前作であるセカンド・フル・アルバム『hope』が2020年4月1日リリース。7月24日に「溶けない」(セブンティーンアイスWeb CMタイアップ曲)、9月21日に「生きるをする」(アニメ『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』オープニング主題歌)を、デジタル・リリース。そして最新EP『愛を知らずに魔法は使えない』は11月4日にリリース。と、インディーの超人気バンドから、メジャーのトップへとジャンプアップするタイミングが、新型コロナウィルス禍と正面からバッティングすることになった、マカロニえんぴつ。
コロナ禍で苦境に立たされたバンドは彼らだけではないが、というか、世のほとんどの人が苦境に立たされているわけだが、それが彼らの創作にブレーキをかけることは一切なかった、という事実を示しているのが、その最新EPだ。自在にもほどがある、と言いたくなるほど1曲1曲の音楽的方向性がバラバラで、シリアスとナンセンスの間を行き来する振れ幅のリリックも強烈で、それでいてどの曲も耳をつかんで話さない鮮やかなメロディを搭載した、「生きるをする」「ノンシュガー」「溶けない」「カーペット夜想曲」「ルート16」「mother」の全6曲。前作からここに至るまでを、はっとり(Vo/Gt)に訊いた。


■『hope』は、コロナ禍の中だからこその伝わり方をした部分があったみたいで

──『hope』は、緊急事態宣言の直前にリリースされたわけですけれども──。

それで、アルバムのツアーができなかったっていうのは、いちばんへこみました。でも、そのことだけですかね。ちゃんと届いたみたいなので、『hope』というアルバムが。ツアーしないとリアクションがダイレクトに確認できないから、自分たちの中で『hope』は完成しないままなんじゃないか、というところがあったんですけど、今の時代、けっこうSNSでのリアクションや感想が見えるし、YouTubeのコメントなんかも確認できるので。
この作品をみんなが買ってくれて、聴いてくれて。サブスクなんかだと何回もくり返し聴かれてるのがわかるので、その名のとおり、絶望だらけではないなっていうことを、自分たちで確認できた。本当に大事なアルバムになりましたね。音楽を作っている身としては、これがみんなの希望であってほしい、という願いでいっぱいなので。「聴いてもらう」っていうごくシンプルなこと、それだけでこんなに報われるんだ、とか思いました。

──たとえば、どんな反応がありました?

反応を見ていると、『hope』は、コロナ禍の中だからこその伝わり方をした部分があったみたいで。『希望』っていうタイトル……みんなが希望を見失いかけてたタイミング、何かにすがりたいけども誰も正解がわからなかったり、っていうようなときに、ちょっと心の拠り所にしてもらえる曲が「hope」であったり、このアルバムであったり。というふうに聴いてもらえたのかな、っていう実感が、多少ありました。あの曲は「恋愛」の枠ではないラブソング、っていうふうに考えていたんですけど、コロナ禍になって……アルバムに、会えない人を思う曲とかが多かったので、そういう面でコロナ禍とリンクしたのかな、とは思いますけど。
あと、マカロニえんぴつが歌ってきた大きなテーマ性というのは、『hope』で歌っているような内容が多いので。「ヤングアダルト」もそうだし、前の作品だと「青春と一瞬」もそうだし。それを喜んでもらえたということは、なんか、このままでいいんだなっていうか。自分が書きたいように書いたものを受け入れてもらえるんだ、っていう自信につながりましたね。

■生きることをテーマに書くにしては、自分があまりにちっぽけな気がして

──で、『愛を知らずに魔法は使えない』には、コロナ禍以前に書いた曲もあるでしょうけど、以降に書いた曲もきっとありますよね。

「どんな曲を作ろう?」っていう焦りはなかったんですけど、「どんな言葉を投げられるだろう?」っていうのは、すごくあって。本当に困っている人を勇気づけられる言葉が見当たらない、っていう自分の無力さとか……「ああ、実は自分ってけっこう薄っぺらいのかなあ」とか、「本質的な答えを提示できないのだろうなあ」という、あきらめのようなものがあって。「生きるをする」を書いているときだったので、生きることをテーマに書くにしては、自分があまりにちっぽけな気がして。

──曲は大丈夫なのに?

