背番号17を背負う意味とは

サッカーの背番後は元々ポジションを示していたが、12番より大きい番号に特定のイメージはない。ただ、サッカーでエースナンバーとされる背番号10と、クリスティアーノ・ロナウドの背番号7を組み合わせた番号として、背番号17は密かな人気を集めているとも言われる。

イタリアでは「17」は“不吉”な数字とされるため好んで選択されることは少ないが、日本では名選手が多い番号でもある。歴代のサッカー日本代表で17番を背負った選手を紹介する。

宮本恒靖

宮本恒靖は大阪の公立進学校・生野高時代にガンバ大阪ユースに所属。1995年にガンバ大阪のトップチームに昇格し、Jリーグデビューを果たした。2006年シーズン終了後にオーストリアのザルツブルクに移籍。2009年からヴィッセル神戸でプレーし、J1通算337試合に出場した。

日本代表では2002年の日韓共催ワールドカップで鼻骨骨折しながら黒いフェイスガードをつけてプレーし「バットマン」と呼ばれた。2006年のドイツワールドカップにも出場し、U-17日本代表からA代表までの全カテゴリで主将を務めたキャプテンシーの持ち主でもあった。国際Aマッチ通算71試合に出場している。

引退後は2017年7月からガンバ大阪の監督に就任。2021年5月に成績低迷のため解任され、2022年3月に日本サッカー協会理事に就任している。

駒野友一

駒野友一は2000年にサンフレッチェ広島に加入し、ジュビロ磐田、FC東京、アビスパ福岡に移籍。SBのポジションからサイドを駆け上がってクロスをゴール前に蹴り込み、何度もチャンスメイクした。J1通算では374試合出場19得点の成績を残しており、2019年から元日本代表監督・岡田武史が代表を務めるFC今治に所属している。

日本代表では2005年の東アジア選手権に背番号17で出場。2006年ドイツワールドカップと2010年南アフリカワールドカップは背番号3だった。国際Aマッチ通算78試合に出場している。

長谷部誠

長谷部誠は藤枝東高から2002年に浦和レッズに加入。2008年にドイツのヴォルフスブルクへ移籍し、ニュルンベルク、フランクフルトと所属を変えながらブンデスリーガでプレーしている。38歳となった今も現役だ。

日本代表では2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、2018年ロシア大会と3度のワールドカップにいずれも背番号17で出場。日本代表史上6人目となる国際Aマッチ100試合出場を達成し、通算114試合に出場している。

2011年に出版した著書「心を整える。勝利をたぐり寄せるための56の習慣」はミリオンセラー。真面目な性格とキャプテンシー、高い理解力を併せ持ち、将来は指導者としても期待されている。

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