井上ひさしの没後10年という節目である今年、彼が最後に生み出した『組曲虐殺』が再々上演される。2009年の初演、2012年の再演はいずれも高い評価を得て多数の賞を受賞している傑作だ。

『組曲虐殺』は、プロレタリア文学の旗手であり、蟹工船などの名作を世に送り出した作家・小林多喜二の生涯を描いた戯曲。田舎で生まれ育った少年が如何にしてプロレタリア文学を執筆するようになったのか、そしてなぜ29歳の若さで死ななければならなかったのかにスポットを当て、井上ひさしらしいユーモアを散りばめながら描いた、軽妙でありながら重厚な作品である。

演出と音楽は、井上ひさしとともに本作を作り上げた栗山民也と小曽根真。そして、井上芳雄、神野三鈴、山本龍二、高畑淳子ら初演からのメンバーに、上白石萌音、土屋佑壱というフレッシュな顔が加わっている。稽古場の様子をお伝えする前に、顔合わせで演出の栗山よりキャスト陣に伝えられたメッセージをご紹介しよう。

栗山民也 顔合わせコメント

『組曲虐殺』稽古場より

『組曲虐殺』稽古場より

「わたしは、井上ひさしさんから2つのものをいただきました。一つは、”怒ること”。今、目の前で起こっていることに対し、しっかりと向き合う。もう一つは、人間は生まれながらに涙の谷を渡っている、だからこそ”笑うこと”を自分たち自らで作りださなければならないと。この作品は、その”怒り”と”笑い”が妙なカタチで混在し、絡み合っている不条理な作品です。ドタバタがあったと思ったら、突然その中に極めてシリアスな時間が現れる。
なぜこういう芝居になったのかと、ずっと考えています。小林多喜二は、特高により築地署に連行され、3時間もの残虐な拷問を受け死んでいくのだけれど、その3時間、彼は自分が思い信じる思想を決して曲げなかった。曲げなかったから虐殺に至ったわけですが、それが井上さんのペンとしっかりとつながっている。だから、全身でぶつかって書かれた戯曲のせりふの一言一言が、とても痛いのです。3時間の拷問に耐えながら、きっと多喜二は今までのいい思い出だけを頭の中に描いていたんじゃないか。それを井上さんは「かけがえのない光景」として、この芝居の根っこにしたんじゃないか。そんな現実の痛みと、現実の願いのつまった芝居です。その事実こそが、不条理なのです。
日本はこのままいくと、どんどんものが言えない時代になっていくでしょう、すでにそうなっているとも思えるが。またこの芝居が必要とされる時代がきてしまったことを強く感じながら、皆で愉快で厳しい作品にしましょう。」
この言葉の通り、7年ぶりの上演となる今回も、素晴らしいものになるということが確信できる稽古になっていた。

取材で伺った日は稽古二日目とのことだったが、声の演技と表情だけでも既に高い完成度に達していることに驚かされる。まだ動きも付いていないのに、舞台や衣装が見えるような錯覚を覚えたほどだ。

オリジナルキャストたちは、7年の時を経て演技にさらなる深みと幅が出ており、今持てる全力で作品に向き合っていることが伝わってくる。初参加の上白石と土屋も臆することなく挑んでいるのが印象的だった。

『組曲虐殺』稽古場より

『組曲虐殺』稽古場より

初演から続けて小林多喜二を演じる井上芳雄は、さすがの貫禄を感じさせる。

『組曲虐殺』稽古場より

『組曲虐殺』稽古場より

冒頭、特高刑事の古橋・山本に対峙する緊迫したシーンで、自作がほとんど規制対象となり、伏字にされていることへの怒りを訴える「伏せ字ソング」では、言葉遊びのようなユーモラスな歌詞に多喜二の疑問や憤りを見事に込めている。歌詞の面白さと胸を抉るようなメッセージ性が抜群の歌唱力によって両立する様は実に心地よい。

