連載30周年を迎えた人気ボクシング漫画、『はじめの一歩』の舞台化が決定。本格的な稽古を前に、作・演出の喜安浩平、幕之内一歩役の後藤恭路、宮田一郎役の滝澤諒、千堂武士役の松田凌が集結。オーディションから本番まで、カンパニーが一丸となって作り上げる“リアルファイト”への熱い思いをたっぷりと語ってもらった。

ーーまずは本作の作・演出をオファーされた時のお気持ちからお聞かせください。

喜安:最初に、舞台化のお話が出た時には、私に脚本を依頼するというお話だったらしいのですが、プロデューサー陣の話し合いの結果、「演出も喜安がいいのでは」ということになったらしく、「両方どうだろう」と打診をいただきました。で、僕は「はじめの一歩」を舞台化することは、とても大変なことだと思うし、無理だと思うと。また、もし他の人にお話が行ったとしたら、僕はその人にも「やめといた方がいいよ…」と言うと思いますよということも率直にお伝えしました。

ーーこの原作の舞台化は重責すぎる、と。

喜安:そうですね。でも同時に「このプロジェクトをやるとしたら俺以外はいないとも思います」ともお返事しました。即決できるようなお話ではなかったですね。

喜安浩平

喜安浩平

ーー喜安さんはかつてアニメ『はじめの一歩』幕之内一歩役で声優デビューされています。今回もその縁が繋いだお仕事だと思うのですが、それでも「光栄です。ぜひ!」という即断の空気ではなかったんですね。シンプルに「『はじめの一歩』が舞台になるなんてすごいな」と思われたりは…。

喜安:いいやもう最初はとにかく「恐ろしさ」です。しかも自分がなんらかの形で関わるのだとしたら、舞台化されるというワクワクよりもなによりも…それこそ個人的な理由で恐縮ですが、19年前に私を見出してくださったアニメの『はじめの一歩』チームの方々に顔向けができるのか、とか、鴨川会長を演じられていた内海賢二さんにちゃんとご報告できるモノが作れるのだろうかとか、そういうことがまず頭をよぎります。なんて言うんだろう…そのつもりのなかった人間が突然「お前、本気のリングに上がれるの?」って言われる恐怖。でも自分が上がる以外にこの試合は成立しないんだということもわかっている。

ーーつまり。すでにもう選択権はない、という状況で。

喜安:いや、断ることもできたんだとは思います。でも、(原作者の)森川(ジョージ)先生も「喜安くんがやるのならOK」と言ってくださってるらしいということも伺っていたので。

ーー喜安さん次第で舞台化なるかならないか。

喜安:勝手にね、もうこれは自分にとってデカいんですよ、物語が。原作の30年と、私の20年と…そこにたくさんの自分個人のストーリーも生まれていたので、これはまたすごく因果なことだなと。まさか巡り巡ってここにたどり着くとは思ってなかったので。ホントに不意を突かれました。もう、出会い頭に思い切りぶん殴られちゃいましたね。

喜安浩平

喜安浩平

ーーそしてノックアウト(笑)。まさにご自身の人生に関わる決断を経て、今、こうして取材を受けてくださっているわけですね。

喜安:もちろん腹はもう括っていますし、こうしてお引き受けした以上、自分の個人的な思い出がどうこうというのではなく、指名されたいち脚本家として、いち演出家として、どうやってこの膨大なエピソードとキャラクターと長年の積み重ねを1本のステージの中に収めるかという…ここからはもうロジックとの勝負、を、今やっているところです。

ーー喜安さんにはこれまで自身が「声」で生きてきた一歩の物語があり、そこをもう一度辿りながらひとつの物語にできるというのは、やはり他のクリエイターの方にはない大きな強みになりますね。

喜安:…だといいな、と思っています。まあ、自分でそこを売りにできるほど僕は肝が太くはないので、そんなことをアピールするつもりはありませんが(笑)。でもやっぱりわかっているからこそ諦めたくないエピソードもありますし、漫画と舞台では決定的に手段が違うから、舞台で触りきれない物語のこともせめて思いだけは伝えていきたいし、漫画とはまた違う面白さがあるんだってこと、舞台だからできる表現があるんだっていう書き換え方をしていかなければいけないので、それは…うん…うん…手強いっす(笑)。

