EL決勝で途中出場ながら驚異のスタッツを記録

日本人としては20年ぶりの快挙だ。18日、UEFAヨーロッパリーグ(EL)の決勝がスペインのセビージャで行われ、フランクフルト(ドイツ)がレンジャーズ(スコットランド)とのPK戦を制して優勝を果たした。

この試合に、フランクフルト所属の2人の日本人が出場した。スタメン出場した鎌田大地、そして途中出場した長谷部誠。 今大会5得点で優勝に大きく貢献した鎌田のステップアップにも期待が高まるが、今回は大ベテランの域に達しながら重要な存在であり続ける長谷部の凄まじさに着目したい。

この決勝で、先制を許した直後の58分に3バックの中央に投入された長谷部。得点を奪わないといけない、かつ失点は許されないという難しい状況での出場となったが、見事な活躍をみせる。地上戦では4回、空中戦でも2回のデュエルを全勝。またパスの本数は49で、途中出場でありながらチーム2位を記録した。

ELの優勝で、長谷部が獲得してきたタイトルの数は10に到達。浦和レッズ時代のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)を皮切りに、天皇杯やJ1リーグ、日本代表での2011年のAFCアジアカップ、VfLヴォルフスブルク時代のブンデスリーガ、そして今回のELなど、それらのほとんどに主力として出場していたことも見逃せない。

長谷部誠が獲得したタイトル

徐々にポジションを下げつつ、止まらない成長

近年では、主な出場は3バックの中央。だが、ヴォルフスブルクやフランクフルトでは右SBでプレーすることも少なくなく、2011年にはGKの退場により急遽GKとして10分少々を戦い抜いたこともある。日本代表での活躍が記憶に残っている人にとっては、ボランチの選手というイメージだろう。

プロ生活を始めた浦和レッズ時代には力強いドリブルやパスセンス、シュートといった攻撃に関する部分も高く評価されており、トップ下の位置で出場していた時期もあった。2004年のジュビロ磐田戦でみせたセンターサークル付近からのドリブル、そして体勢を崩しながらも決めた得点は、現在でも語り継がれている。

振り返ると、徐々にポジションを下げ、そして非常に多くのポジションでプレーしてきた。本心ではその時々で望むポジションがあっても、試合では決して妥協することなく、どのポジションでも柔軟に対応できる戦術理解度の高さには感服させられるばかりだ。

ELを制したフランクフルトは来季、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)に出場する。長谷部もその舞台に立つことだろう。積み上げてきたものを駆使して世界トップクラスの選手達とわたり合う姿が、今から楽しみでならない。

38歳にして契約を5年間も延長できた理由

今年の3月2日、長谷部はクラブとの契約を2027年まで延長したことを発表した。つまりは5年契約。すでに38歳になっていた選手に対し、クラブがこれだけの長期契約を提示することは極めて稀なことだ。

可能な限り選手としてプレーしたいと考える長谷部への最大限の評価でもある一方で、その後のキャリアをクラブでともに築いてほしいという思いも込められたものだろう。

思い返すと日本代表時代にも、そのリーダーシップや発する言葉はサッカーファンのみならず非常に多くの人々に影響を与えていた。その現れが、2013年に「理想の上司ランキング」で3位に入り、「心を整える。」がスポーツ選手の著書として初のミリオンセラーを達成したことだといえる。

そういった部分は、ドイツにおいても非常に高く評価されている。常にベストを尽くし、言うべきことは言うというプロのお手本になれる選手であり、だからこその5年契約だ。

スポーツ界には「名選手名監督にあらず」という格言がある。プレーヤーとして大成功したからといって指導者として大成するとは限らない、という意味だ。プレーヤーと指導者では必要なスキルが異なるためにこういうことが起こってしまう。

とはいえ、名選手が名監督となった例も非常に多いのも事実。Jリーグでも元選手が指導者となる例は増えており、現在の日本代表監督である森保一氏も元日本代表選手だった。長谷部が将来監督を目指すのか定かではないが、指導者に重要なリーダーシップと発言力は疑いの余地がなく、すでに期待する声は大きい。

日本を代表する選手、長谷部誠。プレーヤーとしてもおそらくその後も、日本サッカー界にポジティブな影響を与え続ける存在はまさに理想の上司像、といえるだろう。

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