明治21年に立ち上がった劇団「新派」が、大正、昭和、平成を経て、令和のお正月を迎える。会場は、三越劇場。『令和二年一月 初春新派公演』と銘打ち、第1部では、栗山航(男劇団 青山表参道X)を迎え『明日の幸福』を、第2部では歌舞伎でもお馴染みの舞踊『神田祭』を披露する。上演期間は、2020年1月2日(木)〜20日(月)。

開幕を前に記者懇親会が行われ、新派の水谷八重子、波乃久里子、喜多村緑郎、河合雪之丞、そして栗山航が公演への思いを語った。

昭和のホームドラマと、粋で華やかな歌舞伎舞踊

水谷八重子(二代目)は、本作が伊志井寛と、初世水谷八重子の尽力により生まれたことに触れた。

「“お涙ちょうだい”の作品を中心に上演してきた新派から、戦後の現代劇、日本のホームドラマを生み出そうと挑戦し、何本もの作品を輩出し、ついに出来上がった作品です。昭和生まれの作品ですが、令和の方々にも伝わる作品だと信じております」

水谷八重子

水谷八重子

波乃は『明日の幸福』に、娘夫婦の役で出演する。

「『明日の幸福』は大好きな作品です。新派にとっても”明日の幸福”となればと思います。何より初春からこの4人で楽屋にいられるのは嬉しいこと。息子役には、こんな美男子の栗山さんもいてくださいます! 本当に春から縁起がようございます」

波乃久里子

波乃久里子

波乃の夫役を勤めるのが、喜多村緑郎だ。

「お正月から明るく楽しい芝居と華やかな舞踊で、三越劇場の『初春新派』を開けられますこと、幸せでうれしく思います。温厚な性格だが頭の中は法律でいっぱいという、今までにない役どころです」

喜多村は『神田祭』にも出演する。

「20年ほど前、歌舞伎界にいた頃に舞踊会で披露した演目です。まさか新派に入団し、雪之丞と勤めることができますこと、こいつは春から演技がいいやと。しっかり勤めてまいります」

河合雪之丞は、『神田祭』に出演する。

「『神田祭』は喜多村緑郎、私、そして喜多村一郎、河合穂積、河合宥季の5名で勤めますが、『神田祭』しか出ないのは私だけです! その分全力で勤めさせていただきます!」

栗山は、新派に初めての参加となる。『明日の幸福』に出演し、劇中では、春本由香と夫婦役を演じる。緊張の面持ちに見受けられたが、取材会の冒頭で「昭和顔の栗山さん」と紹介されたことを受け、自ら「昭和顔の栗山航です」と名のり、場を和ませた。

「はじめて参加させていただけることを、とても嬉しく思いますが、緊張もしております。先ほど控室でお話させていただいた中でも、勉強させていただくことが、本当にいっぱいありました」

控室でのやりとりを問われると、栗山は一例として「差し入れ」という言葉の使い方を、「聞いたばかりですが」とはにかみながらも明かした。本来監獄で中の人に(隙間から)差し入れる時に使う言葉であり「楽屋見舞い」が望ましいのだそう。栗山の一言一言に、隣の席の波乃が「そう!」「かわいい!」など相槌をうつため、登壇者も記者も、笑いがこらえられない状況。

栗山もしばしば、笑いでコメントを中断しながらも、「はつらつとやっていきたいと思います!」「こんな金屏風の前で話す日がくるとは思いませんでした!」と力強く語った。

戦後日本のホームドラマを珠玉のキャストで

『明日の幸福』は、戦後日本のホームドラマのパイオニア、中野實の戯曲だ。昭和29年11月、明治座「新派公演」で初演された戦後日本の、ある大物政治家の家が舞台となる。明治、大正、昭和の三世代で同居しているが、家宝の馬の埴輪を巡り、思い違いや行き違いが生まれ……。家族観、女性像に触れる新派の喜劇として、様々なキャストにより、繰り返し上演され、現在に至る。

ーー劇中で「埴輪をうっかり……」という設定があります。過去にもご出演経験のある波乃さん、水谷さん、本作上演中の失敗談はありますか?

