新国立劇場バレエ団が『ドン・キホーテ』を上演中だ(2020年10月23日〜11月1日)。開設から20余年を数えるなか、バレエ団は今シーズンから芸術監督に英国ロイヤル・バレエ団の元プリンシパルとして活躍した吉田都を迎え、さらにスタッフ陣には新国立劇場バレエ団の元プリンシパル・湯川麻美子が、バレエミストレスとして加わっている。湯川は1997年の新国立劇場開場記念公演から在籍し、独特の個性を発揮しながら『ドン・キホーテ』や「ニューイヤー・バレエ」にラインナップされている『ペンギン・カフェ』など、バレエ団の数々のレパートリー作品を踊ってきた、いわば「新国立劇場バレエ団の歴史」を体現するダンサーの1人だ。開幕公演『ドン・キホーテ』のリハーサルの合間をぬって、話を聞いた。(文章中敬称略)

引退公演『こうもり』(2015年)のベラは湯川の当たり役の一つ 撮影:鹿摩隆司

引退公演『こうもり』(2015年)のベラは湯川の当たり役の一つ 撮影:鹿摩隆司


■バレエ団の伝統を次代へつなぐ「キャリア・ディベロップメント」プログラムで指導者の経験を積む

――湯川さんは2015年に引退された後、大原前芸術監督時代に教師としてまたバレエ団に戻ってこられました。それまでの経緯をお聞かせいただけますか。

バレエ教師のお話をいただいたのは、引退してから半年後のことでした。
実は現役時代、ビントレー元芸術監督の時代に「キャリア・ディベロップメント」というプログラムが作られ、そこで教師としての勉強をさせていただいていたんです。このプログラムはダンサーのセカンドキャリア構築の意味合いもかねて、バレエ団の中から指導者を育成しようというもので、ある程度キャリアを積んだダンサー数名が月に数回、仲間に対しクラスを教えるという形で行われていました。

この「キャリア・ディベロップメント」は、ビントレー元芸術監督の前の牧阿佐美元芸術監督も、「バレエ団が蓄積したレパートリーを次代につなげていくためには、将来的にバレエ団出身の指導者の育成が必要だ」と仰っていたことにもつながります。お二人の思いが一つの形となったプログラムでもありました。

私自身は2015年に引退して家庭生活に入り、外部でバレエを教えたりしていたのですが、私の人生のなかで、バレエ団で過ごしてきた18年間は思いのほか大きく、客席から公演を見ていてもなんだか寂しいものを感じていました。ですから大原前芸術監督から「バレエ団のクラスを教えてみないか」というお話をいただいたとき、不安はありましたがこのバレエ団にまた携われるのであればと思い、お引き受けしました。

ちなみに当時、私と一緒にキャリア・ディベロップメントのプログラムで経験を積んだ吉本泰久君と西川貴子さんはバレエ団の教師として、また西川貴子さんは研修所でも教えています。 

湯川の代表作の一つ、『カルミナ・ブラーナ』(2014年)の運命の女神フォルトゥナ 撮影:鹿摩隆司

湯川の代表作の一つ、『カルミナ・ブラーナ』(2014年)の運命の女神フォルトゥナ 撮影:鹿摩隆司


■バレエミストレスに就任。言葉で伝えることの難しさ

――そうしたなかで、今シーズンから就任した吉田都芸術監督のもとでバレエミストレスに就任されました。

バレエミストレスとしてのお話をいただいたとき、まずダンサーとして何もわかっていなかった頃の自分を教えてくださった先生方のことを思い出しました。今度は自分がそれをやるんだという責任の重さと、はたして自分にできるのかということも考えました。

バレエ教師の時はクラスを教えるときは本番の作品を意識したり、また作品によっては身体の使い方を考えたりと、目的に応じたメニューを組むようにするといった難しさはありました。
でもバレエミストレスとなると様々な作品のリハーサルが同時に進行する中でのスケジュール管理や、ダンサーの体調や状態などにも気を配らなければならないし、作品についてもすべての役を把握し、内容や音楽も理解する必要がある。私が引退してから5年の間に、踊ったことのない作品も増えている。そうしたことを全部把握したうえで、今度は自分がダンサー達を引っ張っていかねばならない……。実際にお受けして、すでにもういろいろな壁を感じています (笑) 

