ギターをこよなく愛するギタリスト・野村義男が、沢山の仲間を呼んでおなかいっぱいの内容でお送りする対談形式のコラム。おかわり8杯目は、野村も敬愛する日本ロック界のスーパースターCharが登場。今や専門誌では絶対にお目にかかれないアイドル時代の話も飛び出し、まさかの大ボリュームでお届けする。

野村:今回のおかわりコラムのゲストはCharさんです。今日はアイドル合戦ということで、宜しくお願いします!

Char:あ、じゃあそういう事で(笑)。

野村:どっちがいっぱいテレビ出たかっていう。本数で戦う?

Char:本数はどうだろうなあ。

野村:じゃあ『8時だョ!全員集合』に何回出たか!

Char:最低3回は出てるね俺。

野村:同じか。でも、その中で衝撃的なやつを見ちゃったから僕は......Charさんの桃太郎!

Char:あー、岡山でやったときね。

野村:それを中学2年生くらいの時に『全員集合』見てて。少年少女合唱隊でひとりひとり歌うんだけども、長さん(いかりや長介)が「次はじゃあちょっと、Charくんやってみるかい?」みたいに振ってきて。そしたら横からバンドセットが出てきたの。たぶんあそこでバンドセット出した唯一のアイドル!

Char:アイドルだね。あはは(笑)

野村:それで好きなだけ弾いて、最後「桃太郎」って言ったんだ。ただギターソロ弾いてるだけで歌ってないの(笑)。

野村義男 / Char

野村義男 / Char

Char:あれはね、放送前に長さんに呼ばれて。Charって呼んで、俺とカトちゃん(加藤茶)が両方返事して困るからこうしようとか、今日の脚本はこういうコーナーあって、ここは岡山だからロック桃太郎みたいなシーンを作りたいんだ、とか相談されたんだけど。でも、お前はアーティストだからやりたくなかったらやらなくて良いって。俺も元々バンドやってたからわかるからって言われて。

野村:おー、カッコいいね!

Char:って言われたら「やります!」って言うじゃん。高圧的にやれよって言われたらふざけんじゃねえ!って、相手が誰だろうが言う年頃でしたけども。ビートルズともやってるバンドの人に、嫌だったらやんなくても良いんだぞって言われたら、一生ついていきますって!

野村:その流れだったんだ。

Char:番組作ってるプロデューサーと違って、やっぱり長さんがミュージシャンだったからやることが出来たのかなって。

野村:僕なんて出た時はTHE GOOD-BYEってバンドやってたけど、僕だけが仲本さんのコーナーに出てくれって言われて。

Char:はいはい。あのコーナー仕切ってた人たちって、実は戸越のサーカス団で。小規模なサーカス団だったんだけど、かくし芸大会とか芸能界の現場に割と呼ばれて行ってて、だから割と昔から『全員集合』とかもつながりがあったんだよね。そこの先代のおじいちゃんが、ボールの上かなんかに片手で逆立ちしてトランペット吹くっていうので有名だった人で、引退する時にトランペットをJESSEにくれたの。

野村:凄い凄い! どこまで貴重なのかわかんないけど(笑)。

Char:もう継ぐ人もいないから随分前にやめちゃったんだけどさ。まあ、でもその頃の芸能界は面白かったね。

野村義男

野村義男

野村:ちゃんとしてたよね、選ばれしものが出てた時代だったから。なんだかんだ言っても、その時の歌手の人たちって今歌っても凄いうまいじゃない。

Char:出てきてる人はさ、皆ちゃんとしてたよね。あの頃の歌番組って、ピンク・レディーもいりゃあ俺も沢田さんもいて、五木さんなんかも出てたりして。そんな中でよくちゃんとやってたなって。

野村:ヒットスタジオでChar様が出て、ギター弾き倒して。

Char:投げた(笑)。

野村:そう、最後投げた。カメラがある方に向かって投げたと思ったらCMなの。

Char:違うよ、ドラムに投げたの。そんで落っこって、カメラ拾った形。あれも伏線があって、演奏する前のセッティングで司会の2人の間に立たされて、Charは最先端いってるからピアスも付けててどうのこうの……なんてどうでもいい話から、順ちゃん(井上順)がコンサートでギターをぶん投げたりするんだって?って言うから、演奏中に絶対最後投げてやろうと思って(笑)。

野村:(笑)。

Char:そうしたらCM明けで、ハウリング起こしてるムスタングから始めたのよ。うちのボウヤが片付けようとしたら、片づけるなーって指示が出て、そこの寄りの絵から。

野村:お〜、やっぱわかってるね。

Char:で、ひゅーって引いてピンク・レディーがびびってる顔なの。あの人やばい、怖いって(笑)。

野村:凄い良い! 僕が知ってるピンク・レディーとCharちゃんの関係で言うと、「You're Like a Doll Baby」だよね。彼女たちがモデルになっている曲なんでしょ? だいぶカッコ良くてピンク・レディーの曲とはかけ離れてるんだけど、詞の内容とか。

