演出家の鳴海康平が主宰する〈第七劇場〉が、2020年10月30日(金)〜11月1日(日)の3日間にわたり、劇団代表作の『かもめ』を「三重県文化会館」にて上演する。

〈第七劇場〉は、鳴海康平が早稲田大学在籍中の1999年に数名の俳優と共に設立。“国境を越えることができるプロダクション”をポリシーとして、これまで国内24都市、海外5ヶ国11都市(フランス・ドイツ・ポーランド・韓国・台湾)で公演を行ってきた。2006年に〈劇団ユニークポイント〉と共同で都内にアトリエを構え、2013年まで東京を拠点に活動していたが、鳴海のフランス留学(ポーラ美術振興財団在外研修員として2012年より1年間滞在)を経て、2014年に三重県津市美里町へと拠点を移設。以降、元資材倉庫を改装した民間劇場「Théâtre de Belleville」のレジデントカンパニーとして管理運営を行いながら創作活動を続けている。

また、移転後は「三重県文化会館」の準フランチャイズカンパニーとして毎年新作を発表。2015年の『Alice in Wonderland』を皮切りに、2016年には台湾・台北市の劇団〈Shakespeare’s Wild Sisters Group〉と共に3年間の国際共同プロジェクト「Note Exchange」に取り組み『罪と罰』『地下室の手記』を、2017年には『1984』を上演。2019年には集大成である舞台『珈琲時光』を成功させ反響を呼んだ。

主に国内外の既成戯曲を用いて作品を創造する鳴海は、ストーリーや言語だけに頼らず、舞台美術や俳優の身体などが多層的に作用する「風景」によってドラマを構成。今回上演する、ロシアの文豪アントン・チェーホフ原作の『かもめ』も、そうしたセオリーのもと舞台作品として立ち上げ、2007年に東京で初演。その後、2010年に「三重県文化会館」でリクリエーション版を発表し、この公演が契機となって国内7都市、海外3都市で上演を行うなど、今や〈第七劇場〉の代表作となっている。さらに近年は、チェーホフ四大戯曲(『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』)のレパートリー化(2013年に日仏恊働作品『三人姉妹』を「新国立劇場」で上演 、2019年には『ワーニャ伯父さん』の三重・韓国ツアーを実施)にも挑んでいるという。
 

【「かもめ」について】
チェーホフによって1895年に書かれ、翌年初演。1898年に「モスクワ芸術座」で再演され、大成功をおさめる。湖畔の領地で暮らし芸術家を志すコースチャの元に、母で女優のアルカージナが、恋人の人気作家トリゴーリンを引き連れてやってくる。コースチャが心を寄せるニーナは、アルカージナに女優になることを勧められ、トリゴーリンや都会の生活に憧れ、領地を離れてモスクワに行ってしまう。志も恋にも敗れたコースチャは、2年後ニーナと再会した直後に銃を手に取る。

さて、「三重県文化会館」では10年ぶり、2014年の台湾公演からも6年ぶりの再演となる今回の『かもめ』は、「SPAC-静岡舞台芸術センター」から春日井一平と布施安寿香を新キャストに迎えた新構成でお届けするという。初演から13年にわたり国内外の各地で上演を行ってきた作品の成り立ちから変遷、本作に対する思いなどを、構成・演出・美術・訳を手掛けた鳴海康平に伺った。

── 「三重県文化会館」で『かもめ』を上演されるのは2010年以来とのことですが、今回なぜ10年ぶりに再演することになったのでしょうか。

2010年に上演した時、それが三重県での初めての公演だったんですけど、去年『ワーニャ伯父さん』を上演した時に、副館長の松浦(茂之)さんと「もう10年経つんだね、お互い10歳年とったね」って話をして(笑)。「じゃあ来年は10周年ということで、「三重県文化会館」で初めて上演をした同じ作品で公演をやりましょう」ということで決まりました。

── 2010年の上演時から、演出面など変えたことはありますか?

