サッカー人生を左右する前十字靭帯断裂とは?

先月のE-1選手権で約10年ぶりにA代表復帰を果たしたFW宮市亮(横浜F・マリノス)が韓国戦で負傷。右膝前十字靭帯断裂と診断され、8月2日に神奈川県内の病院で手術を受けた。重傷を繰り返した宮市は「引退」の二文字が頭をよぎるも踏みとどまり、現役続行を誓い復帰を目指す。

ところで前十字靭帯断裂とは、そもそもどのようなケガなのだろうか。宮市の負傷を機に調べてみた。膝の前十字靭帯とは膝関節内で十字に交差した2本の靭帯、膝関節の真ん中で大腿骨(太もも)と脛骨(すね)をつなぐ、コラーゲンでできた強力な繊維束を指す。それが膝関節をズレないように安定され、スムーズに動くように補助するのが役割となる。

膝前十字靭帯の大ケガを誘発するのは、プレー中の方向転換や着地の際に膝をひねったりすること。それで前十字靭帯に強い力が加わり、靭帯が伸びたり部分的に切れる状態を「損傷」という。文字通り完全に切れた状態を「断裂」と呼ぶ。

損傷と断裂は、極論をいえば違いはない。断裂は手術が必要だと見当がつくが、損傷もその度合によって前十字靭帯としての機能を失えば、断裂と同じく膝崩れ(膝がガクッとして力が入らず崩れる)の症状が出るため、同等のケガといえる。なお、病院では断裂していても「前十字靭帯損傷」の名称で診断される。

一度、靭帯が伸びたり切れてしまうと自然治癒の可能性はほぼない。そのため、復帰を望むスポーツ選手には、損傷した靭帯の代わりに自身の腱を移植する「前十字靭帯再建術」を行うのが一般的だ。

術後に再発する確率は、対象研究によって誤差はあるが約20%といわれている。やはり他の関節系のケガと同様、一度負傷すれば再発のリスクが高まる。また、片方の膝のケガにより体・筋力のバランスが変わってしまうことが危険因子となり、反対側の膝も断裂や損傷を起こすケースも多い。

4度の靭帯断裂から復帰したカターレ富山の最古参

前十字靭帯断裂(損傷)は、「選手生命を左右する大ケガ」と耳にするが、宮市以外にも重傷を2回以上経験した現役Jリーガーが6人いる。そのうちの4人は、左右両膝の前十字靭帯を断裂または損傷した過去を持つ。

前十字靭帯断裂&損傷2回以上の現役Jリーガー


宮市と並び最多の4度、前十字靭帯を負傷しているのが、カターレ富山のMF椎名伸志だ。高校時代は青森山田高校で1学年下の柴崎岳と共に中盤を仕切り、将来を嘱望された。しかし高校、大学時代に各1回、プロ入り後も2回も前十字靭帯を断裂…。

それでも不死鳥のごとく生還し、最後の断裂から約2年経過した昨シーズンは、自身初の全試合出場&最多タイの8アシストを記録。いばらの道を歩んだ在籍8年目のチーム最古参には、まだ伸びしろがある。

山瀬功治は2度の断裂から18年間プレー

断裂&損傷が3回以下の選手は、北海道コンサドーレ札幌のMF深井一希以外、日本代表経験者が並ぶ。しかも、どの選手も2度の重傷を負ったあともA代表に呼ばれている。

湘南ベルマーレのMF米本拓司は、FC東京在籍時の10年と11年に立て続けに左膝前十字靭帯を損傷したが、15年7月に東アジアカップに臨む日本代表に5年4か月ぶりに招集された。

ところが、その1年後に今度は右膝の靭帯断裂の憂き目に遭い、FC東京での出番が減る。けれども19年に移籍した名古屋グランパスで復活。カウンターサッカーの中で水の得た魚のように躍動し、往年のボールハント力を呼び覚ました。

GK東口順昭(ガンバ大阪)は、前所属のアルビレックス新潟時代の11年8月に、ファン感イベントの軽いゲームで右膝前十字靭帯断裂のまさかのアクシデントが襲う。翌年10月の練習試合でも再び同じ箇所を断裂。それでもG大阪移籍1年目の14年に3年ぶりにA代表に呼ばれてサブながら定着し、2018FIFAワールドカップロシアのメンバーにも選ばれた。

40歳になったMF山瀬功治(レノファ山口FC)も、若かりし頃に両膝が悲鳴を上げた。札幌時代の21歳の時に右膝、23歳の浦和レッズ移籍2年目に左膝の靭帯を断裂。それでも横浜FMに在籍した6シーズン(05〜10年)は背番号10を纏って輝きを放ち、その間に国際Aマッチ 13試合出場・5得点を挙げている。

今季より加入した山口では、2節のブラウブリッツ秋田戦で、歴代2位となるJリーグ23年連続ゴールを達成。04年の2度目の靭帯断裂から18年の時を経ても現役を続けている。今年3月には史上4人目となるJ通算600試合出場の偉業も遂げ、同じ悪夢の大ケガを負った選手たちの“希望”になっている。

佐々木翔は2度の悪夢のあとに代表初選出

DF佐々木翔(サンフレッチェ広島)は、先のE-1選手権でサムライブルーの一員として強度の高い守備を見せた。広島でも守りの屋台骨を支える名手は、6年前の16年に右膝前十字靭帯を断裂。術後9か月後に傷が癒えるも直後のトレーニングで、断裂が再発する悲劇に見舞われた。

結局、戦列復帰を果たすまでに2年の歳月を費やした佐々木は、18年シーズンに広島でレギュラーを奪取。8月には森保一監督就任後の日本代表に初選出され、28歳にして代表デビューを飾っている。彼も同じような境遇を持つ選手にとっての希望の星だ。

ある研究では、復帰後1年経っても損傷前のレベルで競技ができていないトップアスリートが44%もいたという報告がある。ましてや2回も膝に大きなダメージを負えば、その確率は確実に高くなるはず。そう考えると2度の靭帯断裂&損傷から這い上がり、国内最高峰の日本代表の頂に到達するのが、どれだけ凄いことか理解できるだろう。

宮市は、さらにその上をいく3度の靭帯断裂を乗り越え、A代表に返り咲いた。その不屈の精神には感服の至りだ。ところが皮肉なことに、その代表戦でサッカーの神様に再び奈落の底に突き落とされた…。想像を絶する試練にあらがう覚悟を決めた宮市が、4度目の断裂という深遠な暗闇から抜け出し、疾走する日を待ちたい。

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