Char:当時本当によく一緒になってて、忙しくて着替える時間もないから衣装のまんまテレビ局・ラジオ局の取材を受けて移動していって、さらにリハもやんないで本番直前の入りになるわけ。大御所とか含め皆長い事リハやってたりするんだけど、彼女たちはぱっときて、本番やってお先に失礼しますなんて感じになっちゃうから、気まずさもあるだろうし、ものすごい腰が低いわけよ。どう考えても3時間寝てないんじゃないかな、可哀そうだった。深夜だって放送があったわけだし、会うたびに痩せていくのがわかるわけ、凄い時代だったよ。

野村:今はダメですよ、労働基準法で。

野村義男 / Char

野村義男 / Char

Char: “アイドル”って日本語で言うと“象徴”じゃない。やっぱり象徴的な人たちのさわりだったのかなって。

野村:当時の話ばっかりになってますけど、当時テレビに出たことはCharさん的にはプラス・マイナス?

Char:いやぁもうクソプラスでしょ。

野村:意外、テレビなんて出たくなかったんだよっていうのはなかったんだ? だって色んなことさせられるじゃない。自分はアーティストなのにって、時代劇とかもやってたでしょ?

Char:俺の時代はさ、業界的にも日本のロックは売れないと言われていて、高校生の時に先輩が野音とかで日本のロックみたいなのをやったけど、実際にそれで儲けたやつなんか当時いないし。いわゆる60年代にグループサウンズっていう。後のロックになる礎みたいなものがあって、日本中の若者がナントカズ・ナントカズなんて、もうテレビを見るとカタカナばっかの時代があったんだよ。夕方以降は全部グループサウンズだから。

野村:そっかそっか、バンドの名前がいっぱいだったんだ。

Char:言い方悪いけど、そのグループサウンズが一気に衰退してしまって。当時で言うGSブームというのが消えていってしまったわけよ。

野村: 3年?2年?

Char:実際は3年くらいかな。タイガースとかスパイダースとかヒットしたバンドも含めてその間に星の数ほど出てきて、日本のロックの創成期をオリジナリティ豊かに作った時代ではあったんだけど、それはマーケットにのる事はなくて。社会人野球はものすごい流行ってるんだけど、プロはない的な。だからカナダに行ったジョー達(ジョー山中)やイギリスに行ったクリエイションみたいに、俺も向こうに行くしかないって思ってた。

野村:本場に行くしかない。

Char:そうそう。だからバックバンドの仕事をしたりしてお金貯めて、ロンドン行きたいな、LA行きたいなって。そんな時に山内テツさんがフェイセズに入ったなんて聞いて、イギリスにミュージシャンユニオンかなんかがあって、確かそこに入った日本人第一号なんだ。どこどこで頑張ってやってるなんてのは聞いてたけど、メジャーのバンドに抜擢されたっていうのは凄いよね。

野村:凄い。

Char:今でこそさ、色んな選手が大リーグで活躍するとかって言うけど。もうそんな話じゃないくらい、俺らの中ではテツすげー!って。で、実際にフェイセズが武道館に来た時に観に行って、凱旋してる感じがめちゃくちゃカッコ良くて、俺も絶対いつかって思ったよね。

野村:そんなにカッコ良く見えたんだ?

Char:そりゃそうでしょ! あんだけそうそうたるメンバーの中に俺が知ってるテツがいるわけじゃん。そんでロッド(・スチュワート)が「テツせっかくだから一言」って言うんですよ。そしたら「こんばんは〜」ってベロベロに酔っぱらってて、それがまたカッコ良く見えてちゃって(笑)。演奏はもちろんなんだけど、ステージの真っ白に統一されてる感じとか、ショービズ的にもカッコ良くて、だからもう志としては日本では別にデビューしようとかは全く考えてなかった。

野村:えー!

Char

Char

Char:それまでもなんかコンテスト出ててギター上手いのはバレてたから、ちょっとフォークでデビューしない?とかは高校時代にもあったんだけど、丁重にお断りしてた。デビューするきっかけになるかなとは思ってはいたんだけどね。そのあとスタジオの仕事でキングレコードに呼ばれて、行ったらバンドだったんだよ。普通スタジオの仕事って歌手の人のバックバンドとか、劇伴とかを譜面を見ながらってのが多いのに、行ってみたらバンドのメンバーでギター弾けって。

野村:それが何歳くらいなの?