ほとんど変わってないですね。初演から台本はほぼ一緒なんですけど、2007年の初演の時は照明とか舞台美術が全然違う状態でした。その上演の仕方、演出をはっきり変えたのが2010年のリクリエーション版の時だったので、その時からはほぼ変わってないです。ただ、原作から登場人物を、(上演台本では)ドールン、ニーナ、コースチャ、トリゴーリン、アルカージナの5人に限定しているんですが、コースチャ役の俳優が一番代わってますね。その他にもチェーホフの別の小説(「6号室」「わびしい話」「ともしび」)から引用したセリフを喋る患者が3人いるんですけど、その患者役も頻繁に代わっています。

今回は、出演する8人の俳優のうち、4人が今まで『かもめ』に出ている人、残りの4人が初めて『かもめ』に参加する俳優です。なので患者役が2人代わるのと、主要な登場人物であるニーナとコースチャが新しいキャストになるということで、演出自体は変わらないですけど、作品の雰囲気や味わいが変わっていますね。いかんせん「三重県文化会館」で前回上演してから10年経ちますから、もはやその時に観た方も覚えてないと思いますので(笑)、ぜひもう一度味わっていただきたいな、と思います。

『かもめ』三重県文化会館公演より

『かもめ』三重県文化会館公演より

── 原作の「かもめ」だけではなく、3つの小説「6号室」「わびしい話」「ともしび」からも引用して構成された理由というのは。

『かもめ』って、カットなしで上演すると2時間半ぐらいかかるんですけど、私たちの『かもめ』は70分ちょっとなんですよ。しかも小説から引用したテキストも入ってるので、「かもめ」の原作テキストだけでいうと、たぶん60分ないぐらい。半分以下になってるんです。出てくる原作の人物を5人に限定しているのでセリフ量もかなり絞られていることもありますね。「かもめ」の物語自体を相対化するために、オープニングとエピローグ、そして幕間にそれぞれ他の小説の引用をセリフ化したものを患者たちが話す、という構成になっています。もっと具体的に言えば、“コースチャの死”というものを相対化するために、こういう構成にしています。

私たちの『かもめ』は、原作の最後でコースチャがピストル自殺してしまうという事実をニーナが知ってしまった時に、どう思うんだろう? どういう状態になってしまうんだろう? ニーナはそれを抱え切れるんだろうか? という疑問から始まった構成なんですね。コースチャの死を知ったニーナは心を崩して精神病院に入院してしまい、そこへ医者のドールンがお見舞いに訪れて、話をしている間にニーナにフラッシュバックが起こり、昔のことを思い出して原作の「かもめ」の物語が再現される…という構造をとっています。ニーナが、コースチャやアルカージナやトリゴーリン…つまり記憶の中の人たちをどう見ていたか、どんな人だと思っていたか、ということを主観的に再現していく。それが一個一個積み重なって、最後のコースチャの死を、もしかしたら自分が招いてしまったのかもしれない、という状況に行き着いてしまう。つまり、もう結末は決まっていて、コースチャの死をニーナはどう受け止めていくのか、そして受け止めた結果、自分の身体や気持ちに形としてどう反映させてしまったのか、ということをフラッシュバックの中で見ていく、という形です。コースチャの死とニーナを相対化しながら体験する「かもめ」ですね。

既に結果はわかっていて、そのシチュエーションに対して私たちはどう対応すべきなのかとか、どれがベターか、どれがベストなのか、っていうことを観ている人が考えたり感じ取りながら時間が推移していく、という作品に近いと思います。もう既にニーナ自身は心を崩してしまっているので、その崩している状況とフラッシュバックによって見える記憶に立ち合いながら。そういう弱い状態、精神的な弱者であったり、この作品では触れられていませんけど貧困だったり、立場であったり、環境によって弱められてしまった人。そういう弱者を目の前にしたとき私たちは何が出来るのか、どうしてあげられるのか、どういう手の差し伸べ方があるんだろう? ということを、その都度問いながら進行していくことを意識しています。