また、豊多摩刑務所の独房で自らの存在や思いを確認するように歌う「独房からのラヴソング」では、貧しい人々に思いを寄せ、何もできない自分への怒りや悔しさ、悲しみを絞り出すように吐露する姿に心が震えた。「いとしいな」という歌詞に込められている、多喜二、そして井上ひさしの人間への優しい目線や愛、憤りを、しっかりと噛み砕いた上で歌唱する様子に改めて期待が高まる。

小林多喜二という人間の魅力・人を惹きつける作家としての素質、そして生き様を、今の井上芳雄が演じることで、7年前とは一味も二味も違う多喜二に出会えるはずだ。

また、多喜二の許嫁・瀧子を演じる上白石萌音の可憐さが物語に華を添えている。

『組曲虐殺』稽古場より

『組曲虐殺』稽古場より

辛い人生でも擦れることなくひたむきに生きる少女の強さと弱さを丁寧に噛み締めながら台詞を発する姿が、多喜二を真剣に慕う瀧子に重なる。上白石の透明感と真摯な表現によって、儚いようでいて芯のある瀧子の魅力がグッと際立っていると感じた。初参加ということで、まだ手探りな様子も見られたが、そのピュアさが作品に新しい風を吹き込んでいるのではないだろうか。

多喜二に心酔し、理解して寄り添うふじ子、姉として多喜二を見守るチマ、多喜二をまっすぐに愛する瀧子という三人の女性たちが抱える思いにも引き込まれる。初演から出演している神野と高畑の安定感のもとで上白石が作品に対峙する様子は、それぞれの役柄にも通じるものがあり、非常に魅力的だ。

『組曲虐殺』稽古場より

『組曲虐殺』稽古場より

『組曲虐殺』稽古場より

『組曲虐殺』稽古場より

そして、最初は多喜二の敵として出てくる特高刑事・古橋、山本のやりとりは緊張感とユーモアの緩急が楽しい。オリジナルキャストである山本が醸し出すベテラン刑事の風格に、土屋が食いついていく様子が刑事二人の関係性を思わせ、期待が高まる。作品の要所で空気を変える役割を担うこのコンビが、公演ではどんな掛け合いを見せてくれるのかも実に楽しみだ。

シーンが進むにつれ、全員がどんどん熱を帯び、作品にのめり込んでいく様子が見て取れた。和やかながら緊張感のある空気に、こちらも固唾を飲んで行先を見守ってしまった。

『組曲虐殺』稽古場より

『組曲虐殺』稽古場より

一幕を通した本読みの後は、演出の栗山民也よりキャスト陣への指導が行われた。

小林多喜二という人物にスポットライトを当てた本作だが、これは決して「昔の人の話」でもなければ、「現代とかけ離れた過去の戒め」でもない。時代が変わっても、戦争や言論弾圧といった闇は私たちのすぐそばにある。

一人ひとりの演技についてだけではなく、最近の政治や事件の話もしながら作品への理解を深め、共通認識を持つことで、キャスト陣が確認するように紡ぐ台詞にさらなる実感がこもっていくのが印象的だった。演奏に関しても、小曽根が音量や入りのタイミングといった表面的な話ではなく、歌詞や登場人物の感情を表現するための音の出し方に言及し、丁寧に詰めていく。

台詞や歌詞に込められた意味・背景を確認したり、実際の小林多喜二の人となりに話が及んだり、7年前の演出についての話が出たり、作中に登場するチャップリンについての解説をしたりと、様々な切り口で作品を深掘りしていくカンパニーの様子からは、「再々演だから」という余裕や油断は一切感じられない。演出・キャスト・演奏の全員がまっさらな気持ちで作品に向き合い、改めて紐解きながら意見を交わす姿から、この作品を多くの方に届けたいという情熱がひしひしと伝わってきた。