ーーそして喜安さんとともに本作を作っていくキャストのみなさん。今回はそれぞれオーディションを経ての出演だそうですね。後藤さんは主人公の幕之内一歩役。

後藤:僕は『はじめの一歩』は絶対舞台化される作品だと思っていたので…でも今喜安さんのお気持ちをうかがって、喜安さんがやると決めてくださってこうして舞台になるんだと思ったらそんなこと軽々しく言えないんですけど、でもずっと原作が大好きで舞台化されると信じていました。とはいえまさか自分がそのオーディションを受けられる事になるなんて思ってもいなかったので、そこでこうして一歩役を勝ち取れたことは本当に幸せです。

後藤恭路

後藤恭路

ーー役を掴むためにアピールしたポイントがあったとすると?

後藤:僕はシュートボクシングという格闘技をやっていてパンチには自信があったので、そこは絶対見てもらおうと思っていました。

ーー喜安さんもオーディションは立ち会われて。

喜安:もちろん。一歩は、選ぶ側も難しいんですよ。本当に“普通の子”じゃなくちゃいけない。天賦の才もあるんだけど、それだって「お母さんを支えたくて」とか「お父さんとの約束を守りたくて」という日々の積み重ねの中で培った才能なので…一見「ない」んですよ、特別取り上げられる特徴が。「君しかいない」というようなスポットライトの当たり方をしない子が、たまたまスポットライトに当たってしまうんですね。でもオーディションに来られる役者さんは皆さん素晴らしかったです。皆さん個性的な才能を持っていて、ホントに誰に決まってもおかしくないメンバーだった。でもその中で、僕らスタッフが心がけたことは、“そうじゃないところ”の一歩の輝きに目を向けようということでした。あ、だからって後藤くんが光ってないとかっていうことじゃないんだよ!

後藤・滝澤・松田:(笑)。

ーー例えば…いかに毎日釣り船屋さんの手伝いで汗を流しているか、という日々の生活の中にあるひたむきさを感じられるか。

喜安:そう。そういう子がいかに千堂や宮田に挑んでいけるのかってところが観る人を熱くさせると思うので…端から見てても勝てそうな人、ふたりよりもカッコ良さそうな人だと、観客も「いけーっ!」とはならない。表現の中にどんな風に、“普通の男の子”が漂っているかを見させてもらいました。

ーーお話しているときに漂う後藤さんの初々しさもとても魅力的です。

喜安:(笑)。うん、まさにこの感じですね。

後藤:(照)。


喜安:俺も一歩役をいただいた時はオーディションだったんだけど、当時選んでくださった方々に、「最後まで残った人たちの中で一番下手だったよ」って言われたの。だから選んだんだって。

後藤・滝澤・松田:ええ〜っ!?

喜安:訳も分からずオーディションに行って、原作は知ってたけど、台本を持ちながら画面を見るなんてことも全然わかってないままで、役を演じるのは楽しいけど、受かったとはとても思えなかったし。でも、「今は下手。でも“それ”が上手くなっていくことと、一歩が成長していくことが重なるといいと思ってるんだ」と言われて、少しホッとしました。もちろんやっぱり現場ではこてんぱんでしたけど(笑)。

ーー『はじめの一歩』は“可能性”の物語なんですね。

喜安:そうです。普通の子がどれくらい世界を変える力を持っているのか。それを今作は「強さ」で表現してるんですが、そういうところが長い年月愛され続ける作品の魅力なんでしょうね。

後藤:僕も内向的で周りの人から見たらどうでもいいことも心配しちゃうし、すごく緊張するので…これは言っていいのかいけないのか、みたいなこともいちいち考えてしまうところとかが…一歩と似てるのかな?

ーー内気でからかわれてばかりだった一歩が立ち向かう“外に向けていけない思いをどう解放し、ぶつけ、人として成長していけるのか”という人生のミッションと、役者としての後藤さんの挑戦の日々がガッチリとリンクしていきそうですね。

後藤:はい。

ーー滝澤さんが演じるのは一歩の永遠のライバルとなる宮田一郎。

滝澤:恭路くん、なんかすごいドラマチックだなぁ…。僕は、失礼ながら原作はオーディションに呼んでいただくまでちゃんと読んだことがなくて。ボクシングの経験もないですし…拳で人に向かっていくというような闘争心があまりない人間なんです。でも、元々自分が持っているモノを活かしていく役ではなく、共通点の少ない役柄でも今の自分を体当たりでぶつけていけばいいんじゃないかと思ったんです。そうすればその先になにかあるはずだと思って、とりあえず自分でできる準備はして臨みました。ボクシングのポージングを画像検索して鏡の前でやってみたり(笑)。でも実際のオーディションでは一回もポージングを要求されなくて…「え、僕ってそんなに見込みがないんだ」って思って、結構がっかりした気持ちで帰りました。