『かもめ』2014年 台湾公演より

『かもめ』2014年 台湾公演より

── 2010年にリクリエーションされてから、作品に対する解釈の仕方が変わっていないということですね。今後また再演するとしても、演出が大きく変わることはなさそうですか。

そうですね。たとえば演出家の鈴木忠志(SCOT)さんは、『リア王』などのマスターピースがある方ですよね。やっぱり演出家にとって、何年何十年先でも上演できる、と思える作品を持っているというのはすごいことだと思います。私たちも、レパートリーとして何十年先でも上演できるような創作を大切にしています。『かもめ』はやはり私たちの中で非常に大きな転換期となったマスターピースと言える作品なので、これからも上演する時は基本的には変えることはないと思います。もともと海外でも通用する作品であったり、何十年先でも再演に耐えられる作品を、というつもりで創っています。もちろんそれが上手くいく時と上手くいかない時があるんですが(笑)、昨年の『ワーニャ伯父さん』も今回の『かもめ』も、チームに恵まれた部分が大きいんですけど、これから先も基本構造を変えずにずっと上演できると思える作品が出来たと感じています。

でも最初はニーナを中心にして「かもめ」の世界を見ていく色合いが濃かったんですけど、演出と俳優の雰囲気が微細に変わってきて、ニーナとドールンの物語のようになってきた感があります。舞台上の病室の中でリアルな人物は、患者4人(内1人はニーナ)とドールンだけです。ドールンはニーナの状態を傍から見ていて、どうしてあげたらいいか手が出せないでいる。「コースチャの死は君のせいじゃないんだよ」って言うことも出来ず、「忘れなさい」と言うことも出来ず、ただ見舞いに来てフラッシュバックに付き合ってあげることしか出来ない。そういうニーナに対するドールンの態度が、だんだん再演を重ねるたびに色濃くなってきて。それで、自分の世界に閉じこもってしまったニーナと、助け出してあげたいんだけど出来ないでいるドールンとの物語に近くなってきたような印象があります。それは初演とかリクエーションの最初の頃にはなかった感じですね。何なんでしょう。歳を取ってきたからでしょうか(笑)。

ニーナが中心になるという構成は、コンセプトの段階からはっきりしていました。だからフラッシュバックの中に出てくるコースチャ、トリゴーリン、アルカージナの3人はあくまで虚像というか、記憶の中のキャラクター。実在するドールンは、その虚像と実像の間にいる立場ですね。それがだんだん再演を重ねるたびにドールンの虚実も大きく強く見えてきた、という感じです。たぶん、少し長く生きてきていろんな人生経験を重ねて、閉じ込められた人の外側にいる人の責任についての感覚も変わってきたのかもしれません。

ドールンの立場から考えると、助けられない、何が助けになるのかわからない状況の場合、「助けられない」という苦しみを延々と背負わなきゃいけなくて、その苦しみから逃げるには、もう諦めるか、手放すか、自己責任だよって突き放すしかなくなっちゃうんですよね。だから同じ苦しみではないけど、お互い違う苦しみを抱き続ける、ということがある意味、出来ることのひとつでもある場合がある、と思うんですよ。それがたぶんドールンになるんだろうと思う。何かしてあげることも出来ずに、毎回フラッシュバックに付き合ってお互い傷つく、みたいな。でもそういうことぐらいしか出来ない状況の人は少なからずいると思うので、それを切り捨ててしまうとコースチャのように自殺してしまうかもしれないし、最後の結び目みたいな者はいた方がいいんだろうとも感じます。それが良いことかどうかはわからないんですが。

最近は自己責任論とか、価値観のギャップに関して不寛容なことがとても多くなってきているので、「私には何も出来ないかもしれないけど、一緒に傷つくよ」と言ってくれる人や、社会の中からそういう場が失われてきたのは苦しいと思います。責任が取れないんだったら切り捨てるか、一緒になって心を崩してしまうか、極端な道ばっかりになってしまって。