そう、メロディは全然作れるんですけど、歌詞はそんな状態で……それはけっこう大変だったですけど、結果的に、格好つけずに、不安なら不安で、自信がないなら自信がないで、それを歌にするしかないなって割り切れたときに、ちょっとラクになったというか。最近は、第三者目線でメッセージを送る、オヤジの小言のようなスタイルの歌詞が多かったんですけど、そこに向かえなかったというか。自分の内向的な部分をほじくり返すような歌になりました、「生きるをする」は。
デビュー当時は、そんな歌詞ばっかだったんですよ。それでマネージャーに「広がりがない」って言われてたりして。自分のことばっか歌ってて、2人目3人目が見えてこない、とか。そこに逆戻りしちゃう気がしてたんですけど、バンドを結成して8年を経て書くと、自分と向き合って書いても、内向的な歌にはならなかった。っていうのは、書いてる最中は「うわ、これ、内向的すぎてダメな気するわ」って思ってたんですけど、できあがって配信してみたら、おもしろいぐらいにいろんな人が反応してくれて。いい歌が書けたんだな、っていう実感が、遅れてやってきました。

──そもそもはっとりさんの場合、作詞するときのスタンスとかルールって、どのようにしてできあがったものなんですか?

うーん……あの、最果タヒさんの詩集を、ある時期からすごい読んでいて。彼女の詩の言葉の組み合わせ方にかなり衝撃を受けたので、その影響はあるかなと思います。読み始めたのが、ファースト・アルバムを作っていた時期で。でも、どのアーティストの詞にいちばん影響を受けているか、とかはわからないですけど。

──もともとは、曲を書いて、歌うにあたって「あ、歌詞も要るのか」という順番でした?

最初は、歌詞はそんな重要視してなかったですね。耳なじみのよさ第一優先だったので、英語っぽく歌った仮歌に、響きが近い日本語を当てていくみたいな。今でも耳馴染み第一優先というのはあるんですけどね。洋楽が好きだし、日本語のカクカクした発音って、どうしてもリズムを殺しちゃう場面が多いので。この言葉を使いたいけど、響きが滑らかだからこっちの言葉を取ろう、みたいな葛藤はあります。
音なしで読んだ時点でよくて、聴いたらさらにいい、っていうのがいちばん重要なポイントなので。そういう意味で、GRAPEVINEの田中さんの詞の書き方は、何曲も衝撃を受けてますね。洋楽なんですよね、完全に。

──ああ、あれは究極ですよね。

聴かずに読んでもグッとくる言い回しだったりとか。共演したときにそのへんも訊いたんですけど、「なんも考えてない」みたいな答えで。考えてないわけないと思うんですけどね。でも、俺とかは、説明するの好きだからしちゃうんですけど、立川談志師匠は「説明は才能の無駄遣いだ」と言っていて(笑)。

■いかにまだやってないことを探すか。だから、どんどんやれることが減っていく

──耳なじみだけではなくなってきたきっかけはあります?

うーん、それは、あいみょんと出会ったことかな。彼女と友達になって……すごい才能を持っている人なので、どうやって作ってるのかっていう話をすると、俺とまったく作り方が違うんですよね。俺は仮歌に後から歌詞を当てていく作り方なんですけど、あいみょんは弾き語りでメロと歌詞を同時に作るらしくて。だからこその、あのハマりのよさ──それは聴覚的な滑らかさとは違う、説得力の方でのハマりのよさで。歌が、しゃべって訴えてくる感じに近いのは、同時に作ってるからこそなんだ、なるほどな、と、合点がいったというか。

──ああ、そこが自分とは違うと。

それから自分も、そういう作り方にトライするようになって。なかなかできなかったんですけど、その作り方でできたのが「ヤングアダルト」なんですよ。歌い出しからサビまでを歌いながら書き切って。それができたのは、このバンドを始めてから今までで一回きりで。だから、その感動も一回きりなんですけど。
あの、自分で感動できないんですよね、シンガーソングライターって。自分の曲で泣いたりできない。だけどそのときは、自分じゃない誰かが書いたような感覚でバーッて言葉が出てきて、メロディにはまっていった。それで急激に楽しくなった。歌うこと、歌詞を書くことが。
頭から最後まで書けたのはあれだけですけど、それ以降は、あれに近い作り方にするようにはしています。今回も、半分ぐらいは……特に「溶けない」なんかは、「ヤングアダルト」に近い書き方ですね。できる限り、歌いながら歌詞を載せるようにする、そうするとあきらかに違ってくるんですね、曲の表情が。

──作曲とかアレンジに関しては、アイディアはどんどん出てきます?