滝澤諒

滝澤諒

ーーしかし結果は「決定」。

滝澤:自分なりにどうしてだろうってすごく考えたんですけど…外面じゃなくて内面的に宮田くんとリンクする部分をひとつでも見つけていただけたのかなぁって。そう思ったら自分の中でボクシングができる・できないへの不安が意外にすんなりと解消できました。宮田くんの内面を見つめてそこを大切にステージの上で役を作り上げていけたらなと、今はとても前向きな気持ちです。オーディションのときはホントに不安だったんですけど、そんな気分になってる時間が勿体ない。ここから初日に向かってやれることをゼロからどこまで積み上げられるか。周りのみなさんの力も借りながら、原作ファンのみなさんのハードルをどこまで越えていけるか…自分との勝負ですね。

喜安:僕が滝澤くんをいいなと思ったのは、宮田くんにはちょっとミステリアスでいてほしいんです。本音はすごく熱いんですけど、そうじゃない振る舞いをしちゃうから、原作の宮田くんはそれで損もいっぱいしちゃうんですけど、その“熱さ”が簡単には見えない感じにしないと、普通の子が勝てそうもない感じがしないというか。わかりやすく強くて、わかりやすくかっこよさを振りかざしてくるようなキャラクターでは「その続き」をあまり期待したくなくなるよなと思って。オーディションではボクシング経験者にはシャドーとかポージングもしてもらったんですけど、それはひとつのアドバンテージというだけで。プラス、もっと別のところ…人としてキャラクターと通じる部分があるかどうかを見させていただいて、「あ、いいなぁ」と思ったんですよね。一歩が「もっと宮田くんのこと知りたい」と思うような感じと同じなのかな。一歩が宮田に尻尾振って懐いていくでしょ? それってやっぱりどんな人かわからないからさらについて行っちゃうって気持ちで。

滝澤:フフッ(笑)

喜安:うるせぇうるせぇって言いながら、本音なのか虚勢なのかわからないことを繰り返していくうちに「彼はリングにすべてをかけている人なんだ」ってことがわかって、それでふたりは共感していく。なのでひとりひとりの役の完成度だけではなく、このふたりが一歩と宮田、というところもこの舞台では非常に大きい見どころですね。

ーーそして松田さんは“浪速のロッキー” “浪速の虎”千堂武士。

松田:僕は千堂武士がやりたかったんです。兎にも角にも。オーディションに向けて原作を読み込む中で一番共感した役柄でもあり、一番憧れた役でもあり…正直、自分に近しいモノを感じました。なんて言うんだろう…僕は千堂のようなヒーローではないけれど、今回役が決まったとき、僕も実際にその「景色」が見たいと思ったんです。演じていく中で千堂が追い求めている強さと…役者ってステータスが表記されるわけでもなければ試合があるわけでもないし、誰が勝者で誰が敗者かはわからないけど…千堂武士という役を演じた上で、お芝居で自分にとっての強さの“なにか”が僕は見たかった。

松田凌

松田凌

ーー重ね合わせた疑似体験の中での思いの“達成”と、その実現。ある種の勝者の実感ですね。

松田:クサイこと言うようですが、原作モノの舞台を演じさせていただく中で感じる責任、最初に喜安さんがおっしゃっていた“重圧”って、生半可なモノじゃないんですよね、僕たちがやっている2.5次元舞台と呼ばれる世界では。でもそれを自分たちの力とかやり方によって成し遂げ、僕は恐れ多くもそのことで自分の世界が変わってきた人間だったので…もう一度その花をここで咲かせたいと思っていますし、なんか運命的なモノを感じたことが、千堂になりたかった一番の理由です。

ーー感情が先に立った?

