「welcome to THE沼!」

沼。

皆さんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちだろうか?

私の中の沼といえば、足を取られたら、底なしの泥の深みへゆっくりとゆっくりと引きずり込まれ、抵抗すればするほど強く深くなすすべもなく、息をしたまま意識を抹消されるという恐怖のイメージだ。

一方、ある物事に心奪われ、取り憑かれたようにはまり込み、その世界にどっぷりと溺れることを

「沼」

という言葉で比喩される。

底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。

これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。

毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。

 

第二十六沼(だいにじゅうろくしょう) 『ママ沼!』

全校生が泣いた、子どもと動物のテッパン感動ストーリー

小学生のころ、私は学級文集に入選常連だった。

そして、この時もまた
涙と感動の短編ノンフィクションで先生のハートを鷲掴みにし、読者の号泣をさそったのだった。

飼っていた「チビ」という足が悪い犬と私の物語だ。

私が小学3年生のとき、通常ありえないといわれる2回目の「風疹」にかかった。
全身の皮がむけ落ち、舌には発疹ができ、しばらくの間食事もとれず、熱と皮膚の痛さで一睡も出来ないという命が危うい状態になった。

点滴による栄養摂取しかできない私に母は気を遣い、隠れるように食事をとり、死ととなり合わせの状態を心から心配していたようだ。

その後も症状が悪化し、まつ毛は抜け、足の裏の皮までズルむけの状態で、私はいよいよ死を受け入れる準備をし、眠りについた。

ちょうど発症してから2週間たっていた。

翌朝、不思議な事に嘘のように熱が下がり、舌の発疹も一切無くなっていた。
流石に足裏の皮はむけ落ちていたので歩けなかったのだが、本能的に全回復を感じとった。

すると縁側の方から母の叫ぶ声が聞こえた。

「チビが!チビが死んでいる!」

私は瞬時に感じ取った。

チビが私の代わりに身代わりになったのだと。

結局、その奇病は医師の診断ミスによる間違った処方薬の投与によるものだと後日わかった。

私はこの実話をドラマチックに色付けし、「みがわりになったチビ」というタイトルのノンフィクション短編を書き上げ、見事に(予定通り)学級文集で取り上げられた。

F君のママ

そのころ近所の2つ年上のF君と仲が良かった私は学校から帰ると材木置き場に秘密基地を作り、トカゲの解剖や昆虫採集、そして肝試し、などあらゆる遊びをした。

見てはいけないものその1

ある日曜日の昼、F君の家で2人で人生ゲームをして遊んでいた時に衝撃は訪れた。

F君の自宅電話が鳴った。

一向に電話に出ないF君。

しばらくするとF君のお母さんが全裸でびしょ濡れの状態でいきなり目の前へ現れ電話に出た。。。

驚いた。。。

相手は小学3年生だ。

それでも何か違和感を感じた。

私の存在を全く気にせず、昼風呂からタオルで拭く事も無く、
びしょ濡れ全裸のまましゃがみこみ、そのまま1時間近くも電話で喋りまくっているのだ。

その後、私はF君とその母を注意深く観察する事にした。

見てはいけないものその2

運動会での出来事だ。

第二次ベビーブームのど真ん中に産まれた私の学校は、全校生徒が1200人もいた。

運動会ともなると親や親族含め、その数倍に膨れ上がる。

その数千人にも及ぶ人々が、朝礼台に立つ体育の先生の方を向いて、皆それを真似しながら父兄も共にウォームアップの体操を始めた。

ふと違和感を感じ、そちらに目を向けた。

F君の母だけが斜め45度ほど反対方面を向かって両手を上げて深呼吸する姿が目に入った。

数千人の中の一人だけが全く関係ない方向を向いて、ウォームアップ体操をしている姿は、爆笑を通り越し、笑死レベルの腹痛を伴う。

そして、なんとその姿を記録係の写真屋さんが奇跡的にバッチリと激写していたのだ!!!!!!!!


 

 

