イスラエルとパレスチナの指導者たちが初めて和平交渉に合意し、握手を交わした1993年の「オスロ合意」の舞台裏を描き、2017年のトニー賞を受賞した『Oslo(オスロ)』。中心となって奔走したノルウェーの社会学者、テリエ・ラーシェン(坂本昌行)の妻で、自身も外交官であるモナ・ユールを、ドラマ「危険なビーナス」でも話題となった安蘭けいが演じる。硬派な社会派劇に挑む心境とともに、コロナ禍の2020年を振り返って今、思うことを聞いた。

「台本3回目で至った感動を、初見のお客様にも届けたい」

ーーまずは、ご出演が決まった時の率直な思いをお聞かせください。

私はミュージカルが大好きなんですが、ストレートプレイにも常に挑戦して勉強したい気持ちがやっぱりあって。2020年は『サンセット大通り』『ビリー・エリオット』と、大きなミュージカルが二つ続いたので、次はストレートプレイがやりたいなと思っていました。そんな時にお話をいただいたので、すごくいい流れだなと思ったんですが……題材を見た時に、これはかなり難しいなと(笑)。最初に題名を聞いた時、「シェイクスピアの『オセロー』?」って言っちゃったくらい(笑)、パレスチナやイスラエルの情勢には馴染みがないので、最初は不安がありました。でも馴染みがないのは、きっとお客様も同じ。私自身が理解して演じることで、お客様にも分かりやすく伝えられるのではないかという期待が湧きました。

安蘭けい

安蘭けい

ーー私も馴染みがないもので、台本がなかなか読み進められなかったです。

私も、もう3回読んだけどいまだにスマホで調べながらという感じ(笑)。でも面白いことに、最初に読んだ時は話がなかなか入ってこなかったけれど、2回目、3回目で面白くなって、最後の場面でちょっと泣いちゃったんですよ。この感動を、初見のお客様にも感じてほしいなって本当に思います。字面では難しいことも、人が発することで生きた言葉になって、ふわ〜って入ってきたりしますからね。パレスチナ問題は、オスロ合意のあともまだ続いていて、登場人物にはご存命の方もいらっしゃる。そんな中で舞台化されたって、とても大きなことだと思うから、それを日本で上演する意味も探しながら臨みたいと思っています。​

ーー演じられるモナ・ユール役には、現段階でどんな印象をお持ちですか?

女性として憧れますね。頭がすごく良くて、でも硬くなくて、女性ならではのしなやかさを持っている人。話し合いの中心にいるのは男性たちなので、その中でひとつ、色で言ったら暗いグレーの中に鮮やかな赤がポッと入るような華やかさも必要だと思います。最近は狂気の女優(『サンセット大通り』のノーマ・デズモンド)、やさぐれた先生(『ビリー・エリオット』のウィルキンソン)、ドラマで気の強い怖い女性(「危険なビーナス」の祥子)と、ちょっと強い系の役が続いていたので(笑)、ここで少し柔らかい面を出せたらいいですね。​

ーー安蘭さんが演じられるのを想定して読んだからかもしれないのですが、モナのセリフにはちょっと笑えるところもあるような……。

そうですね、ものすごく大きなことをやっているのに呑気だな、と私も何度か思いました(笑)。それはきっと脚本の巧さで、張り詰めた中で生きている人たちのユーモアとか人間性が垣間見えることで、観てる側は親近感を抱けるんじゃないかな。ただもちろん、ユーモアの要素をどれくらい入れるかは演出家との相談次第。上村聡史さんから「全然入れないで」と言われたら入れません(笑)。上村さんとは初めてご一緒するので、どんな演出をされる方なのか、とても楽しみ。今回は共演者の方も、益岡徹さんと横田栄司さん以外皆さん初めましてなので、それもすごく楽しみです。

ーー夫役の坂本昌行さんとは、初共演ですが交流はあるそうですね。

安蘭けい

安蘭けい

私の知り合いに勧められて『ザ・ボーイ・フロム・オズ』を観たのが最初です。歌えて踊れてお芝居もできて、エンターテイナーとしてしっかり“魅せて”いる姿を見て、本当にすごい! と。感動したのを覚えています。私たちが演じるテリエとモナは、普通はやろうと思ってもなかなかできないことを、同じ方向を向くことで成し遂げたすごく素敵な夫婦。そんな夫婦が演じられるように、坂本君に「安蘭さんとやれてよかった」と思ってもらえるように頑張りたいですね(笑)。​

「舞台に立ちたい気持ちは、エゴなのかなと思った時もありました」

ーーコロナ禍の2020年は、安蘭さんにとってどんな1年でしたか?

