背番号23を背負う意味とは

サッカーの背番号は正ゴールキーパーの1番から前線に近付くにつれて大きくなっていくことが一般的だ。20番台となると控え選手が背負うことが多いため特定のイメージはあまりないが、23番は元イングランド代表MFデビッド・ベッカムがレアル・マドリードなどで背負った印象が強い。

日本代表では3番手のゴールキーパーが多く、後に正ゴールキーパーの背番号1を背負う選手が名を連ねている。歴代の日本代表で背番号23をつけた主な選手を紹介する。

川口能活

日本サッカー史に残るゴールキーパーとして名前が挙がる川口能活も23番を背負っていた。清水商からスター候補として1994年に横浜マリノスに加入し、「マイアミの奇跡」を起こした1996年アトランタ五輪には背番号1をつけて出場。日本が初出場した1998年フランスワールドカップでは背番号20だったが、初戦のアルゼンチン戦では23本のシュートを浴びながら1失点で抑えた。

2002年の日韓共催ワールドカップでは背番号1だったものの出場機会なし。自身3度目となる2006年のドイツワールドカップには背番号23で全3試合に出場し、グループリーグで敗退したものの好セーブを連発して世界的に評価を高めた。

国際Aマッチ116試合出場は日本歴代6位。クラブでは、SC相模原移籍1年目の2016年も背番号23を背負った。

川島永嗣

2022年のカタールワールドカップで背番号1を背負う川島永嗣もかつては背番号23だった。日本代表デビューを果たした2007年の東アジア選手権・北朝鮮戦で背負っていたのが23番。その後、2010年の南アフリカワールドカップでは背番号21ながら楢崎正剛から正ゴールキーパーの座を奪い、全試合に出場してベスト16入りに貢献した。

2014年のブラジル大会、2018年のロシア大会、2022年のカタール大会はいずれも背番号1を背負う。国際Aマッチ出場は95試合。日本の守護神へ駆け上げる第一歩が23番だった。現在所属するフランスのストラスブールでは背番号16をつけている。

西川周作

浦和レッズの守護神として活躍する西川周作も、日本代表で背番号23を背負った一人だ。2005年に大分トリニータでJリーグデビューすると、サンフレッチェ広島を経て2014年から浦和レッズでプレー。歴代5位となるJ1通算554試合に出場している。

日本代表では2010年2月の東アジア選手権に背番号23でメンバー入りしながら、同年の南アフリカワールドカップでは落選。2014年のブラジルワールドカップでは背番号12でメンバー入りしたが出場機会はなかった。

Jリーグでは歴代3位の楢﨑正剛、同2位の曽ヶ端準を抜き去り、J1通算172試合無失点の最多記録を持っている。

東口順昭

東口順昭はアルビレックス新潟でプロデビューし、2014年からかつてジュニアユースに所属していたガンバ大阪に移籍した。J1通算373試合に出場し、無失点試合は歴代4位の109を数える。

日本代表では2015年の東アジアカップ中国戦で国際Aマッチ初出場。2018年のロシアワールドカップは背番号12でメンバー入りしたものの出場機会はなかった。

ガンバ大阪ユースに昇格できず京都・洛南高に進学し、卒業後に進んだ福井工大では2年時にサッカー部が解散したため新潟経営大に転入した苦労人。努力と情熱でつかみ取ったガンバの正守護神は安定感のあるプレーでゴールマウスを守っている。

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