新型コロナウイルス感染拡大の影響でコンサートの中止や延期が相次いでいるクラシック音楽界。ここに来てwithコロナを前提に、新しい生活様式に則した公演再開の動きが出て来た。

日本フィルハーモニー交響楽団は10日に、新型コロナ騒動後、初めてとなる演奏会『とっておきアフタヌーン』を無観客のサントリーホールにて有料動画配信という形で実施。

一方、京都フィルハーモニー室内合奏団は13日に『室内オーケストラの夏!』と題した「第225回定期演奏会」を、新型コロナ騒動後初めて観客を入れる形で開催した。

演奏者同士のソーシャルディスタンス確保やマスク着用、管楽器奏者の飛沫の問題など、演奏する側の課題に対して、どのような形で演奏会は行われたのか。

また京都フィルの演奏会では、指定された座席への振り替えや、入場時の体温チェックと手消毒、マスク着用の徹底、自身によるチケットの切り離しや、プログラムの受け取りなど観客側の課題に対して、どのような対応で臨み、観客の反応はどうだったのか。

これらは今後、コンサート実施のメルクマールとなる事からも、クラシック業界のみならずエンタメの世界からの注目度も高く、テレビ局や新聞社などマスコミの取材も多く訪れており、この日のSNSではこの話題に関する書き込みが溢れた。

ここでそれぞれの演奏会について、確認しておこう。

日本フィルの『とっておきアフタヌーン』は、日本フィルにとって3ヵ月ぶり、サントリーホールにとっては2ヵ月ぶりとなる演奏会。日本オーケストラ連盟加盟37団体のうち新型コロナ騒動後初めての演奏会は、無観客による有料動画配信という形で行われた。

日本フィル「ソーシャルディスタンス・アンサンブル」  (C)サントリーホール

日本フィル「ソーシャルディスタンス・アンサンブル」  (C)サントリーホール

この日の日本フィルは、その名もずばり「ソーシャルディスタンス・アンサンブル」と名乗る弦楽器のみの出演。十分な間隔を空けて並ぶ奏者は、1stヴァイオリンから順に、6−6−4−3−2 の21名による編成。ステージ上はひな壇を使用し、プルトごとに舞台がせり上がる仕組みで、譜面台は一人一台使用。奏者はマスクを着用せず、指揮者の広上淳一だけが終始マスクを着用していた。奏者と指揮者はお互いがよく見えるが、コンサートマスターの位置からは全体を見通しにくかったのではないか。

プログラムとしては4曲構成、休憩なしの1時間で収まるショートサイズ。2曲目のエルガー「愛の挨拶」では、コンサートマスター田野倉雅秋が見事なソロを聴かせたが、演奏終了後、指揮者広上淳一とは接触を避け、エア・ハイタッチ!

コンマス田野倉雅秋と指揮者広上淳一はエアハイタッチ!  (C)サントリーホール

コンマス田野倉雅秋と指揮者広上淳一はエアハイタッチ!  (C)サントリーホール

広上淳一がステージ上で、司会者の問いかけに答える。

「この素晴らしいサントリーホールに再び戻って来れた事が実に嬉しい! 今日は無観客の中での、ソーシャルディスタンスを守りながらの演奏ですが、離れていてもこれぐらいはやれるんだという、実験と証明です。やっぱり音楽は良いなぁと皆さまに思って頂きたいですね。」

嬉しそうに語る広上淳一の表情が印象的だった。

終始マスク着用で通した指揮者 広上淳一  (C)サントリーホール

終始マスク着用で通した指揮者 広上淳一  (C)サントリーホール

日本フィルの出演者を代表して、コンサートマスターの田野倉雅秋にハナシを聞いた。

―― 久し振りの本番でしたが、いかがでしたか?

確かに本番は久しぶりでしたが、身体が覚えていたせいか、以前と特別何か変わった感覚があったということはありませんでした。しかし、翌日の疲労感は想像以上でしたね。それだけ集中していたのだと思います。丸一日怠く、思考の鈍さを感じました。一応、その次の日には元通りでしたが(笑)。

ーー ソーシャルディスタンスは演奏し辛くなかったですか?

音の聞き取り具合においては、特にヴァイオリンは縦に並んでいることもあって、前後の間隔をより広げたため、後ろからの音が感じにくく、自分の音がより孤立している感じがしました。しかし、スタンドパートナーがいない分、お隣2nd ヴァイオリンの音はとてもよく聞こえてきました。その他のパートについてはフォアシュピーラー同士の距離が広がったのでアンサンブルに少々難しさを感じましたが、それは皆で気をつけ合うことで凌げました。アイコンタクトを取る為、これまでより顔を上げなければいけなかったのが最初は気になりました。コミュニケーションに関して、自分が受け取ることに加え、伝えることが十分かどうか、いつも以上に気になりました。普段、演奏中に周りの奏者からのフィードバックを得ることでコミュニケーションの手応えを得ているからだと思います。