とくに実際にやってみて強く感じるのは、「自分が踊るわけではないゆえの難しさ」ですね。自分が考えることを言葉で伝える難しさがあり、また受け取り方も人それぞれなので、人に応じて伝え方などを変えていかなければならない。
踊りについては、ノーテーション(舞踊譜)を基に初演時に立ち返り、忠実に行っていこうという作業をしています。とくに今の『ドン・キホーテ』は長い年月の間に上演を重ねてきたなかで振りがあいまいになってきている部分があるので、より正確に伝えなければならないという、吉田芸術監督のお考えによるものです。

吉田芸術監督とは一緒にリハーサルを見る機会もあり、その際にいろいろ話をする中で助言や気づきをいただくこともあります。お話をしながら何を教えればいいかを考えていると、ではそれを踊るためには普段のクラスから気を付けてやっていかなければいけないこともあるな、など、クラスからリハーサル、本番の舞台まですべてがつながってきますね。今はバレエマスターに陳秀介君、バレエミストレスに遠藤睦子さんと私、さらにプリンシパル・キャラクター・アーティストの菅野英男君がプリンシパル・ソリスト・コーチとしてリハーサルを見ていますが、みんなで話し合いを重ねながら、芸術監督がもっとこうであってほしいと思われるダンサーを育てていこうと動き出しているところです。
 

――吉田芸術監督とお話した際に、とくに印象に残っていることは何でしょう。

やはり「もっと自由に自分を表現すること」でしょうか。日本人は生真面目できちっとやることには長けているけれど、息を止めて踊っているように詰まった感じになってしまう。上半身をもっと柔らかくたっぷり使って表現できるようになってほしいと、そうおっしゃっていたのが印象的です。

――コロナ禍により予定されていた指導者が来られなくなるなど、現場にもいろいろ変更が生じていると思います。指導者の立場として、その件についてのお考えは。

私は新国立劇場バレエ団に在籍した18年間、ロシアのスタイルやマクミランなどの英国スタイル、あるいはバランシンのようなアメリカのバレエなど、様々な作品にふれ、その都度そうした作品をしっかり伝えることのできる指導者に教えていただきました。そうした機会がないというのはダンサー達にとってはとても残念だし、私達スタッフにとっても指導の勉強をする機会を失ってしまう。誰も経験したことのない状況の中でやれることをするしかないですが、また海外の指導者のコーチを受けられるような、そうした機会が早く来てほしいと思います。
 

『マノン』(2012年)レスコーの愛人 撮影:瀬戸秀美

『マノン』(2012年)レスコーの愛人 撮影:瀬戸秀美


■ビントレー元監督時代のクリエイション経験が生きた『竜宮 りゅうぐう』振付補佐

――先頃上演されたバレエ『竜宮 りゅうぐう』では振付補佐をされていらっしゃいました。その時のお話をお聞かせいただけますか。

森山開次さんはこれまでたくさんの現代舞踊の作品を創ってこられましたが、この『竜宮 りゅうぐう』については「見に来てくださったお客様に『グランドバレエを見た』と思っていただきたい」という思いがありました。新国立劇場バレエ団に振り付けるにあたり、やはり女性ダンサーにはポワントでの振りも不可欠だと。そこで大原前芸術監督からポワントでの動き――「バレエとしてこういう動きは可能なのか」といった相談に乗って創作に協力してほしいというお話をいただき、貝川鐵夫君と一緒に振付補佐としてお手伝いをすることになりました。
 

『パゴダの王子』(2011年)皇后エピーヌ(深海にて)。ビントレー元芸術監督とのクリエイションが生きた作品だ  撮影:瀬戸秀美

『パゴダの王子』(2011年)皇后エピーヌ(深海にて)。ビントレー元芸術監督とのクリエイションが生きた作品だ  撮影:瀬戸秀美

大原前芸術監督はビントレー元芸術監督の時代の監督補で、私がビントレー元芸術監督と『パゴダの王子』などで楽しみながらゼロから作品を創る様子をご覧になるなど、私がクリエイションの現場経験があることをご存知でした。それで『竜宮 りゅうぐう』の際にそうしたお話をくださったのだと思います。

