2020年現役選手の背番号「35」

2020年各球団の背番号「35」は下記の選手が背負っている。

西武:不在
ソフトバンク:リバン・モイネロ投手
楽天:島内宏明外野手
ロッテ:渡邉啓太投手
日本ハム:西村天裕投手
オリックス:比嘉幹貴投手
巨人:桜井俊貴投手
DeNA:三上朋也投手
阪神:才木浩人投手
広島:三好匠内野手
中日:木下拓哉捕手
ヤクルト:杉山晃基投手

不在:1球団
永久欠番:0球団
投手:8球団
捕手:1球団
内野手:1球団
外野手:1球団

投手、野手どちらも着用することがある背番号「35」。2020年シーズンでは投手が8球団と多い。

巨人・桜井俊貴は立命館大から2015年ドラフト1位でプロ入りした当時は「21」、2年目から「36」、4年目の2019年から西村健太朗の引退を受けて「35」に変更している。

阪神・才木浩人は須磨翔風高から2016年ドラフト3位で入団。高卒2年目の2018年に6勝を挙げた期待の右腕だ。

キューバ出身のソフトバンク・モイネロは、2017年シーズン途中に育成契約から支配下登録を勝ち取り、背番号「35」を手に入れた。貴重な中継ぎ左腕として活躍している。

野手に目を向けると、楽天・島内宏明がこの番号だ。明治大から2011年ドラフト6位で入団し、6年目の2017年にフル出場するなどレギュラーとして活躍。明治大の同期には広島の野村祐輔がいる。

巨人の背番号「35」

巨人の初代背番号「35」は藤本英雄だ。藤本は1942年、1943年の2シーズンをこの番号でプレーしており、特に1943年の成績は圧巻だった。

56試合に登板し19完封を含む34勝11敗、防御率0.73、253奪三振、勝率.756を記録。最多勝、最優秀防御率、最多勝、最高勝率のタイトルを獲得した。この年に記録した19完封、防御率0.73は現在もプロ野球記録として残っている。

その後、多くの選手が「35」を背負った。淡口憲治、清水隆行、亀井義行といった実績のある選手も着用。2010年から2018年までは西村健太朗が背負った。

広陵高時代にセンバツ優勝した西村は、中継ぎ、抑えとして活躍。2013年には42セーブをマークし、最多セーブのタイトルを獲得、リーグ優勝に大きく貢献した。巨人の背番号「35」を着用した投手では、藤本以来のタイトル獲得だった。

2017年に中継ぎとして45試合に登板するなど故障から復活したが、2018年に引退。通算38勝34敗81セーブ77ホールドの成績を残した。

ヤクルトの「35」は監督に?

ヤクルトの小川淳司前監督の現役時代の背番号は「35」だった。小川は習志野高のエースとして1975年夏の甲子園で全国制覇。中央大学で外野手に転向し、日米野球の日本代表に選ばれるなど実績を残した。その後、社会人野球の河合楽器を経て、1981年ドラフト4位でヤクルトに入団する。

プロ入り後、規定打席に到達することはなかったものの、ヤクルトで10年、日本ハムで1年の計11年間の現役生活を送った。

現役引退後はスカウトに転身し、1996年から二軍守備走塁コーチ、二軍監督、一軍ヘッドコーチなどを歴任。2010年途中に高田監督の辞任を受けて代行として指揮を執り、2011年から正式に監督就任、2014年まで指揮を執った。

その後再びフロントに戻りシニアディレクターを務めたが、2018年から2年間、再び監督して指揮。監督を2度務めたことからも人望の厚さがうかがい知れる。

2020年から楽天で指揮を執っている三木肇監督も現役時代にヤクルトで「35」を背負っていた。ヤクルトの「35」から、後の監督が2人も誕生したことになる。現在は2019年ドラフト3位で入団した杉山晃基が背負っている。

20勝をマークするも現役引退したマイク・ムッシーナ

ボルチモアオリオールズ、ニューヨークヤンキースで活躍したマイク・ムッシーナ。メジャーデビューを果たした1991年を除いて背番号「35」でプレーしていた。ムッシーナはデビュー2年目となる1992年に18勝をマークし、オールスターにも出場。一流投手の仲間入りを果たした。

ムッシーナは初の2桁勝利から引退する2008年まで17年連続2桁勝利を達成し、通算270勝をマーク。引退した2008年に20勝を達成。これは1966年のサンディー・コーファックス以来42年ぶりとなった。

ゴールドグラブ賞を7回受賞しているものの、投手タイトルは1995年の最多勝1度のみ。飛び抜けた成績はなかったが、高いレベルで安定した活躍をしていた。

2019年にアメリカ野球殿堂入り。ムッシーナは学業も優秀で、スタンフォード大学を主席で卒業していることも有名だ。

ホワイトソックスのレジェンドでもあるフランク・トーマス

メジャーリーグにおけるレジェンドのひとりでもあるフランク・トーマス。MLB通算本塁打521本塁打を放ったスラッガーだ。

トーマスは1990年にシカゴホワイトソックスでメジャーデビュー。翌1991年からレギュラーに定着し、2005年までの16年間をホワイトソックスで過ごすことになる。その間にMVP2回、首位打者1回を獲得。ただ、2005年のワールドチャンピオン達成時は故障で離脱しており、ポストシーズンは1試合も出場できなかった。

翌2006年からはホワイトソックスを離れオークランドアスレチックス、トロントブルージェイズ、再びアスレチックスと渡り歩いたが、往年の力は残っておらず2008年にプレーしたのが最後となった。

その後、2010年2月に正式に引退を表明。同時に背番号「35」はホワイトソックスの永久欠番となった。通算2322試合に出場し、2468安打、1704打点をマーク。2014年には野球殿堂入りを果たしている。

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