劇団青☆組主宰の吉田小夏が、初めて演劇集団円に書き下ろす。実は、出演者の吉田久美、吉澤宙彦は青☆組に客演を重ねており、この企画は吉澤が劇団内の企画提案に初挑戦し、実現したのだそう。『アインシュタインの休日』。これは吉田小夏が長年温めてきた“タイトル”だ。時は大正11年の下町・浅草。1922年11月17日から12月29日、アインシュタイン博士は日本に滞在した。大正デモクラシーの最中、相対性理論が流行し、博士はお祭り好きな日本人たちに熱狂的に迎えられた。そのニュースは日々新聞をにぎわせ、庶民の心をも魅了し活気づけた。彼の歴史的な来訪は、東京の片隅に暮らすある一家の営みに、小さな波紋を投げかけた……。吉田小夏、吉澤宙彦、吉田久美、そして狂言回し役の小川剛生で座談会を行なった。

タイトルを見ただけで面白くなりそうな期待があった

――『アインシュタインの休日』は、吉澤さんが、劇団内で企画提案をしたところから動き始めた作品だそうですね?

吉澤 2年前に青☆組の『グランパと赤い塔』に出演したのが僕と小夏さんとの出会いです。それまでに2作品ほど青☆組を見ていいて、吉田久美さんが出演していて、「いい作品だよね」という話をしていました。それで久美さんがオーディションがあると教えてくれて、合格したのがきっかけでした。

吉澤宙彦

吉澤宙彦

――どんなところが気に入ったのですか?

吉澤 一言でいうと本当に綺麗。作品の隅々まで演出が行き届いていて、一つの作品として、本当に美しいんです。歌舞伎を見たときに、自分が凛としたんですけど、それと同じ感覚になりました。

――久美さんは小夏さんの世界観はよく知っているんですよね。

久美 何より丁寧なところが魅力だと思っています。私、青☆組さんとかかわらせていただいて、言葉一つでこんなにも物事が伝わるんだなと感じたんです。小夏さんは「、」「。」をとても大事にされて言葉を書かれている。私は今まで勢いや雰囲気で演じてしまうことが多かった中で、言葉を追いかけるだけでこれだけ状況が浮かんで来るんだと教えていただきました。そして何かすごく強い個性のキャラクターが引っ張っていくのではなく、日常の中にあるドラマが私たちとつながっているというか、普段考えていることがとても豊かに出てくる作品だと思っております。

吉田久美

吉田久美

劇団の作品決定機関でのプレゼンを演出

――吉澤さんにとって、劇団での企画提案は初めての挑戦だったそうですね。

吉澤 小夏さんとやってみたいとは思っていましたが、すぐに企画が通るとは思っていませんでした。提案をし、段階を踏んで二十人委員会という作品の決定機関に呼ばれることになって、そのときになって初めて小夏さんとコンタクトを取ったんです。「それだったら描きたい題材がある」と小夏さんから提案されて打ち合わせをしました。ただそれでも実現するのは何年か先になるかもしれないという話はしていました。

小夏 俳優がアイデアを出せる機会があるけど、企画書を出してみないかと。「すぐには通らないだろうけど、何年か出していく中で公演ができるんじゃないかと僕は願っています」とお声がけいただいたときは、心がめちゃくちゃバラ色になりました。公演時期はちょうど予定が空いていたので、やりましょうといくつか案を出して一緒に企画書をつくったんです。吉澤さんはすごくエネルギーがあるので背中を押していただいた思いでした。私も小さいながら劇団主宰で、プロデューサーでもありますから、3年越しで企画を通そうと考えました。まずはパンチだなと思って、企画書には、いくつかやりたいと思っていた題材のタイトルを優先的に並べて、劇団紹介をつけて、吉澤さん自らプレゼンするというので演出もつけたんです。

吉田小夏

吉田小夏

――プレゼンを演出されたんですか?

小夏 私の企画書をただ読んでもらうより、俳優さんだから肉声で攻めるのがいいと思ったわけです。吉澤さんはパソコンをあまりやられないので、それを逆手にとって、なぜやりたいかを手書きの作文にしてみましょうって。ただ私が書けと言ったとかは言わないでと伝えつつ、思いの丈を書いてプレゼンで読み上げてくださいとお願いしました。

制作 今の話は初耳ですねえ。

小夏 もう企画が通ったからいいですよね(笑)。

吉澤 まあ、いろんなタイミングが合ったんでしょう、企画が通ったときは本当に二人して驚きました。でも『アインシュタインの休日』というタイトルを見たときから絶対面白そうだと期待は持っていました。

小川剛生

小川剛生

――小川さんは小夏さんの本を読まれていかがでしたか?