ひと言で言うなら、“大変な1年”ですよね。でも、私は『サンセット大通り』にも『ビリー・エリオット』にも、予定通りとはいかなかったけれど出演することができました。また感染者が増えている状況を見ると、一人の感染者も出さずに『ビリー・エリオット』を千秋楽までできたのはもう、奇跡としか思えない。こういうのはタイミングだから、開幕が2か月遅れたことも、結果的には良かったんだと思っています。

ーーさすが、前向きですね!

うん、前向き(笑)。でももちろん、後ろ向きになった時期もありましたよ。仕事ができなくなってしまったらどうしようって。私たちは舞台に立つのが仕事だから、お客様が来られないと幕が開かないし、開いたところでガラガラだったらどうしよう、と思ったり。

安蘭けい

安蘭けい

ーー後ろ向きになった時、力になったものは?

ペットの猫ちゃん(笑)。本っ当に癒されました! 前に飼っていた猫が2年前に亡くなってから、一人のほうが楽かなと思っていたんですけど、やっぱりいないとさみしいなと思って迎えたのが去年の12月。まるでコロナ禍を見越して、癒やしに来てくれたみたいなタイミングで。あの2匹がいなかったら、きっともっと落ち込んでいたと思います(笑)。

ーーそんな自粛期間を経て、『ビリー・エリオット』で久々に舞台に立った時のお気持ちというのは。

お客様の“待ってました”という気持ちが拍手や熱気から伝わってもう、めちゃくちゃ感動しました……! というのも、演劇を終わらせてはいけないとか、こういう時だからこそ続けなきゃいけないっていうのは、我々のエゴなのかなと思ったりした時期があったんです。私たちがやるから観に来てくださる人がいて、そこから感染が広がる、だから今はやらないほうがいいと言われてしまうと、行き場のない悲しみを感じて……。でも初日の舞台に立った時、お客様のほうも求めてくださっていたことが分かって、ぶわ〜っと感動したんです。

ーーこちらとしては逆に、こちらの観たい気持ちこそエゴで、そのために俳優さんたちを危険にさらしてしまっているのかなと思ったりしていました。舞台に立ちたいと思う、その一番の原動力は何なのでしょうか?

……何なんでしょうね(笑)。あの緊張感とか、お客様からの生の反応とか、毎回達成感があることとかがこう、自分の中でかけがえのないものになっているのかな。何と言うか、舞台に立っている私こそ本当の自分、みたいな感じがあるんですよね。お客様も同じように生の舞台を求めてくださっているとしたら、本当に嬉しいです。

安蘭けい

安蘭けい

「できない役ですか? ないかもしれないですね(笑)」

ーー近年の安蘭さんは、ミュージカルもストレートプレイも、シリアスもコメディも、主役脇役も、華やかな役も地味な役もされていて、勝手ながら“最強の女優”という印象です。素朴な疑問なのですが、できない役ってあるのですか?

できない役ですか?……何だろう。男役も女役もやるし、子役もやろうと思えばできる気がするし(笑)。でも少年役はもう無理ですね。『エリザベート』の20周年コンサート(2016年)で少年ルドルフをやりましたけど、あの時も私は「無理です」って言ったんですよ! 「歌だけなら歌います」って話だったのに、歌の前の「ママー!」っていうセリフも言うことになって……あれは本っ当に恥ずかしかった(笑)。

ーーでも結果やれてしまったということは、やはりできない役はないということに……?

うん、ないかも(笑)。たぶん性格的に、「できない」って言いたくないんです。いくつになっても、常に挑戦していたい。だから「やれ」と言われたら、とりあえず何でもやってみます。ただ、お客様の目に“できてる”と映っているかどうかは知りません(笑)。

ーーどう見てもできてると思います……! では最後に改めて、『オスロ』への意気込みをお聞かせください。

これから理解を深めていく段階ではありますが、分からないなりにも思うのは、この作品が言いたいのは“小さな思いの尊さ”と、“行動に移すことの大切さ”なのかなって。坂本君と私が演じる夫婦は、ノルウェー人でありながら、遠く離れたパレスチナとイスラエルの平和のために行動を起こします。その原動力ってきっと、今の日本で言ったら、よく知らない隣人が困っているのを見て助けたいと思う気持ち。行動に移したところで変わらないかもしれないけれど、可能性を信じて動き出した、その尊さを感じていただける舞台にしたいですね。コロナ禍の中で劇場に足を運んでくださった皆さんに、夢や希望、生きていく力になるものを与えられるように、しっかりと準備して舞台に立ちたいと思っています。​

安蘭けい

安蘭けい

なお、東京公演のチケット一般発売は実施中。

取材・文=町田麻子  撮影=池上夢貢