九州場所は阿炎が巴戦を制して初優勝

大相撲九州場所は前頭九枚目・阿炎が初優勝を果たした。

11勝で千秋楽を迎えた阿炎は、12勝で単独トップを走っていた東前頭筆頭・高安を本割で破って並ぶと、結びで大関・貴景勝が勝ったため3人が12勝3敗で優勝決定巴戦に突入。阿炎は高安、貴景勝に連勝してあっさりと初優勝を決めた。

横綱・照ノ富士が全休となった今場所。貴景勝の奮闘でどうにか格好はついたが、もう一人のカド番大関・正代は6勝9敗で負け越し。2023年初場所は関脇へ陥落することになった。

また、大関から陥落したばかりの関脇・御嶽海は10勝以上で大関に復帰できたが、6勝9敗で負け越し。先場所11勝を挙げた東関脇・若隆景も8勝どまりで、西関脇・豊昇龍は11勝を挙げたものの三役での2桁勝利は初めてだ。

これにより、来場所は125年ぶりの1横綱1大関となることが確実。大横綱・白鵬が引退し、他の力士が大関に昇進しても定着しない現状ではファン離れが危惧される。

第3次伊藤博文内閣が発足した125年前

大関、関脇、小結の三役は必ず東西に2人以上いなければならないと定められているため、1人大関の場合は横綱が大関を兼ねる。最近では令和2年春場所で大関が貴景勝1人だったため、西横綱・鶴竜(東横綱は白鵬)が「横綱大関」となった例があるが、来場所は照ノ富士が3年ぶりに「横綱大関」となる。

125年前と言えば、明治31年(1898年)だ。3年前に日清戦争が終わり、1月に第3次伊藤博文内閣、6月に第1次大隈重信内閣が発足。世界ではアメリカとスペインの米西戦争が勃発し、アメリカがハワイ共和国を併合するなど激動の時代だった。プロ野球はもちろん、東京六大学野球すら始まっていない。

そんな明治31年春場所の横綱大関は小錦八十吉。ハワイからやって来た超大型力士ではない。明治時代に活躍した初代小錦だ。大関は鳳凰馬五郎。1横綱1大関は同年春場所だけで、翌場所は初代朝汐太郎が関脇から大関に昇進している。

ちなみに大関以上が2人だけだったのは、曙と小錦が大関だった1993年初場所以来30年ぶりとなる。前年に現日本相撲協会理事長の北勝海が引退したため横綱は不在だった。

1横綱1大関は125年ぶりの珍事と笑っている状況ではない。若隆景や豊昇龍ら大関を狙う力士にとってはチャンスでもある。相撲人気復活のためにも次世代を担うスターの出現が待たれる。

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