松田:感情、直感。もうね、こういうとき、僕はそれを信じちゃいます。

ーー千堂は西の代表でもありますね。

松田:自分も出身が関西なので。実際に“西を背負う”という経験はそう何度もできることではないし、ここで風穴をあけるというか、千堂として背負えるだけの努力を惜しまずできるのは自分だけしかいないかもしれないって思っています。

喜安:松田くんは言葉が非常に正直な方。こういうところでもホントに真面目に話してくれますし。千堂の一番いいところって、彼も正直なんですよ。真っ直ぐに「ドつき合いが好きなんや」って言えるか言えないか。その「正直さ」が、今進んでいる原作の中でも風穴をどんどん開けている人である所以だし、きっと千堂を表現するのに最も必要なことなんだろうなと思ったんです。ワイルドさとか関西弁とかも有利ではあるんですが、それよりも…ね。このステージにおける構造として、内に秘めてもがく宮田と、すべてを正直に晒け出す千堂っていうのが、一歩が強くなっていく中での必然的な存在。どちらも彼と拳を交じえる相手になるんだなあと思っています。


ーーキャストのみなさんの交流は?

滝澤:僕と恭路くん、同い年なんです。あまり同い年の役者さんと共演する機会がないので、すごく嬉しいです。自分は拳で戦うような闘争心はあまりないんですけど己を磨くトレーニングは好きで今も舞台に向けてやっているんですが、そういう情報交換もしたりしてます。一緒に体を動かす機会もあったんですけど、実際にボクシングやってる人の身体を見るのは初めてで…やっぱりベースから違うんですよね。恭路くんの肉体は相当刺激になってて、今、僕も更に頑張って鍛えてますし、その発奮する感情が、宮田が一歩を意識する感情とめちゃくちゃリンクしてます。

後藤:僕も周りは先輩ばかりなので、やっぱり同い年の人がいると安心感がありますね。甘えさせてもらおうかな(笑)。

滝澤:いやいや。引っ張ってもらうよ(笑)。

松田:僕は後藤くんも滝澤くんも今回が初共演です。先輩って言ってくれてますけど、もう同じリングに立つ同士としてはそこの気持ちも一緒。これまで取材などで何度かお会いして信頼できる人たちだと確信してるので…今は虎視眈々とトレーニングして、稽古に入ったら一気にね、グッと戦っていきたいです。

滝澤:おおっ。暴れる松田さん、早く見たいです! 普段はエレガントなイメージなので。

松田:そう? でも俺たまに自分にキレて…セット壊したりしちゃってますよ。

喜安:え、ダメじゃん(笑)。

松田:あ、今のはちょっと悪い例でした。

喜安・後藤・滝澤:(笑)。


松田:でも…そういう…

喜安:自分の中に虎を飼ってる。

松田:はい(笑)。ま、役者は個人商店だと言っても僕は協力するのはとても好きだし大事なことだと思うので、その中でホントにわからないことや嫌なことは言い合っていかないとね。だからふたりも全然遠慮せず、なんでも言ってほしいです。俺もなんでも言っていくと思うし。

後藤:はい。今までも取材で僕があまりしゃべれないときとか、引っ張ってくださって、ホントに心強い存在です。

松田:千堂と幕之内という関係ではありますけど、肩貸してほしいときにはいつでも俺の肩使ってくれって思うし、なんか気合い入れてほしいってときは思いっきり殴るし…あ、気持ちで、ですよ。思いをちゃんとぶつけあいたい。だって、ホントに殴り合ったら俺がやられちゃうもん。

喜安・後藤・滝澤:(笑)。

松田:みんなでね、切磋琢磨していけたらいいなと思っています。

ーー喜安さんとも、こうしてお話しするのは初めてだそうですね。

滝澤:改めて印象をお話ししてもいいですか? あの…とりあえずこの中で、今のところ一番強そうです。

喜安・後藤:ハハハッ(笑)。


松田:確かに。

滝澤:なので、ちょっと謎の焦りが出てます。筋トレ、まずは喜安さんを超えなくちゃって…あ、すいません。ホントに単なる第一印象です!