波乃:孫夫婦の役を勤めた際、タイミングを間違って、舞台に飛び出てしまった時には、大変怒られましたね。おねえちゃま(水谷)と、一緒にいてはいけない場面で、同時に私が出てしまったので(笑)。脚本だけでなく、演出もされていた中野實先生は、飴と鞭ではなくて鞭と鞭。大変厳しい方だったんです。ずっと怒られてばかりでしたが、最後の公演の後には、すごく褒めてくださいました。

ーー水谷さんは、本作に登場する三世代すべての女性を、勤めておられます。

水谷:初舞台は、16歳でお嫁さん役を。

(一同どよめく)

水谷:失敗と言えば、プロンプ(俳優に陰からそっと台詞を教えること)を思い出します。「リキ」という、冒頭からしゃべり続ける役を、初演以来、市川翠扇先生(三世)が演じておられました。その役を、緋多景子さんが勤めることになったある年の公演で、私が、プロンプをかって出たんです。私はピンクのタイトな衣装でセットの裏に腹ばいになって、台本を目で追って。お芝居は順調でしたが、ふと私は「台本ばかりでなく、彼女の顔を見ておこう」と思ったんです。顔を上げた瞬間、彼女と目が合い、彼女が絶句してしまった。私はあまりに慌ててしまい「がんばれー!」と小声で応援するばかり(一同笑)。ちょうど舞台袖にいらした翠扇先生が、バッと台詞をつけてくださって、そこからは脱兎のごとく。プロンプって難しいものだなと痛感いたしました。

ーー波乃さんは、歌舞伎の初舞台から数えて70周年。八重子さんは、新派の初舞台から数えて芸能活動65周年。振り返ってみて、思うことはありますか?

水谷:昔、母(水谷八重子)がインタビューに答えた記事を、たまたま読むことがありました。「年を重ねないと役の理解ができないことがある。経験を積み、体が役を覚えて重みが出てくると、もう一度そこから若くなって、若い体でやりなおしたい、と言っていたんです。今になり、本当にそうだなと。やっと母の気持ちが身に染みて分かりました。

波乃:先代の八重子先生は、「久里子ちゃん、いつも新人でいなさい。ベテラン女優と言われたら恥と思いなさい」とおっしゃっていました。この頃、本当にベテラン女優と紹介されるようになると、たしかにダメですね。恥ではありませんが、やはり新鮮な、真っ白の気持ちでいたいです。「カンバスは白よ。石鹸の匂いのする女優さんでいなさい」とも。本当に石鹸をこすりつけて八重子先生と舞台に立ったことがありましたが、そうではないんですね(笑)。新鮮で透明感のある女優に。それをもう一度私の肝に銘じたいと思います。

ーー栗山さん、このような共演者の中で、恐怖感もあるのでは?(笑)

栗山:たしかに少々ありました(笑)。しかし先ほど控室に伺った時に、それが抜けた気がします。稽古場でどうなるか、緊張はまだありますが粗相のないよう、挨拶は大きな声でがんばります!

『神田祭』は衣装にも注目を

二幕目は、江戸の総鎮守であり、商売繁盛の神様でもある神田明神のお祭り「神田祭」をモチーフにした舞踊だ。

ーー『神田祭』についてお聞かせください。

喜多村:「久しぶりに段治郎・春猿時代の歌舞伎時代から得意としていたものをやってみたらどうか?」と提案をいただき、『神田祭』をやることになりました。まさか新派公演で歌舞伎舞踊をやらせていただく機会が来るとは思っておりませんでした。

河合:喜多村さんとは、お互いがどうしたいか直感でわかるくらい一緒にいますので、お互いにやりやすさはあると思います。私、女方でありながら身長が175センチございます。183センチある喜多村さんが隣にいてくださると、本当に私が小さく見えて有難いといつも、喜多村さんの身長に感謝を捧げ舞台に立っております。(笑)

ーー河合さんは芸者を、喜多村さんは鳶頭を演じます。この演目で心がけることはありますか?