F君の悲劇

カエルの子はカエルだ。
同時期、近所の池の鯉が全て殺されるという事件が起きた。
犯人はF君だった。

しかしながら、その後も何事も無かったように私はF君宅の観察を続けた。

見てはいけないものその3

そしてその時が来た。

ある日の夕方、F君が突然「泥田坊(どろたぼう)を探しに行こう!」という一言から始まった。

泥田坊とは、水木しげる先生の漫画にも登場する田んぼに出るお化けだ。

F君のいわれるがまま、私は彼と田んぼに向かった。

田んぼに行くには、印旛沼水系の細い水路を超えなければいけない。
大人がジャンプしてぎりぎり渡れる程の細さの川だが、小学生にとっては命がけのチャレンジだ。


だが幸い、その川には細い渡橋が設置されていたので、我々はそこを渡る事にした。

先生を騙す事とバランス感覚だけは天才的に発達していた私、スルスルっとその細い渡橋を難なく通過。

そしてF君の番が来た。

私より2才も年上のくせにビビっているのがわかる。

腰が引けているのだ。

その日は前日の大雨で川は激しく流れており、深水も1.5mは優に超えていた事がさらにF君の恐怖感を増幅させていたに違いない。

こういうチャレンジは考える事無く、サクっとすませれば吉となる。
しかしF君は引けた腰を震わせながら、恐る恐る渡橋に最初の第一歩を踏み出した。

 

そしてつぎの瞬間!!!!

 

 

思った通り足を滑らせ、激流の水路に落下し、みるみるウチに遠くへ流されていったのだ!!!!

それでも私は焦る事なく、少々観察してみた(鬼)。

パニックになりながら流されて行くF君と平行し、小走りしながら様子をみていると、彼は何かを叫んでいる。

聞き取り辛いので、
「大丈夫か!?」と問いかけてみると

 

「マ、マ、マ、、、、、、

 

ママに言わないで〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」

 

・・・・分かる。

何よりもとっさに出た言葉が「ママに言わないで」。

 

わかるよF君。

子供って怪我したりした時、何故か母親に知られたくないという心理が働くものだよ。

 

死を目前にしたF君が発した「ママに言わないで」発言に対し、私は慈悲の心をもって木の枝を差し出し、浅瀬まで誘導し救出した。

私はFの命の恩人になったのだ。

・・・・つまり、貸しをつくったというわけだ。

F君と彼の家族にますます興味が湧いた私は、F君の事を徹底的に観察した。

 

見てはいけないものその4

F君は小学生ながら、趣味は「川柳」「俳句」という事もわかった。

そして、私は察知した。

もしかしたらF君の俳句が学級文集に掲載されているのではないかと、、、、

全校生徒の中から選りすぐられた珠玉の作文や、俳句が凝縮された学級文集。

私は3年生なのでフリースタイル。

F君は高学年なので俳句の部。

数ある入選して掲載されている俳句の中から、私はF君の俳句を見つけ出した。

『日は暑し 入道雲が 顔を出す』 F

爆笑した。
小学生が「暑し」とか言わないだろ。

しかも、何度も読み返してみてもただの状況説明であって、情緒もワビサビもなにもない!

ただ「暑し」という大人びた表現が評価された駄作に腹を抱えた。

コレが癖になり、40年以上経った今だにスラっと口からでるほどの名俳句になった。

素晴らしいと同時に、F君をからかってやろうと思った。

ある日、またもや懲りずに泥田坊を見に行こうとF君が言った。

そして私が「今日はF君が先に渡りなよ」というと、先輩の自尊心なのか、先日の落水事故のことなどなかったような涼しい顔で
「いいぜ!先に渡ってやるよ」と言った。

おそらく、家で木材かなにかで練習したのであろう。
彼は私の予想を裏切り、スイスイとその細い渡橋を進んで行った。

「今だ!!!!!」

私はこころのなかでそう叫ぶと、F君が橋の中腹にさしかかったタイミングで、大声で呪文を発した。

『日は暑し〜〜〜 入道雲が〜〜〜〜 顔を出す〜〜〜〜〜〜』

少し詩吟風に大声で謳って見た。

すると予定通り、足を滑らせF君は見事に落下した。

幸いその日の水深は30cmほどで、激流に流される事もなかったが、
泥まみれのその姿はまるで泥田坊そのものであった。

 

F君の復習

翌日、
私の自宅に咲くキンモクセイの木の下で、虚ろな顔をしたF君が立って何かを繰り返し呟いている。

気になって近づいてみると。

「みがわりになったチビ。。。。。。。

みがわりになったチビ。みがわりになったチビ。みがわりになったチビ。みがわりになったチビ。」

私は怒るどころか、腹を抱えて笑った。
私の母にその事を話すと、同じように爆笑した。

そしてその実話は現在、私の妻、そして子供たち、マネージャー、友達。

さらにはこうしてコラムで全国の読者の皆さんにも継承していくのであった。

おしまい。


追伸

あれから40年後。。。。。
私は40年以上ぶりにF君を目撃した。
50を過ぎ、未だに独身の彼だが、

どうみても子供サイズのチャリンコに乗り、

スーツを着て、駅方向へ爆走してゆく少し頭髪の薄くなった彼の姿を発見した。

全くブレてないその男の後ろ姿に勇気をもらった。
ありがとうF君。

これからも元気でな!