後藤:僕も喜安さんは初めてお会いしたオーディションでの真剣な顔がすごく怖くて(笑)、まだちょっと怖い方なのかなっていう気持ちが強いです。ビクビクしてます(笑)。

喜安・滝澤・松田:(笑)。

後藤:これからよろしくお願いします。

松田:喜安さんはやっぱり僕からしたら“本物の幕之内一歩”である方で、今日の最初のお話しもですけど、気持ちをちゃんと言葉にして僕たちに示してくれることがまず嬉しくて…それってすごく大事なことだと思う。それに、言葉にしても気持ちの全部が伝わることってなかなか難しいけど、喜安さんの言葉は10割以上の届き方をしていたので…稽古重ねて本番を迎えるまでまだ作品の内容はどうなっていくかはわからないですけど、喜安さんを信じてついていきます。「今、ここでこの試合を自分が決めなきゃいけない。リングに上がるのはおそらく自分しかいない」と覚悟されたその場所に一緒に立つわけなので、今日またひとつその言葉で気合を入れてもらえてよかったです。

滝澤:原作の主人公の声を演じられて、ずっと作品を引っ張ってきてくださった方なので、舞台の『はじめの一歩』に対するビジョンも、多分、今僕らが想像しているものの何百倍もスケールがでかいというか。迫力もあってホントにピリついてて…

後藤:(頷いている)。

滝澤:むしろもう想像できないくらいのモノが喜安さんの頭の中にはもう生まれてる。そこに向かってみんなが一致団結してゴールテープを切りに行けたら、ホントにめちゃくちゃ盛り上がる作品になるんだろうなって考えると、すごくワクワクします。

滝澤諒

滝澤諒

ーータイトルに添えられた“リアルファイティング”という言葉からもカンパニーの強い意志を感じずにはいられませんし、ここが舞台化する意味、演出の“コア”でもあるのかなと…。

喜安:私が知っている『はじめの一歩』はもう“かつてあったこと”で、舞台として新しい『はじめの一歩』を創ろうと思ったときには、新しいみんなの力が絶対に必要です。漫画を原作とするもので、役者さんがキャラクターのビジュアルをちゃんとトレースして…っていうことで想像していただける2.5次元舞台とは、少し違うモノをやろうと思っているんですね。だってまず普通に考えたら、あのストーリー全部が一本の舞台に収まるわけがないですから。ここまで、ここまで、と巻を区切ってシリーズモノでやっていくのならそう考えていけますけど、今回はそういうことをやろうとは思っていない。

ーーまずはこの一作で「完結」させる。

喜安:そうですね。原作のストーリーを追体験してもらうこととはまた別の切り口をこの作品は持っていなくてはいけない。あと、ボクシングって他の競技とはちょっとニュアンスが違うというか、要は当たりどころが悪ければ死んじゃうし、なんのためにこんなことやってんの?っていうのが…

ーー殴り合いですからね。

喜安:そこが当事者以外には体感しづらい部分だから、まずはそこをお客さんに向けて表現できる作品になればいいなぁと思っています。単純に「原作のストーリーをうまく消化しました」とかそういうモノではなく…もちろん、そこを楽しみにしているお客様に向けて、脚本もちゃんと組み立てるんですけど、それ以上に大事なのは、彼らが…役者たちのパンチが舞台の上では一回もお互いの顔には当たらない。なのに、それでも痛みとか、誰かが倒れたときに「もう、立たなくていい」とか、「お願いだからもう一回立ってくれ」とか、「なんでまだやるの!?」っていうこととか、そういうことがどれだけ会場内にいるお客さんに伝わるか、ボクサーを見たときに思うのと同じような体験を、この演劇の空間の中で感じられるようにしたい。そこがね、もしかしたら今までの2.5次元作品とはまたちょっと違った、新しい漫画原作の表現になるのかもしれないなと、今は、考えています。

喜安浩平

喜安浩平

ーー生で見て感じるフィジカルな感動、ですね。

喜安:海外の人が見ても、わかっていただきたいんです。このステージの…大変さを(笑)。原作があるから勝敗の結末もわかってる。わかっていても盛り上がる、ハラハラしてしまうってことは、その過程にとんでもない“なにか”がないといけないなって思うから。戦い合うってことをちゃんと表現できたとしたら、それはもしかしたら“言葉じゃないなにか”になるんじゃないのかなぁって。

ーー原作準拠であり舞台ならではであるという振り幅も非常に大きく。

喜安:ダイナミックな作品になるでしょうね。

ーーそこに向けての準備としては?