ーー 読者の皆様にメッセージをお願いします。

自粛生活の間、みんな色々な事を考えたり感じたりしながらそれぞれの時間を過ごして来ました。自分と向き合う時間が増えた事は、今後の音楽づくりにも影響があると思います。表現においてはより自主性が必要になり、その質が求められると思います。

今回、3ヵ月ぶりにみんなと再会して、色々な思いが一気に噴出しました(笑)。仕事があることがどんなに安堵感につながるか、本当に実感しました。これまでの約3ヶ月、私たち演奏家のように、仕事をしたくても出来ない人達もいれば、かえって忙しくなり、身体を張って、命をかけて働かなければいけない人達もいます。オーケストラの組織の中でも、事務局、舞台スタッフ、演奏家と、その役割によって状況は大きく違います。ようやくホールでの演奏が再開しましたが、そこに至るまで “身内” にどれだけ準備をしてもらったかを理解して、今一度襟を正して音楽の仕事に携わって参りたい思います。皆さま、私達日本フィルの活動にこれまで以上のご声援を賜れば、たいへんありがたく存じます。どうぞ引き続きよろしくお願い致します。

エルガー「愛の挨拶」のヴァイオリン独奏は、コンサートマスター田野倉雅秋  (C)サントリーホール

エルガー「愛の挨拶」のヴァイオリン独奏は、コンサートマスター田野倉雅秋  (C)サントリーホール

今回、日本フィルの無観客による有料動画配信は、イープラスのStreaming+というシステムを使ったものだ。チケットは然るべきタイミングまでに購入し、決済はクレジットカードやコンビニ払いなどで済ませ、登録してあるIDとパスワードでチェックイン。同時視聴できる端末の数は1台と限られているので、購入数を超えて視聴者が出る可能性はない。チケット1枚に対して1名の入場が徹底されるカタチだ。開演時間に視聴する端末の前でスタンバイしていると、ワクワク感や緊張感もあって、本物の演奏会に来ている感覚に浸れる。今後このスタイルのコンサートがきっと増えるだろうと確信した。このシステムを経験出来た事も、今回の演奏会の成果の一つだった。

これからも日本フィルをよろしくお願いします!  (C)サントリーホール

これからも日本フィルをよろしくお願いします!  (C)サントリーホール

一方、先週13日の京都フィルハーモニー室内合奏団の『室内オーケストラの夏!』は、新型コロナ騒動後初となる観客を入れての演奏会。500人収容の京都コンサートホール小ホールに限定100人で行う事になった為、14時開演の1回公演だったのを、10時半と14時半開演の2回公演とする事になった。京都フィルは小さい編成の室内オーケストラだが、弦楽器だけでなく管楽器も入った形で行われた。

J.フランセ「十重奏曲」演奏風景  (C)H.isojima

J.フランセ「十重奏曲」演奏風景  (C)H.isojima

演奏者同士は1.5〜2メートルの間隔を空け、マスクを着用。管楽器の飛沫対策としては、奏者の前にアクリル板を立てる事で防御。プログラムは当初から短縮版に変更などを行っていない事からも、換気に注意を払う目的で休憩を1回から2回に増やして開催した。

管楽器奏者の前には飛沫を防ぐアクリル板を設置  (C)H.isojima

管楽器奏者の前には飛沫を防ぐアクリル板を設置  (C)H.isojima

この演奏会に指揮者は無し。コンサートマスターが中心となって、アンサンブルをまとめるのだが、ソーシャルディスタンスを空けて指揮者無しで演奏するのは、相当難しいように思われた。

客席はソーシャルディスタンスを第一に客席が作られているため、席の振り替え作業などで混乱を予想していたが、事前に定期会員やチケット購入者との間で対応済みだったのか、受付窓口はスムーズに流れていた。マスク着用のチェックや手消毒のほか、プログラムは各自でピックアップする方式が採られていた。

日本フィルと京都フィルのコンサートを見ていて、対応が違う所は、共にソーシャルディスタンスを空けているものの、弦楽器奏者がマスクを着用するかしないかという点だ。

この問題、ウィーンフィルなども実験をやっていて、飛沫の問題なし!という事で、彼らはソーシャルディスタンスを取らず、マスクも着用せずに演奏するシーンがテレビのニュースでも放送されたが、見解が分かれるところだと思う。随所で行われている実験結果と、政府や自治体、各ホールで取り決めたガイドラインに沿った対応がこの先、検討される事となるのだろう。

A.ヴィヴァルディ「四季」より “夏” 演奏風景  (C)H.isojima

A.ヴィヴァルディ「四季」より “夏” 演奏風景  (C)H.isojima

そしてもう一つ、日本フィルは休憩なしの1時間プログラムに変更し開催したが、京都フィルはプログラムの変更はせず、通常の1回休憩を、換気の為に2回休憩にして実施。この辺りをどう考えるのかも、議論を呼ぶこととなろう。