小川 実際の舞台を見たことがなかったし、もし吉澤くんが「ワークショップに参加してください」と声をかけてくれなかったら、たぶん出会ってなかったと思います。彼があえて受けてほしいと言ってくれたんですよ。

吉澤 初めての企画なもので、この人だという方にはお声がけしました。ワークショップ、オーディションを含めて5日間・20数時間を30人くらいの役者と過ごして、小夏さんの考え方、芝居のつくり方を体験していただきました。そこから15人が選ばれたんです。

小夏 吉澤さんが企画は通してくださったけど、老舗劇団だし、私なんかのワークショップに誰が来てくださるだろうと戦々恐々としていたんですけど、蓋を開けたらものすごくたくさん参加してくださったのでこのときもびっくりしました。しかも皆さん積極的に新しいものに出会おうという意欲もあって、出演者の人数を絞るのに苦労しました。制作の方にマックス何人ですかと相談したら15人と言われて。

小川 そういうワークショップ、オーディションを経て稽古が始まったんですけど、内容や舞台背景が、たまたまですけど僕の祖母の生年のあたりの話だったんです。祖母からその時代のことを聞いた話なんかがわっと頭を過ぎりまして、俺がやったらほかの人とは違うことができるかもと思ったんです。

時代を表すセリフをしっかり言える役者さんがたくさん

――何かピンとくるものがあったわけですね。

小川 物語は浅草が舞台ですけど、祖母は立川で水商売をやっていました。そのころ立川競輪場の前の通りは店がずらっと並んでいて、昼間から飲んでいる人はいるわ、浅草のような粋さはなかったかもしれませんが、相当にぎやかだったらしい。その雑踏のガチャガチャした感じとか、のびのびした空気なんかが僕の中で一致したんです。おばあちゃんの導きかなって(笑)。しかも初日は僕の誕生日ですから。

一同 へえー!

小川剛生

小川剛生

――小川さんは狂言回し的な役どころなんですよね?

小川 花房佐助という東西屋で、寅さんのようなもの売りもする人物です。商品はいろいろで、時にはデタラメなものもあるんですけど、鳴り物なんかと口上を使って売り歩くんです。まあ存在としては、この世とあの世を行ったり来たりもする。俯瞰で見たり、その場にふっと現れたりもしますが、基本的には狂言回しです。

――お二人の役は?

久美 私は「花房製麺麭所」というパン屋の家族の次女、輝子役をやらせていただきます。女性は家に入るとかお嫁に行くという選択が当たり前の時代に、社会に出たいと、実際に行動できるわけではないんですけど、そういう思いを持っていたり、家族を大事に思っていたりする女性です。

吉澤 僕は宮原清六という軍人です。榎本少将という上官がおりまして、陸軍砲兵中佐という役どころです。

吉田久美

吉田久美

吉澤宙彦

吉澤宙彦

――お稽古などを通して円の印象はいかがですか?

小夏 ワークショップを行ううちにイメージが膨らんできたんですけど、やはり役者さんの年齢も含めて層が厚いのが、自分の劇団にはない魅力です。青☆組でも昭和や大正の終わりあたりの物語は書いていますけど、それをもっと大胆にできるんじゃないかなと期待はありました。そういうセリフが言える役者さんがたくさんいるので。 

――アインシュタインは出てくるんですか?

小夏 登場人物たちが街中で出会ったり、講演を聞きに行ったりするんですけど、アインシュタイン本人は出てきません。私の祖母も大正13年生まれで、この時代には以前から挑戦してみたいと思っていました。いざ蓋を開けたらラジオもまだないし、関東大震災前後でカルチャーがガラッと変わるし、難しいこともたくさんありました。先にアインシュタインが来日したときのお話を書きたいと思っていたのですが、リサーチして掘り下げていったら今の時代を見つめ直すのにすごくいい時代かもしれないという思いが高まりました。私個人としても今回はいいチャンスをいただいたと思っています。まず今生きている一番年上の方々の記憶がある時代ですよね。戦前戦後の節目で、大正の末期には江戸カルチャーが消え、昭和に入っていく、近代につながるいろいろな変革も起こった過渡期としてすごく面白い。それが俳優さんの体に見えてくるといいなと思います。

吉田小夏

吉田小夏

小川 あの時代を生き抜いてきた人たちの生きる力って、今の人たちと違ってすごく強い。祖母と同級生の方がご存命なんですけど、100歳ですよ。立川高島屋の地主で現役の呉服屋さんなの。そこで扇子とか小道具とか買いに行くんだけどね。うちのおばあちゃんもそうだったけど、俺らの世代だとあきらめちゃうようなところを、あきらめない。生きるだけ生きて、それから死ぬんだみたいなエネルギーがぐっと出たらいいなと思います。

小夏 私、いつも台本を書くときに表テーマソングと裏テーマソングがあるんです。今回は表が「カルメン組曲」で、ちょうど舞台設定になっている年の春に、浅草オペラで初演され、大ヒットして繰り返し上演されているんです。裏テーマ曲が椎名林檎と宮本浩次の「獣ゆく細道」で、歌詞の内容とか、ジャジーな感じにインスパイアされて、この曲をヘビロテしながら書いていました。いつも青☆組で時代劇を書くときは現代劇より少しだけケレン味を意識するんですけど、『アインシュタインの休日』は小夏史上一番ケレン味の豊かな、力強い作品になったと思います。