『CHOSYOKU』(2017年)っていう最初のフルアルバムまでは、宅録メインだったんですよ。自分でガチガチに、キックのパターンまで決めて、そのまま演奏してもらってたんですけど。今はそっちの楽しさより、スタジオに入ってメンバーみんなで作る楽しさの方が勝っちゃって。宅録は最小限にするようになりました。
あとは、いかにまだやってないことを探すか。「これ、この間のあの曲でやったな」っていうアイディアは、優先順位を下げるんですよ。なるべくやってないこと、やってない音を入れるっていうのは、心がけてるかな。だから、どんどんやれることが減っていくんですけど。

■もし「好き放題やれ」って言われたら、一回もリフレインがない曲を作る

──『hope』も今作『愛を知らずに魔法は使えない』も、音楽的なジャンルとか、音楽スタイルとかを、とにかく散らしたいというか──。

散らしたい!

──それはポリシー?

うーん。っていうか、その方が楽しくないですかね? クイーンも、ジェリーフィッシュも、変なところで笑っちゃうような展開をはさんだりするじゃないですか。そういう隙みたいなものが、ロック・バンドはないとダメっていうか、俺のロック・バンド像がそうだっていうか。カチッとかっこよくキメて終わるよりも、「なんでここでこんなことやるの? もったいねえなあ、でもクセになるなあ」っていうおかしさの方が、欲しいというか。俺はそういう曲の方が聴きたいから、リスナーとして。

──アルバムを通して聴くと「これ同じバンドなの?」みたいな方が好きだったりします?

まあそうですね。やっぱユニコーンですかね、そのいちばんの核にあるのは。

──でもそのユニコーンですら、本当に散らかしまくりなのって、『服部』と『ケダモノの嵐』だけですよね。で、『ヒゲとボイン』からシンプルになっていく。

そうですよね。

──はっとりさん、ユニコーンからの影響についてよく話すけど、メロディも歌詞も声もアレンジも、べつに似てないじゃないですか。

うーん……。

──でも「散らかしたい」というポリシーが近い。だから、ユニコーンがルーツというよりも、『服部』がルーツというか。

でも、最初はアルバムを聴いて影響を受けたんじゃないんですよ。MVだったんですよ。「Maybe Blue」「ペケペケ」「大迷惑」「ブルース」「すばらしい日々」「開店休業」──。

──その並び、『服部』以上に「これ同じバンド?」ですよね。

だから、そのチョイスがよかったんだと思います。スキマスイッチのM-ON!の番組で、その6曲を連続で流してくれて。全部アルバムが違うじゃないですか。それがよかったんですね。そのあと『服部』を聴いたから、むしろわりと1枚のアルバムとして受け止められた。その前の『PANIC ATTACK』の方が、過渡期じゃないですか。

──アイドルっぽい時期から『服部』の時期になる間で、両方の曲がありますよね。

あのバランスにしびれたから。「FINALLY」みたいなシリアスな曲をやってんのに、「ペケペケ」みたいな曲も入るんだ?みたいな。そういう、かっこつけてはいたいんだけど、そうじゃないのもやるよ、っていうバランスに、憧れがあるかもしれない。

──そういえば今回、80’s感丸出しのエレドラが入っていたりしますよね。

そう、「ノンシュガー」と「カーペット夜想曲」の2曲は、ドラムをそれにして、今までにない音が出てきて、楽しかったです。でも、それにもだんだん慣れてきて。ほんとに興奮できるのって、一発目の出音なんだな、って思いました(笑)。

──そういうふうに、「これ、もうやった」ってなっちゃうんですね。

なっちゃうんですよ。飽きちゃうんです。リフレインが苦手なんですけど、それも一緒で。だからマカロニの曲、リフレインが少ないんですよね。だからといって、ずーっと違うメロディが出てきて終わると、覚えてもらえないから。多少は前のメロディに返ってくる展開はあった方がいいんですけど、もし「好き放題やれ」って言われたら、俺はもう、一回も返ってこない、リフレインがない曲を作る。

──(笑)。

ポップなものを作るのは好きなんですよ。CMソングとか、30秒とか60秒の尺で起承転結をつけるのとか、超好きだし。でも、ほんとに楽しいのは、もう自分でも覚えらんねえぐらい、展開がコロコロ変わるような曲で。イエスとかジェントル・ジャイアントとか──。

──ああ、プログレッシヴ・ロック。

父親がよく聴いてたのを、子供の頃、横で聴いてたので。だから、10分とかある曲、普通だと思ってたんです。あとで知りました、普通じゃないって(笑)。

取材・文=兵庫慎司   撮影=高田梓