ここ数年で話題になった展覧会といえば、2016年に上野の東京都美術館で開催され、来場者が長蛇の列をなした『生誕300年記念 若冲展』が思い浮かぶ。そもそも若冲が注目されるようになったのは、辻惟雄による著作『奇想の系譜』で紹介されたことがきっかけだ。そして、2019年2月9日(土)〜4月7日(日)の期間、辻の著作の名を冠した『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』が開催され、若冲はじめ江戸の奇想の作家たちが東京都美術館に集結する。

江戸絵画の面白さを世に知らしめた書、日本人の「奇想」の感覚に訴える

著作『奇想の系譜』は、1968年の『美術手帖』7月号から12月号にかけて連載された原稿に長沢芦雪の章を加え、1970年に出版された。伊藤若冲、岩佐又兵衛、歌川国芳、狩野山雪、曾我蕭白、長沢蘆雪という江戸期の6名の画家を、「奇想」をキーワードとして論じた本書は、着眼点の新鮮さと、取り上げた画家の面白さ、活き活きとした書きぶりにより広く受け入れられた。

『奇想の系譜』が出版される前は、江戸絵画に関する著作の多くは絵画を流派やジャンルに沿って紹介するのみで、作例が掲載されていなかったそうだ。教科書的な説明で、作品が示されていないということであれば、その道の研究者か、よほどコアなアートファンでなければ読み通せない。その点、『奇想の系譜』はわかりやすい文章でありながら内容も深く、図版も豊富に掲載されており、読み物としての魅力を備えていることが広範な受容に繋がったのだろう。 

辻によれば、「奇想」は異端の少数派を指すのではなく、「主流」の中の前衛という意味で使っているとのことだ。また、「奇想」という要素は江戸時代だけではなく、時代を超えて日本人の造形表現に大きな特徴として見られると指摘する。奇想の画家が知られるや否や広く受け入れられ、人気を博していることを考えると、日本人の根底には「奇想」を創りだし、受け入れる感覚が脈々と流れているのだと納得できる。

『奇想の系譜 ─又兵衛−国芳 』筑摩書房公式サイトより(http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480088772/)

『奇想の系譜 ─又兵衛−国芳 』筑摩書房公式サイトより(http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480088772/)

忘れられない強烈なインパクト、流派におさまりきらない画家たちの魅力

本書中、最初に登場する奇想の画家である岩佐又兵衛は、織田家の下で働いた後に徳川の血族に仕え、将軍筋より江戸に呼び寄せられた。又兵衛の作風は、妖気や薄気味悪さを漂わせる「奇矯な表現的性格」であり、「伝統的なテーマを扱いながら、その内容を卑俗な、当世風なものにすりかえようとする」要素であり、「人物の描写に共通する風変わりな特徴」とされる。作中登場する絵巻《山中常盤》は、辻が修士論文の課題に選んだ作品で、『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』でも出品される。

続く狩野山雪は狩野一門の流れを汲む絵師で、豊臣秀吉側についた狩野山雪を師匠とする。山雪は人ぎらいのインテリで、漢学を学び、中国画に精通し、日本の画家の伝記にも知悉していた。冷徹で客観的な画風は彼の性格をよく示しているが、作例で目につくのは幾何学的な形象で、山雪に描かれた木々や山並みなどの自然ですら、どこか抑圧された人工的な規則性を感じさせる。

『老梅図襖絵』四面 狩野山雪作  1647年 メトロポリタン美術館蔵 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

『老梅図襖絵』四面 狩野山雪作  1647年 メトロポリタン美術館蔵 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

今や江戸絵画の人気者となった伊藤若冲は、京都の錦市場の裕福な商家に生まれ、家業を弟に譲り、何にも気兼ねすることなく絵を描くことができる環境にいた。最初は狩野派の門を叩き、次に宋元画を模写し、それから写生をして画力を磨いた若冲の特色は、ものを正確に写し取ることではなく、彼独自のフィルターを通した摩訶不思議な世界を展開する点にある。

『動植綵絵』の内「群鶏図」伊藤若冲作 1757年〜1766年頃 宮内庁三の丸尚蔵館保管 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

『動植綵絵』の内「群鶏図」伊藤若冲作 1757年〜1766年頃 宮内庁三の丸尚蔵館保管 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

曾我蕭白は京都の商家の出身で、漢画の一派であり、奇矯な作風で知られる曾我派の影響を受けている。蕭白は怒りっぽく傲慢な性格だったが画力はこの上なく高く、本書では「乾いた非情な想像力、鬼面人を驚かす見世物精神、怪奇な表現への偏執、アクの強い卑俗さ、その背後にある民衆的支持」といった点で葛飾北斎との類似が見られるとされる。

『唐獅子図』二面のうち 曽我蕭白作  1764年頃 三重・朝田寺 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

『唐獅子図』二面のうち 曽我蕭白作  1764年頃 三重・朝田寺 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

丸山応挙門下の長沢蘆雪は、下級武士の息子として生まれ、応挙のアトリエに通って頭角をあらわし、師を怒らせて破門される。しかし応挙は蘆雪の才を捨てきれず、結局一緒に仕事をしている。蘆雪は「大画面を縦横無尽に馳せめぐる線描の達人」と形容されるように、自由な筆に任せて描いたようなよどみない線と、類を見ない表現力で観る者を驚かせる。

浮世絵師の歌川国芳は近年、複数人が集結してひとつの顔をなす肖像画や、迫力満点の化け物を描く画家として知名度が上がっている。不遇の時期の後に《水滸伝》の図柄で人気を博し、シュールな世界観の《東都》シリーズを発表。風刺画を描いて当局からにらまれつつも、巧妙に立ち回って投獄を免れた。国芳は気さくで弟子も多く、彼の門下から奇想の要素を引き継ぐ画家が現れた。

『源頼光公館土蜘作妖怪図』大判三枚続のうち中央 歌川国芳作 1843年 悳俊彦所蔵 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

『源頼光公館土蜘作妖怪図』大判三枚続のうち中央 歌川国芳作 1843年 悳俊彦所蔵 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

今に続く刺激と驚き、奇想の画家たちの熱い共演

日本美術や江戸絵画の研究者を刺激し、美術展の観客を増やし、アーティストにインスピレーションの源を提供した『奇想の系譜』。半世紀近く経っても今なお新鮮で驚きに満ちている本書は、忘れられたアーティストを発掘し、見出そうとする探求心と審美眼の大切さを訴え続けているように思う。

『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』では、本書に登場する画家に加え、白隠慧鶴・鈴木其一を加えた8名の画家が取り上げられる。また、言わずと知れた奇想の画家である葛飾北斎の『新・北斎展』も六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中だ。そして近日、元は歌川国芳の弟子であり、鈴木其一の次女と結婚した河鍋暁斎を紹介する『河鍋暁斎 その手に描けぬものなし』展が六本木のサントリー美術館で開催される。『新・北斎展』は2019年1月17日(木)〜3月24日(日)まで、『河鍋暁斎 その手に描けぬものなし』展は2019年2月6日(水)〜3月31日(日)の期間で鑑賞することができる。奇想の画家たちの熱い共演を、見逃すことなく足を運びたい。