風当たりが強まる

自転車ロードレースへの世界的な風当たりが強くなったきっかけは、ツール1998年大会で起きた「フェスティナ事件」にある。この大会に出場した「フェスティナ・ロータス」のチーム車両から禁止物質が多数発見され、会期中にもかかわらず関連があるとされた選手や競技関係者が次々とフランスの警察当局に拘束されたビッグスキャンダル。

この頃のロードレース界は「勝利のために使える物はすべて使う」スタンスにあり、使用の可否を問わず薬物使用を避けた選手がいじめに遭うなど、ドーピングをしない者が少数派という状況が自然と生じていたとされる。また、組織的なドーピングも横行しており、チームによっては指定される薬物を使うことで給与とは別に報酬が支払われていたという事実も、のちに明らかになっている。

やがて、ドーピングを行っている者とそうではない者との能力差が明白となり、競技者として成功するには薬物に手を染めるしかない状況にまで、この競技全体が追い込まれていた。

その後もスキャンダルは後を絶たず、逮捕者(ドーピングを刑事罰の対象とする国が存在する)が毎シーズン出たほか、1999年から2005年までツールを7連覇したランス・アームストロングが後年ドーピングを告白し記録がすべて抹消される事案も発生。

アームストロングのケースでは、自身やチームメートからの陽性反応は出ていなかったものの、彼に近しい人物による証言や米国アンチ・ドーピング機構がそろえた多数の状況証拠が、ドーピング違反を決定づけるものとなった。

アームストロングの全盛期にチームメートだったフロイド・ランディスも、2006年のツールで一度は個人総合優勝が認められながら、大会期間中の検査で陽性反応が出ていたことが分かり、のちにタイトルをはく奪。その後、自身はもとよりアームストロングの薬物使用についても、各所の調査に協力している。

実りつつあるアンチ・ドーピング、経験者の言葉も大きな影響力に

ここ10年で、自転車ロードレースとドーピングとの関係性は徐々に断ち切れつつある。競技を統括するUCI(国際自転車競技連合)が、アンチ・ドーピング姿勢をプロチームの登録要件としていることや、競技中はもとより競技外での抜き打ち薬物検査も強化、一定の競技レベルを超えるチームに所属する選手は居場所登録を義務付けるなど、厳しい管理のもと違反行為を未然に防ごうと努めている。

また、同一チームで一定期間内に複数のドーピング違反者が出た場合の罰則も設定。昨年10月と今年3月に違反者を出したイタリアのチームが30日間の出場停止処分を受けている。

さらには、「ドーピング経験者」が過去の過ちを認め、後に続く選手たちが正しい道を歩めるよう的確なアドバイスを送り続けている点も見逃せない。違反した者の多くがロードレース界を追われたが、一方で自らの失敗を糧にアンチ・ドーピングの立場に転じ、競技のクリーン化を目指して活動している元選手もいる。実体験に基づく彼らの言葉は、選手や関係者だけでなく、日々レースを楽しむファンにも大きな影響を与えている。

近年では、自転車の中にモーターを隠してレースに臨む「機材ドーピング」の事案も浮上。ツールなどの大きな大会では特殊な機械を用いて自転車検査を行っている。

こうした取り組みが実を結び、大規模なスキャンダルはほぼ「ゼロ」となった。時代の変化とともに、ジュニア年代からの育成プログラムによって競技力を向上させたヤングライダーが台頭。スキャンダルが多発した頃はツールの成績上位者の大多数がドーピング違反であったことが後々明らかになったが、今では20歳代前半の選手たちが次々とトップシーンへと躍り出て快進撃。科学的な側面や他競技からノウハウを得ながら、ドーピングに溺れた時代を凌駕するレースが展開されるようになっている。

ドーピング問題に正面から向き合おうとする強い姿勢

いまなお違反事例は多く、スポーツ界全体の制裁数ランキングで自転車競技が2位(1位はボディービル)という2020年の報告もある。それでも、過去の汚点から目を背けず、歴史の重みを検証していくことで自転車ロードレースの深みは増していくことだろう。

壮大なスペクタクルへの情熱を傾けた人たちへのリスペクトと、いまのレースシーンを駆ける選手たちを見れば、この競技はドーピングがすべてではないと実感できるはずだ。

どの競技でも付きまとうドーピング問題だが、現在の自転車ロードレース界はそれと正面から向き合おうという強い意志が備わっている。

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