また、稽古場取材に併せて、井上と上白石よりコメントを寄せてもらった。

井上芳雄

井上芳雄  撮影=福岡諒祠

井上芳雄  撮影=福岡諒祠

◆2回の本読みを終えての印象

初演の時は、稽古のたびに新しい台本が届き、一生懸命やっていただけなので、その時はキャリアが浅かったこともありますが、冷静にこれがどういう作品なのかというのはわかっていませんでした。でも今回、7年ぶりに本読みをしてみて、改めて凄い本だな、と思いました。本当に振り幅が広く、容易い作品ではありません。毎回、身体ごとぶつかっていかないと太刀打ちできない、小手先ではできない。「もっとやりようがあるんじゃないか、深さとか広さとかもっともっとあるはずだ」って思いながら演じていたのを、本読みをしながら思い出しました。今回もそうなると思います。

◆新たに加わった上白石さんの印象

萌音ちゃんのことは良く知っているので、瀧役にぴったりだと思っていましたが、本当に思っていた通りというか、思っていた以上に素敵な瀧ちゃんでした。これから立ち稽古をしていくなかで、萌音ちゃんが演じる瀧ちゃんにいろいろ刺激を受けて、僕の多喜二もまた新しい気持ちが生まれてくるんだろうな、と感じさせてくれる瀧ちゃんです。

◆作品の見所

10年前にはそう思わなかったのですが、今日、本読みをしながら「今のことを書いているのか?」と思えるくらい、切実に今の時代と内容がリンクしていて、怖いと思いました。ただ、「井上ひさしは予言者だったね」ということだけではなく、多喜二たちが僕たちに繋いでくれた希望を自分たちはどうやって引き継いで行くのか、綱を渡して行くのかっていうことを考えるという本だと思うんです。演じる我々自身が本を読むだけで毎回泣いたり笑ったりするわけですから、お客様には、本当にたくさんのものを持って帰っていただけるのではないでしょうか。

上白石萌音

上白石萌音  オフィシャル提供

上白石萌音  オフィシャル提供

◆演じる役柄について

私が演じる瀧子は、「不幸を背負うために生まれたような子」と言われるセリフがあるくらい、若い時から大変な思いをしてきた子なのですが、にも関わらず、というよりはむしろ、だからこそ、本人はたくましく、強い心を持っている子です。多喜二さんへの愛が本当にまっすぐで、すごく純粋に多喜二さんを愛している役だと思います。そのまっすぐさ、強さを受け取っていただけるように、瀧子を演じたいです。

◆井上さんの印象

読み合わせの間、隣にいる井上芳雄さんの熱が伝わってきました。芳雄さんの息遣いやひりひりする声を隣で聞いているだけで、形容しがたい気持ちになります。まさに身体を使って小林多喜二を体現されていて、初演から今回の再々演までの間、芳雄さんの中にはずっと多喜二がいたんだな、というのを感じて感激しています。そんな多喜二さんにまっすぐ向き合えるように、私も頑張らねばと思っているところです。 

◆お客様へのメッセージ

『組曲虐殺』には、本当に「今」受け取っていただきたいメッセージがつまっています。どんな境遇の中でも明るく強く生きた人たちの姿は、観ていただく皆さんそれぞれに届くものがあると思います。皆さんのもとに、井上ひさし先生の思い、小林多喜二の思いが届くように一生懸命頑張りますので、皆さん、ぜひ劇場にお越しください。
 

読み合わせ後、栗山が改めて「本当はこの芝居が必要になってはいけない。でも、表現の自由がだんだんなくなっている今だからこそ必要な作品」と話し、キャストや小曽根が力強く頷いていたのが何よりも印象に残っている。戦争や貧困、弾圧は決して私たちと無関係な世界の話ではない。気付かないうちに、目に見えない場所で、今日もなにかが起きている。だからこそ、今この時代に改めて上演することに大きな意義がある作品だと言えるだろう。

さらに稽古が進み、初演からさらに技術を磨いたオリジナルキャストたちと新キャストの化学反応によって、ますます力のある骨太な芝居となるのが楽しみで仕方ない。初演や再演を見た方も、新しい気付きや感動を得られるはずだ。

本公演は2019年10月6日(日)〜27日(日)まで天王洲 銀河劇場にて、その後12月まで、福岡、大阪、松本、富山、名古屋の5都市を巡り上演される。

取材・文=吉田沙奈 稽古場写真=オフィシャル提供