松田:まずは体格、ですかね。やっぱりボクシングをしている人の身体には近づけたい。また、一回公演ではないので、何十回も公演をこなして、なおかつ数時間の作品をやるための基礎体力も必要ですし。両方を今、各々がしっかりと準備し始めいるところだとは思います。

滝澤:全体の試合数も多いと思いますよ。特に一歩は拳の面識ある人がどれだけいるの!?ってくらいで(笑)、相当大変だと思う。

後藤:そうですよね。身体づくりで言うと一歩は肩の筋肉がすごいのでそこをメインに鍛えてるのと、僕、デンプシー・ロールを実際にサンドバックに打ってみたんですけど…体がすごくブレるんですよね。振られると言うか。格闘技であんまりああいう大振りの技って…

滝澤:え、ホントにやったんだ! すごい。ちょっと震えました(笑)。

喜安・松田:(笑)。

松田凌

松田凌

後藤:でもやっぱりまだ身体が振られちゃうので、足腰をちゃんと踏ん張れるような体を作っていかないと。あとやっぱりちょっとやるだけで息が切れてしまうので、スタミナをまだまだつけなくちゃいけないなって思っています。

ーー座長という責任も負っています。

後藤:座長…という実感はまだホントになくて、「座長」と言われるたびにプレッシャーがすごいんですけど(笑)、みなさんに助けていただきながら頑張るしかない! 気合いで、気持ちで頑張っていきます。勉強させていただきます。

喜安:役者のみなさんそれぞれの経験があって、その経験を引き出しにして作品を作っていくんだと思うんですけど、後藤くんはまだきっと“開いていない引き出し”っていうのがたくさんあることが他の人と違う良さだとも思うので…もちろん基本的なことをたくさん準備して稽古に入ってくることも必要だと思う。一方で、それぞれの俳優さんのそれぞれのスタンスやそれぞれの引き出しにいかに身体ごと飛び込んでいけるかっていうことが、結果的に座組をどんどん活気づかせていくことになるのかなぁと思うので、そこはぜひ、積極的にやってってほしいです。

後藤:はい!

後藤恭路

後藤恭路

ーーみなさんの内にたぎるものがお話から強烈に伝わってきます。では最後に改めて、舞台を楽しみにしているお客様にメッセージをお願いします。

松田:2020年、新年明けて一発目の舞台。エンタメって一見あまり世の中と関係ないように思えるかもしれないですけど、僕は自分たちが演じる作品が、観てくださる方のなにかの人生のきっかけになってもらえたら嬉しいなといつも思っています。僕自身の課題は、今回は千堂武士という役を引っさげ、喜安さんもおっしゃっていたように「一線を画す」こと。たくさんある2.5次元作品の中に一石投じられることができるように…その分の拳の力はつけていきたいと思いますので、ぜひその成果を劇場に確かめに来てください。

滝澤:リアルファイティングということで、試合とかもイメージして作品も作られていくと思うんですけど、舞台も実際のボクシングも戦っている本人だけじゃなくオーディエンスという存在が不可欠。応援していただくことで盛り上がっていくモノなので、今回も客席のみなさんには大いに応援していただきたいですし、僕らもそうなれるものを届けたいっていう思いでいっぱいです。声を出して応援を…してもいいのかどうかちょっとわからないですが(笑)、でも気づいたら声が出てしまったっていうくらいのシーンがあったっていいんじゃないかなって思える、熱い作品になるのは確実だと思うので、ぜひ盛り上げに来ていただけたら嬉しいです。

後藤:原作のファンの方も、初めて触れる方も楽しめるように、しっかり気持ちを入れて精一杯頑張っていくので…ぜひ観に来てください!

喜安:今作をお引き受けするにあたって最初にお願いしたのが劇場のことでした。「後楽園ホール(ボクシングを始めとした格闘技の試合が行われている“格闘技の聖地”)のような場所でやりたい」ということです。今回は品川プリンスホテルのステラボールでやらせていただきますが、そこを演劇の空間というか、後楽園ホールさながらの、男たちが戦うための空間として用意する予定です。それはもう非常に楽しみにしていてほしいですし、そこで自分が応援している人が、あともう一歩、あと数センチ拳が伸びれば勝てるかもしれないという状況を、一緒に固唾を飲んで見守ってもらえたらなぁと思っています。あとこれは言葉にすると安っぽくなっちゃうんですけど、最終的には観終わった後に「ああじゃあ自分も明日もうちょっとだけ頑張ろうかな」「こんなに頑張れるんだから俺も私も後もう一歩前に踏み出そう」って思う、勇気とかガッツとか、そういうものを届けられる作品に…します!! 観客のみなさんの次の一歩のエネルギーになるような、そんな舞台にしたいと思っています。期待していてください。

取材・文=横澤 由香 撮影=池上 夢貢