全てを変えた日本屈指の指揮官・曺貴裁監督

日本有数の観光都市「京都」が、サッカーでも日本最高峰の舞台へとのし上がった。

2021年のJ2は、6位までが参加できる昇格プレーオフがなく、J1昇格の条件は長くて厳しいリーグ戦42試合を戦い2位以内に入った場合のみ。非常に難しいJ2の舞台で京都サンガは2位に入り、悲願の12年ぶりJ1昇格を成し遂げた。

2020シーズンは16勝11分け15敗。勝負弱かった彼らはなぜ1年で劇的に変貌し、最高の結果をつかみ取ることができたのだろうか。

京都サンガの歴史は実は現在のJクラブの中では最も古く、1922年に発足した京都紫光クラブを前身としている。1996年から「京都パープルサンガ」としてJリーグに参戦し、2007年に現在の「京都サンガF.C.」へチーム名を変更した。

決して平坦な道ではなかった。J参戦初年度の1996年は開幕から屈辱の17連敗。2000年には後の日本代表・松井大輔や韓国代表パク・チソンが加入するもJ2に降格した。

その後はJ1昇格とJ2降格を繰り返すエレベータークラブに。2011年からはとうとうJ2の沼にハマってしまった。大木監督が2011年から3年間チームを率いたのを最後に1〜2年で監督を入れ替える低迷と迷走の時代に突入した。

しかし2021年、一人の男が低迷の時代に終止符を打った。日本屈指の名将・曺貴裁(チョウキジェ)監督を新しく迎えたのだ。

曺監督は2019年8月、当時監督をしていた湘南ベルマーレでのパワハラ問題が発覚し解任。10月から1年間のS級ライセンス資格停止を受け、その間は流通経済大学でコーチを務めていた。そして約1年半の真摯な取り組みが認められ、再びJの舞台に戻ってきた。

流通経大の中野監督は「2019年末に会ったときは元気がなかった。指導現場に立つのが怖いと言い、人間不信になっていた。しかし彼には選手の能力を引き出す力がある。サッカー界の宝だし、堂々と復帰できる道を作りたい」と後押しし、指導力を高く評価。「流通経大は2部だが今年日本で1番強い」とまで語り、曺監督の手腕を絶賛していた。約1年半の充電期間を経てパワーアップして戻ってきたのだ。

「日本のリバプール」

昨季開幕5試合は2勝1分け2敗と不安定な戦いぶり。しかし、曺監督本人が「ターニングポイント」と語る第6節のジェフユナイテッド千葉戦ですべてが好転した。

今季ホームで初めて勝利したこの試合では、試合前に選手に「君たちが進化するための蝋燭が心の中に5本あるとして、俺たち指導者が火をつけてあげられるのは多くても4本まで。最後の蝋燭の火を灯すのは自分自身だよ。俺は灯せないよ」と語ったという。

J1昇格を目指す上で、前節は昇格組ブラウブリッツ秋田に敗れ、戦い方に迷いが生じていたタイミング。しかし、ふたを開ければ選手が躍動し2-1で勝利。「この勝ちで今年のやり方に自信を持てた」と言う。

曺監督の京都サンガは、イングランドを圧倒的な成績で制した2019〜2020シーズンのリバプール(イングランド)のようだ。基本布陣4-1-2-3で、今季のJ2の中で最高のプレッシング戦術を見せていた。

生命線は3枚のミッドフィルダー。前線の3トップが限定してパスの出先を誘導し、サイドに出たボールに対しては京都のサイドバックが迎撃するのではなく、主に3枚のミッドフィルダーが猛ダッシュでスライドして対応。サイドバックが前に出るとその分裏にスペースを作ってしまうためリスクが高いが、このシステムであればそのリスクを減らすことができる。

そして3トップがプレスバックして挟み込み、苦し紛れに入れた制度の低いパスを全員で奪い切る。これが見事にハマり続け、第6節千葉戦からは無傷の6連勝、第21節でV・ファーレン長崎に敗れるまで15試合負けなしを達成。J屈指のホームスタジアム・サンガスタジアムby京セラが後押しして展開されるアグレッシブでスピーディなフットボールは観客を魅了した。

Jで最も勝利に貪欲な集団

そして彼らは目の前の勝利にフルコミットしていた。筆者の知人で、シーズン開幕前のキャンプでトレーニングマッチを戦った当時沖縄SV所属の杉山颯汰選手(現ベルガロッソ浜田)は、「7つくらいのJクラブとトレーニングマッチをしたけど、一番京都サンガが強かった。全員がチームのために走り、まだ公式戦が始まっていないキャンプなのに既に戦う集団になっていた」と語る。

筆者が観戦に行ったツエーゲン金沢vs京都サンガでは、先制点を取った後、喜ぶのもそこそこにピッチ内の選手全員で声をかけ合い、気を引き締める姿を見た。ベンチのスタッフとサブの選手全員も声をかけていて、ピッチ内と外で熱量に全く差がなかった。

その後追いつかれたのち勝ち越したが、そこからはツエーゲン金沢がやられると最も苦しいブロック守備を選び、守り切ったのだ。ピッチの中にも外にも甘えは一切なく、目の前の対戦相手を倒すために最善の方法を全員で一丸となってやり抜く。彼らが強くない理由がなかった。

勝負の2022シーズンへ補強も着々

「日本最古のJクラブ」は今年、J1に挑戦する。そしてJ1で戦い生き残るために一番重要なことにすでに十分以上に着手している印象だ。チームの強化、補強だ。

2020シーズン盤石の戦いでJ2を圧倒した徳島ヴォルティスでも、1年後にはJ2降格の憂き目にあった。J2で通用したことがJ1では通用しない。やってしまってもJ2では取り戻せたミスがJ1では取り返しがつかない。ゴールキーパーが止めてくれたり相手が外してくれたりしていた被決定機が、J1では確実に決められてしまう。J2では決められたシュートがJ1では決まらない。そういうことの連続だ。

その点、京都サンガはすでに非常に強力な陣容を整えつつある。ヨルディ・バイスや庄司悦大らは退団となってしまったが、J1で活躍したアタッカーの豊川雄太や山崎凌吾をそれぞれセレッソ大阪と名古屋グランパスから完全移籍で獲得。ディフェンスラインも屈強なアピアタウィア久をJ2降格したベガルタ仙台から引き抜き、今シーズン印象的な活躍を見せたメンデスもヴァンフォーレ甲府から獲得した。

さらにピーター・ウタカや松田天馬、福岡慎平や川崎颯汰ら、今年の主力で曺監督のスタイルを熟知する多くの選手が契約を更新した。さらに左サイドバックとして圧巻のパフォーマンスを連発した荻原拓也が浦和レッズからの期限付き移籍を延長。最重要人物だった曺監督も契約を更新した。まだ補強の動きは続きそうで、チームもJ1仕様に仕上がりつつある。

12年ぶりのJ1だ。必ずどこかで苦しい時期が来るだろう。それでも日本屈指の指揮官に率いられた「日本で一番貪欲な男達」の冒険には期待せざるを得ない。

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