ですから『竜宮 りゅうぐう』ではまずダンサーに振り付ける前に、開次さんと貝川君と私の3人でクリエイションをしました。開次さんの頭とパソコンの中には作品のイメージが全て入っていて、それを細かく説明していただきながら、例えばグラン・パ・ド・ドゥでリフトから降りるときはこうなるとか、バレエとしてあってはならない方向に足が向かないようにするなど、意見を伝えながらリハーサルをしていきました。

またその際にゲスト・バレエミストレスも兼任させていただいたので、リハーサルスケジュールの組み方や管理など、バレエミストレスの仕事の予行演習みたいなこともできたかもしれません(笑)

振付補佐として参加した『竜宮 りゅうぐう』(2020年) 撮影:鹿摩隆司

振付補佐として参加した『竜宮 りゅうぐう』(2020年) 撮影:鹿摩隆司


■ロシア古典にこれまで学んだ要素を加えて。蓄積が芸の幅を広げる

――そうしたなか、次回公演『ドン・キホーテ』が間近に迫っています。リハーサルをしていての手応えは。

この作品は非常に人間味のあるドラマで、例えば幻想的な『白鳥の湖』とは違い、2幕の「ドン・キホーテの夢」のシーン以外の登場人物はみんな生きた人間です。1幕だけでもかなりの人数が舞台におり、なおかつ一人ひとりが違った個性やバックグラウンドを持つ「人間」でなければならない。ステップはもちろん、手拍子を打つにしても、どんな役柄でそこに存在し、手を打っているのか、考えて表現してほしいと思いながらリハーサルを見ています。

今回初めて『ドン・キホーテ』を踊るダンサーも多いのですが、昨シーズンにマクミラン『ロメオとジュリエット』や『マノン』を経験しているので、演技や表現などマクミランのドラマティックなバレエで学んできた要素も忘れずに、作品の中で生かしてほしい。そうやっていろいろな作品の要素を蓄積していくことで舞台も生きるし、ダンサーとしても成長すると思います。立っているだけの役などなく、すべての人達がそこにいなければ舞台は成り立たないんだと、そういう気概でやってほしいですね。

――今回はほぼ日替わりともいえる主役6キャストが組まれていますが、それぞれの仕上がり具合はいかがですか。

本当にそれぞれですね。バレエは振付が決まっていますが、同じ言葉でも人によって話し方が違うように、演じる人によって表現の仕方は様々で、ダンサーによって伝わってくるものや見えるものが違うところが面白いと思います。それぞれビジュアルも違うので、キャストによって新しい発見もあるかもしれません。極端な話ですが、6キャストを見る価値はあると思いますし、見ていただけたらいいなと思います(笑)
 

『ドン・キホーテ』(2013年)のメルセデス 撮影:瀬戸秀美

『ドン・キホーテ』(2013年)のメルセデス 撮影:瀬戸秀美


■「新国立劇場バレエ団」の伝統を次代へ。「挑戦」することはダンサー時代もミストレス時代も同じ

――バレエミストレスとしての今後の抱負・目標は。

例えばダンサーはこの振り付けが難しいからといって勝手に変えることはできない。振付家が振り付け、音楽がそうであれば、それに挑戦し、自分が表現者としてできる限り最良の結果を出す。それがプロであると思うし、与えられたことに挑戦していくというのはバレエミストレスになった今も変わらないと思います。

とはいえ、私はバレエミストレスとしてはまだ駆け出しです。でもここで踊ってきた18年の間、私達に長い時間と情熱をかけて指導してくださった先生方に教わったことを、今度は私が後輩達に伝えていく。新国立劇場バレエ団で18年踊ってきた私だからこそ、その間、培ってきたことを教えていきたいし、それが私のできることだと思います。ここで踊ってきたダンサーがバレエミストレスになるうえで、それが最も大事なことなのではないかと思います。

――ありがとうございました。

「ニューイヤー・バレエ」の演目の一つ、『ペンギン・カフェ』(2010年)ではユタのオオツノヒツジを踊った 撮影:鹿摩隆司

「ニューイヤー・バレエ」の演目の一つ、『ペンギン・カフェ』(2010年)ではユタのオオツノヒツジを踊った 撮影:鹿摩隆司

取材・文=西原朋未