1回目の本番終了後、京都フィルの田中美幸 理事長にハナシを聞いた。

開演前には京都フィル田中美幸 理事長が挨拶  (C)H.isojima

開演前には京都フィル田中美幸 理事長が挨拶  (C)H.isojima

ーー 開演前の挨拶のところで、思わず声を詰まらせるところがありました。

そうですね。いつも応援して下さる定期会員さんの顔を見たら、ついこみ上げるものが有りました。皆さん、待ってたよ!って言って下さっていて…。3カ月ぶりですが、やれて本当に良かったです。

ーー 昨日、久し振りにリハーサルをやって、メンバーのみなさんはどう言われていますか。

いつもと違う間隔を取っている事で、0コンマ何秒か音がズレるそうなんです。それを合わせるために必要なアイコンタクトを取るにも、間隔が開き過ぎているのとマスクで顔が見えないことなどもあって、勝手が違って難しいみたいでした。昨日のリハーサルは随分時間をかけて丁寧にやってました。

ーー このプログラム、サン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」なんかも、指揮者無しでは難しくないですか。

いつもなら問題ないのですが、あれだけ離れるとやっぱり難しいようですね。「何で指揮者いないの!」って怒られました(笑)。けれどみんな、久し振りに合わせられて嬉しかったと思います。私も、当たり前にやって来たナマ音で自由に表現する事が、こんなにも尊いものだったんだと、改めて実感しました。昨日、久し振りにホールに来たんですが、お掃除のおばちゃんに「お帰り、待ってたわー。私らがしっかり掃除してるし、コロナは大丈夫!手が触れる所も全部、よう拭いてるし!絶対(感染者を)出さへんから安心して演奏してなー」って言っていただいて…。ホント、演奏会って皆で作り上げてるんですね。その事に気付いて感激でした!

C.サン=サーンス「動物の謝肉祭」も指揮者無しで演奏  (C)H.isojima

C.サン=サーンス「動物の謝肉祭」も指揮者無しで演奏  (C)H.isojima

ーー お客さんは口々に「やっぱりナマの音楽はエエなぁ!」って言われていましたね。

はい。演奏を届ける私達も、お客様も、ホール関係者も、みんなその事を実感出来ました。

この3ヵ月の間、数多くの方々から励ましのお言葉やご寄付などを頂きました。あらためてこの場を借りて心より感謝申し上げます。きっとこの先、問題点もまだまだたくさん出て来ると思いますが、頑張っていこうと思っています。どうぞ京都フィルの活動にご期待ください!

これからも京都フィルをよろしくお願いします!  (C)H.isojima

これからも京都フィルをよろしくお願いします!  (C)H.isojima

新型コロナ騒動後の注目の演奏会が二つ、共に大成功で終わった。今回の演奏会を通して、問題点が数多く見えた事もまた事実だ。新型コロナウイルス感染予防と音楽的なこだわりをどう両立させていくのか。そして、それを収益にどう繋げていくのか。問題は山積み状態だが、まずは最初の一歩を踏み出せた事を素直に喜びたい。

この演奏会を皮切りに、全国のオーケストラが次々に演奏会を行うようだ。

現在判っている演奏会は次の通り。

日本センチュリー交響楽団「ハイドンマラソンHM.19」(6/20 ザ・シンフォニーホール)、「第244回定期演奏会」(6/29 ザ・シンフォニーホール)。大阪フィルハーモニー交響楽団「第539回定期演奏会」(6/26、27 フェスティバルホール)。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団「第335回定期演奏会」(6/26 オペラシティコンサートホール)。関西フィルハーモニー管弦楽団「第311回定期演奏会」(6/27 ザ・シンフォニーホール)。東京交響楽団 ニコニコチャンネル開設記念 無料ライブ配信「第76回川崎定期演奏会」(6/28 ミューザ川崎シンフォニーホール)。名古屋フィルハーモニー交響楽団「第481回定期演奏会」(7/10、11 愛知県芸術劇場コンサートホール)。山形交響楽団×仙台フィルハーモニー管弦楽団合同演奏会(7/12 やまぎん県民ホール、7/18 東京エレクトロンホール宮城)、大阪交響楽団「第241回定期演奏会」(7/16 ザ・シンフォニーホール)etc…

当分の間、withコロナ時代のクラシック音楽の演奏会については、行う側も聴く側も手探りの状況が続きそうだ。ステイホーム中に偶然見た、リモートアンサンブルによる『パプリカ』の演奏でオーケストラに初めて触れ、「オーケストラって意外とイイネ!」と思った人も多いだろうが、ぜひナマのオーケストラサウンドに触れて頂きたい。100人ほどのオーケストラで奏でる大音量のサウンドも迫力十分だが、100人で奏でるピアニッシモ、弱音の響きには「100人でこんなに緊張感のある小さなサウンドが出せるのか!」と心震えるはずだ。

演奏出来る事が当たり前ではない事に気付き、感謝の気持ちが強く芽生えたオーケストラの今後の活動に注目したい!

取材・文=磯島浩彰