── どんなことも、中庸や曖昧が許されないような雰囲気がありますよね。

そうですね。それだと良くないこともあるのかもしれないけど、どうにか余地の中で立ち止まって、どっちにも行けないから苦しいんだけど、そこで踏ん張っていられるエリアみたいなのがないと、弱者はどんどん落ちていくしかなくなってしまうし、切り捨てられてしまうなぁっていう感じが強いです。これもほんとに初演の時は全然そんなこと考えてなかったというか、そこに対するケアのことをぼんやり考えていただけなんですけど、13年経っていく中で、社会状況の変化だったり自分の人生経験の変化が作品の中身を変えた、というより作品が持つ機能に気がついた、ということなのかもしれないですね。

『かもめ』2014年 台湾公演より

『かもめ』2014年 台湾公演より

── 舞台美術も鳴海さんが担当されていますが、こちらも変わらず?

ほとんど変わらないですね。10年前は、会館の後ろの竹やぶみたいなところからいっぱい枝を拾ってきて、その枝で大きなカモメを作ったんです。それはかなり大変なので今回は劇場が使える時間の都合で見送りました(笑)。といっても三重公演以降の上演は、ほとんど白のスクエアの空間に机と椅子。あとブランコとカモメがぶら下がってる、という形で上演しています。

── 白を基調にした美術というのは、どういうところから発想されたんですか。

『かもめ』はほんとに私たちの転換期の作品で、それまでは鈴木忠志さんの影響が強かったんですよね。鈴木さんのやっていた「利賀演出家コンクール」に2003年、2004年、2006年と参加してるんですが、2004年に参加した時に鈴木さんにお声掛けいただいて、いろんな演劇祭に参加させてもらったり、鈴木さんの稽古場を見せてもらったりする機会をいただくようになって、利賀村(富山県利賀芸術公園)に滞在したりする機会が増えたんです。そこから鈴木さんの影響を強く受けて、作品性にすごく反映させていた時期があります。その頃は黒い空間の中に人間が浮かび上がる照明とか美術の作り方をしていたんですけど、いわゆる鈴木さんのモノマネのようなものから、どうにか自分たちのオリジナリティを見つけ出して創っていかなければ、っていう時期が来ました。その当時自分たちの東京のアトリエが真っ白だったんです。その白い空間を活かすような作品を創ってみよう、思い切って黒から白に変えてみようと、はっきりと考えて創ったのがこの『かもめ』だったんです。自分たちのオリジナリティとか、自分たちの劇場の作品である、というマークみたいなものに挑戦したのが、この白のスクエアと机、椅子でしたね。

── 白は、演出ノート(『かもめ』特設サイトを参照)に出てくる「雪」のイメージにもつながりますね。

演出上、最後の方に雪が降るんです。演出ノートに書いたことと重なりますが、北海道(鳴海の出身地)の原風景みたいなものが、ニーナの4幕のセリフ「私たちの仕事で大事なものは、名声とか栄光とか、私が夢見ていたものではなくて、実は耐える力だということが私にはわかったの」と、私にとってはすごくシンクロすると感じています。北国では雪に降りこめられると、どこにも逃げ場がないんですよね。その状況でやれることをやるしかない、というニーナの状況が重なる。本当はもっと大きな劇場で良い役をやって名声を得たいけど、それは叶わない。でもせめて演劇をやりたいから、ドサ回りをしながら生活の糧にしている。その、我慢をしながら生きていかなきゃいけない人生というのが、北国の人間には非常にピントが合うっていう(笑)。

この演出ノートの原形は、初演の時に書いたものなんですよ。2007年の時によくそんなこと考えて書いたなとも思います。その時にははっきりわかってなかったと思いますけど、今になってみれば、鈴木さんの影響から離れるために、自分のプライベートなものは自分のオリジナリティにつながるはずだ、というような可能性にかけて自分の内部を掘り下げていって、白であったり雪であったり、北の環境であったりっていう感じと、その当時持っていたアトリエの白とか外的な環境や、当時の社会的な状況とかを、無意識に作品の中に投影していった部分はあるのかもしれないですね。
取材・文=望月勝美