2020年現役選手の背番号「36」

2020年各球団の背番号「36」は下記の選手が背負っている。

西武:伊藤翔投手
ソフトバンク:牧原大成内野手
楽天:内田靖人内野手
ロッテ:有吉優樹投手
日本ハム:ドリュー・バーヘイゲン投手
オリックス:山足達也内野手
巨人:石川慎吾外野手
DeNA:髙城俊人捕手
阪神:浜地真澄投手
広島:塹江敦哉投手
中日:岡野祐一郎投手
ヤクルト:廣岡大志内野手

不在:0球団
永久欠番:0球団
投手:6球団
捕手:1球団
内野手:4球団
外野手:1球団

2020年シーズン、背番号「36」は投手と内野手で10球団を数えるが、捕手と外野手も1球団ずつ着用している。期待の若手がつけることも多く、結果を残して若い番号に変更した選手も少なくない。

阪神・浜地真澄は2016年ドラフト4位で福岡大大濠高から入団し、2019年にプロ初勝利を含む2勝をマーク。広島・塹江敦哉は高松北高から入団して6年目の左腕で、今季は中継ぎとして重用されている。

過去の選手を振り返ると、投手より野手で活躍した選手が多い。ヤクルトは特にその傾向が顕著だ。また、巨人ではV9時代を支えた名脇役がこの番号を背負っていた。

受け継がれていくヤクルトの背番号「36」

ヤクルトは伝統的に背番号を受け継いでいく球団だ。その代表例が背番号「1」。ヤクルトにおいて、この番号を背負う選手は「ミスタースワローズ」とも呼ばれ、チームの中心であることが求められる。

初代の若松勉から池山隆寛、岩村明憲、青木宣親、山田哲人と名選手がずらりと並ぶ。この「1」と並んでヤクルトで受け継がれている番号が「36」なのだ。

「ミスタースワローズ」にもなった池山が1984年から背負ったこの番号。その後は川端慎吾、廣岡大志と野手の有望株に与えられている。川端はケガに悩まされつつも結果を残し、入団から6年で背番号「5」へと出世した。その後は首位打者も獲得、選手会長も務めるなどチームの中心的存在となっている。

2016年からは期待の長距離砲である廣岡が着用。デビュー戦でプロ初打席初本塁打を放ち、衝撃的なプロ生活をスタートさせた。2019年シーズンには初の2ケタとなる10本塁打をマーク。今後のさらなる活躍が期待されている。

球団の歴史を振り返ると、廣岡が成長した後にこの番号をつける選手が今から楽しみでもある。背番号「1」に続くヤクルトの継承されるべき出世番号になることを期待したい。

V9時代に背番号「36」を背負った国松彰・柳田俊郎

巨人の背番号「36」は「ON」こと王貞治、長嶋茂雄が活躍していた頃は国松彰、柳田俊郎が背負っていた。

1955年に投手として巨人に入団した国松は、入団3年目に外野手へ転向し、1960年にレギュラーを獲得。1961年からは王、長嶋の前を打つ1番、2番で起用されていた。

1965年から始まった9連覇の初期を中心メンバーとして過ごし、1970年に現役引退。入団から引退まで背番号「36」を背負った。引退後は亀屋万年堂の経営に携わった。これは創業者の娘と結婚したからである。

国松の後にこの番号を背負ったのが、柳田俊郎だ。1969年に西鉄から巨人へ移籍し、1971年に背番号「62」から「36」へ変更。控えながらも出場機会を増やしていった。

1974年には規定打席に未到達ながらも打率.335(251打数84安打)、15本塁打、52打点をマーク。1977年に登録名を柳田真宏へと変更すると打率.340(374打数127安打)、21本塁打、67打点と大ブレイクした。打撃タイトルこそ獲得できなかったが、恐怖の5番打者として他球団から恐れられた。

国松、柳田以降ではヤクルトから移籍してきた長嶋一茂、高橋尚成、マイケル中村らが巨人の「36」を背負っている。2019年から受け継いでいる石川慎吾には歴代の背番号「36」を超える活躍が期待される。

スピットボールで300勝挙げたゲイロード・ペリー

2020年現在でメジャーリーグにおいて背番号「36」は3球団で永久欠番となっている。サンフランシスコジャイアンツとフィラデルフィアフィリーズ、ニューヨークメッツ。そのうちのひとつ、ジャイアンツで永久欠番となっているのが、ゲイロード・ペリーだ。

ペリーはジャイアンツ含め8球団でプレー。メジャー生活22年間において777試合に登板し314勝265敗11S、防御率3.11の成績を残している。サイ・ヤング賞を両リーグで獲得した初めての投手でもある。1983年に現役を引退し、1991年にはアメリカ野球殿堂入りを果たした名投手だった。

ペリーは優れた成績を残した選手ではあるが、違反投球とされている「スピットボール」を多用していた。スピットボールとは、ボールにワセリンなどをつけ、細工して変化球の曲がりを大きくすることだ。

ペリーは、この違反投球をしている事実を逆手に取り審判を翻弄した逸話もあるほど。引退後には自伝で「私とスピットボール」を出版し、アメリカで話題になった。

完投多いタフネス右腕・ロビン・ロバーツ

ロビン・ロバーツも背番号「36」で永久欠番になっている一人だ。1948年にフィラデルフィアフィリーズでメジャーデビューを果たすと、1950年に20勝をマーク。そこから6年連続20勝以上を達成するなど、リーグを代表する投手となった。

その後、ボルチモアオリオールズ、ヒューストンアストロズ、シカゴカブスと渡り歩いて286勝をあげ、1967年に現役を引退。1976年にアメリカ野球殿堂入りを果たしている。

現役途中の1962年にキャリアをスタートさせたフィリーズで背番号「36」が永久欠番となった。また、本拠地であるシチズンズバンクパークには銅像が建っているほどの大投手だった。

ロバーツは完投数が多いことでも知られ、1952年から1956年まで5年連続でリーグ最多の完投数を誇っていた。通算305完投はメジャーリーグ歴代36位の記録でもある。

ちなみに37位には同じく背番号「36」で永久欠番となっているペリーが303完投。これも何かの縁かもしれない。現在は分業制が進んでおり、この順位は当分、動くことはなさそうだ。

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