今春センバツは天理が4強、智弁が8強も夏は智弁が甲子園

高校野球で甲子園のグラウンドに立てるのはわずか49校しかない。嬉し涙の何倍もの悔し涙が全国各地の球場に染み込んでいる。たとえ全国レベルの実力を持っていても、ライバルを倒して勝ち上がらないと憧れの聖地には行けないのだ。

奈良は今夏も甲子園に出場している智弁学園と、春夏計3度の全国制覇を誇る天理が長らく「2強」を形成している。特に今年は両校ともセンバツに出場し、智弁が8強、天理が4強に進出。昨秋は県大会決勝で天理が勝って優勝し、今春県大会決勝では智弁が雪辱して優勝としのぎを削ってきた。

今夏も順当に勝ち上がれば決勝で激突するはずだった。天理は193センチの長身から最速148キロの速球を投げる右腕エース・達孝太、智弁は高校通算35本塁打を誇る左のスラッガー・前川右京と、ともにプロ注目の選手を擁している。

しかし、天理は準決勝で高田商に6−7で敗戦。ライバルと雌雄を決する前に涙を呑んだ。決勝でその高田商を6−4で破った智弁が春夏連続の甲子園を決めた。

1979年夏の県大会決勝で初対決

1977年までは奈良と和歌山から1校の代表校を決めており、戦前は和歌山中(現桐蔭)や海草中(現向揚)など和歌山勢が圧倒していた。天理は1959年に初出場。智弁学園は1968年に初めて甲子園の土を踏んだ。

1県1代表となった1978年以降、両校は激しく火花を散らす。夏の県大会決勝の対戦成績が下の表だ。

高校野球夏の奈良大会決勝の2強対決


初の頂上決戦となった1979年は天理が11−1と大勝。甲子園では初戦で日大三(西東京)を下したが、2回戦で浜田(島根)に敗れた。

センバツに両校がアベック出場した1985年夏は、智弁が9−8で熱戦を制して優勝。甲子園では初戦で東農大二(群馬)に敗退した。優勝は桑田真澄、清原和博が3年のPL学園(大阪)だった。

天理は翌1986年に初の全国制覇を果たし、1990年には秋のドラフトで日本ハム入りする長身右腕・南竜次を擁して2度目の全国制覇。翌1991年も巨人にドラフト1位で入団する右腕・谷口功一を擁して甲子園に出場し、1992年は県大会決勝でライバル・智弁学園を下して3年連続甲子園を決めた。甲子園では準々決勝まで進出し、東邦(愛知)に敗れた。

1978年以降2強以外で夏の甲子園出場はわずか3校

1997年センバツで優勝した天理は、同年夏に春夏連覇を目指して県大会決勝に進出したが、智弁に1−2で敗退。その智弁は甲子園で酒田南との初戦を12−3と大勝したが、3回戦で前橋工に敗れた。

その後、決勝での対戦はなかったものの、甲子園はほぼ毎年いずれかが出場する2強状態は続き、久々の頂上対決となったのが2010年。天理が14−1で智弁に大勝したが、甲子園では初戦で履正社(大阪)に敗退した。

2014年はセンバツにも出場していた智弁が8−6で天理を下して17回目の甲子園。現巨人の岡本和真が3年、廣岡大志が2年だったが、甲子園では初戦で岸潤一郎(現西武)のいた明徳義塾に敗れた。

2016年は村上頌樹(現阪神)を擁してセンバツ初優勝した智弁が、県大会決勝で天理との接戦を制して春夏連続出場。しかし、甲子園では初戦で出雲(島根)を下したものの、2回戦で鳴門(徳島)に敗れ、春夏連覇の夢は潰えた。

1978年以降、2強以外で夏の甲子園に出場したのは、1993年と2000年の郡山、2013年の桜井、2018年の奈良大付の3校のみ。それ以外は全て智弁と天理が制している。

今夏の甲子園では、智弁が倉敷商(岡山)に10−3と快勝して初戦突破。ライバル天理の分まで、夢舞台での快進撃が期待される。

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