二番打者の強攻が増加

投手の「先発完投型」が「先発」「中継ぎ」「抑え」の分業制になったように、時代とともに野球は変わる。「ダウンスイングとレベルスイングはOKでも、アッパースイングだけはダメ」と言われていたのに、今は「フライボール革命」によりアッパースイングが推奨される。

かつては一番打者が出塁すると二番打者はバントで送るのが定石だったが、現在は大谷翔平(エンゼルス)のように左の強打者が二番に入ることが多く、思い切り引っ張る。

なぜなら投手は送りバントをされて一死二塁になったとしても、ワンアウトを取れたことにより安堵感があるため、その逆をいく。しかも一塁手が牽制に備えてベースに張り付くので一、二塁間が大きくあき、そこを破れば一、三塁とチャンス拡大、ビッグイニングの可能性が出てくる。

だから守備側はそれを防ぐため、遊撃手が二塁ベース上を守るシフトを敷く。左打者のヒッティングに伴ない、攻撃側は必然的にバントと盗塁の作戦が減ることになるわけだ。

荻野貴司、和田康士朗、西川遥輝、源田壮亮の4人が盗塁王

そういった事情もあり、パ・リーグ盗塁王は史上最少の24個。荻野貴司、和田康士朗(ともにロッテ)、西川遥輝(日本ハム)、源田壮亮(西武)の4人がタイトルを分け合った。

「かつてのバットマンレースのように見苦しい四球合戦が繰り広げられるくらいなら、同数で並んだままタイトルを分け合った方がいい」という空気が出てきたが、この少なさは寂しい気もする。

セ・リーグ盗塁王は新人・中野拓夢(阪神)の30個(セ・リーグ最少は1993年巨人・緒方耕一と横浜・石井琢朗の24個)。失敗が2個と少ないので価値は高い。しかし、新人が盗塁王とは、裏を返せば他選手が走っていなかったとも言える。

セ・リーグ2位は近本光司の24個で、阪神のチーム盗塁数はリーグ断トツの計114個。積極走塁は矢野燿大監督の考えである。盗塁の有用性とは、前の塁を狙う積極性がチームに相乗効果をもたらすことでもある。

シーズン60盗塁は2011年の本多雄一が最後

パ・リーグで60盗塁は2011年の本多雄一(ソフトバンク)が最後。セ・リーグで60盗塁は赤星憲広(阪神)の2003年〜05年以来途絶えている。当時の捕手は古田敦也(ヤクルト)、谷繁元信(中日)、阿部慎之助(巨人)、中村武志(横浜)、矢野燿大(阪神)と強肩揃いだったが、盗塁企図の意識は高かった。

「なるべく早いカウントで走って、打者に落ち着いて打たせてあげたい。でも1球目の変化球のとき走れないでいて、2球目ストレートのとき走るとアウトの確率が高くなる。僕はスコアラーに頼んで、自分の後を打つ二番打者・三番打者に対するバッテリーの配球を研究しました」(赤星)。

セットポジションからの投球が速かったのが「スーパークイック」と呼ばれた久保康友(ロッテ→阪神→DeNA)。球審は投手が投げる瞬間に腰をかがめてボール、ストライクをジャッジする。しかし、ある審判は「久保はセットポジションからいつ打者に投げて来るか分からないし、それが速くて腰をかがめるのが追いつかなかった」と言う。

現在、強肩捕手として思い浮かぶのは甲斐拓也(ソフトバンク)、中村悠平(ヤクルト)、木下拓哉(中日)、小林誠司(巨人)あたりだろうか。現場歴30年のその審判と筆者は「二塁送球がすばらしい捕手」が一致した。「地肩が強い」中嶋聡(オリックス)、「コントロールがいい」古田敦也(ヤクルト)だ。

投手はクイックで、捕手は強肩やスローイングで、走者とスリリングなせめぎ合いをしていた。そういった見えにくい野球の醍醐味を味わう機会が減っていくとしたら残念でならない。

【関連記事】
・セ盗塁王・中野拓夢は成功率1位タイ!和田康士朗は代走専門で初タイトル
・ロッテ・和田、ヤクルト・並木ら新世代スピードスターが盗塁王となるために必要な打撃成績とは
・【セ・リーグ犠打ランキング】不動の菊池涼介が消え、阪神・中野拓夢がトップ