河合:舞踊作品では、振付のお師匠さんが演出家でもあります。振付の尾上墨雪先生が求められるものに近づけるよう一生懸命やる。それが踊り手の心得だと思っております。新派のお芝居にも芸者衆は出てきます。色気と可愛らしさと、キリっとすっきりしたところが、芸者の持前だと思っております。舞踊の中でも、それを出していけたらと思います。

喜多村:鳶頭も色気がないといけません。頭としての威厳や、遊び心も必要です。それこそ十七代目(勘三郎。波乃の父)の「お祭り」のような、あの雰囲気を、わずかでも出せるように踊りたいと思います。

ーーチラシのお二人の姿が大変素敵です。衣装についてお聞かせください。

河合:今回、鬘は歌舞伎舞踊と同じ(土台がネットではなく)台金のものを予定しています。古風な印象のものになります。また、芸者さんの衣装は、荒磯という裾柄のものを着る機会が多いのですが、ふと「そういえば師匠(猿翁)が、藤の縫いで踊っていたことがあった」と思い出しました。衣装さんに確認し、それを使わせていただくことになりました。師匠の思い出もございますし、舞台で着られたことの少ない衣装です。

喜多村:首抜き(背中から、両肩、胸のあたりにまで大きく1つ、紋が染め抜かれたデザインの着物)を新調しました。これまでは師匠が着ておられた、澤瀉の首抜きを使わせていただいておりましたが、今回初めて、喜多村六郎の笹竜胆(ささりんどう)の紋でやらせていただきます。

新派、令和に向けて

ーー「新派喜劇の面白さ」とは、どのようなところにあるのでしょうか。

水谷:笑わせるのではなく、あるシチュエーションにおける、さまざまな人の行動が絡み合った時の面白さをみせます。身の回りで起きうることをピックアップし光をあて、日常の中の面白さを、お客様に自然に笑って観ていただく喜劇だと思っております。『明日の幸福』は、昭和29年に生まれた喜劇です。しかし令和に生きている私たちが演じることで、自然と、令和のテンポ、令和の息遣いになるのではないでしょうか。昭和に演じられた時とテンポが違う。その変化により、作品が長生きをしてくれる。これが自然なことで、望むところでもあります。

波乃:先代の八重子先生や、藤山寛美先生も、「お客さんは笑わせようとしたら笑わない」とおっしゃっていましたね。考えてみれば私たちは、普段でも喜劇です。今日のこの取材会だって、だいぶ笑っていたじゃない?(一同、大きく頷く)それをデフォルメしているだけなので、私は、あえて喜劇だから。新派の古典に喜劇はないけれど、それでも笑いどころはあります。人間って生きているうちは喜劇なんじゃないかな。それを中野先生が書き、この作品以降、日本に「ホームドラマ」が増えてきたんですから、水谷先生、伊志井先生はある意味革命をなさったんですよね。

ーー令和の時代の「新派」らしさとは?

喜多村:先人が遺してこられたレパートリーを大事にしつつ、新しいものをつくっていく。これは令和の時代になっても変わりません。僕の感覚ですが、歌舞伎の周辺劇としての発生した新派の歴史を振り返ると、自ずと感じられるものがあります。日本人の息遣い、リズム、言葉の美しさなどですね。これらを大事にしつつも、明治以降の劇作家による日本の商業演劇を模索していくことが、新派らしさになるのではないかと考えています。

『初春新派公演』は、令和2年1月2日に三越劇場で開幕し、20日まで上演される。今公演では、キャストによるお正月のご挨拶も予定されているという。新しい一年のはじめを、三越劇場で賑やかに迎えてはいかがだろうか。