Char:それが高校1年か2年かな。で、それが「Bad Scene」だったの。ギターのやつがレコーディングする前にやめちゃって、スケジュールは決まってたから、悪いけどシングル盤のレコーディングだけやってくれよって。「ロックンロールでぶっとばせ」っていう。まあとにかく、仕事としてやって帰ろうと思ったら、お前もうメンバーなんだよって鳴瀬(喜博)くんに言われて(笑)。

野村:(笑)。

Char:で、関東ツアー入ってるんで学校よろしくーみたいな。俺はその頃アマチュアで「Shock」を佐藤準とかとやってたんだけどさ。そういうのがあって、バンドのメンバーとしてデビューしちゃってるんだよね。皆さんの想像通り全く売れなかったけど、その時に初めて世田谷のやつとか下北のやつらと出会ったわけよ。

野村:戸越を出た感じだね。

Char:そういうのもあったから、実際に自分の名前でデビューする時は、責任を持てるとか自信が持てるテクニックであるとか、本当に自分が作りたいメンバーでバンド作んない限りデビューしたくないなって思って、アメリカに行ってメンバー連れて帰ってきて、「スモーキー・メディスン」とか、「Charlie Funk Party」とか作って、どうだ!ってやったんだけど、やっぱ売れないわけよ。

野村:あれ、売れなかった? あれがなかったら僕人生変わってなかったのに!

Char:全く売れなかったわけじゃないけども、思ったよりは売れなかった。英語ではあったけど、絶対最先端の音楽だと思ってたし。でもちゃんとアルバムの中はNSPの天野君(天野滋)に詞書いてもらった日本語の曲も何曲も入ってるし、一応プロデューサーとかディレクターの言うことを聞いてる部分があって、絶対売れるんだろうなって。そしたらまぁ、全然印税生活なんかできねぇじゃん!みたいな。

野村:衝撃的なファーストアルバムだったんだけどなぁ。

Char:でも、制作からもう45年近く経ってるから、その45年間の統計で言ったら一番売れてると思う。毎年売れてるからあれ。

野村:だって僕世代のプロでやってるミュージシャンたちって、あのアルバムのせいで夢を抱いたやつらが何十人、何百人いることかっていう。そのぐらい日本の音楽シーンに衝撃だったのよ。だからあのタイミングでCharちゃんがデビューしてなかったら、現代の日本のロックバンド・ロックミュージックたちは全然変わってる!

Char:もっとましになってたと思う(笑)。

野村:いやいやいや! わかんないけど、そのぐらい貴重なデビューだったんだよ。

Char:それはね、スタジオミュージシャンもやってたし、在京の外国人たちがバンドやってたりしてたから情報が早かったのもあると思う。まだみんなが持っていないようなアルバムとか、そういうのも色々知ってたし。今みたいにネット絡みじゃないし専門誌も3冊くらいしかないから、評論家だってエリック・クランプトンって書いてたりしてて、こいつわかってねーじゃんって。

野村:(笑)。

野村義男 / Char

野村義男 / Char

Char:もう一つは出版とか著作権とか、そういった子どもが知らなくていい権利関係の話を知ったってやつ、音楽って意外と守られてるんだなって。それまではキャバレーとかビアガーデンでやって、お疲れ〜って三千円とか五千円とかだったのが、世界が広がったと言うか。それを考えると責任もあるし余計に変なものは残せないんだ、歳とってからからかわれるようなデビューアルバムは絶対作りたくないって思って。

野村:それがちゃんと形になった。

Char:うん、ちゃんとしたバンドを作って。あれ“Char”って言ってるけども、実は竹中尚人って書いてあって、「Char」っていうバンドのつもりで出したんだよ。だから俺はそのままのメンバーでやっていきたかったんだけども、やっぱり外国人も売れない限りずっと在住してることは、プロダクション的にもレコード会社的にも困ってて。

野村:うん。

Char:だって、当時ロックが出来るライブハウスって下北ロフト、荻窪ロフト、新宿ロフト。あと三ノ輪モンドって四つくらいしかなかったから、その四か所やってツアーが終わっちゃうわけ。関西とか行けばもっとあったんだろうけど、ぶっちゃけ予算も無いしさ。キーボード二人の五人バンドで、俺と準以外は全員外国人だし。俺も売れてないし、入国管理事務所とも色々あって、一人帰り、二人帰りしてっちゃって。でも、やる事はやったし、ちゃんとファーストも作ったから、じゃあ俺がLAとかロンドンに行けばいいんだってちょうど悩んでいた時に、「気絶するほど悩ましい」の話がきたわけよ。

野村:はいはい。

Char:そりゃ悩んだんだけど、さっき言ったように権利関係を知ってるってことは、誰と、どこで、何をやればってとこは意識するわけよ。当時の阿久さん(阿久悠)はもうあらゆるジャンルの歌詞を書いていらっしゃったから。有名どころの演歌から、沢田さん(沢田研二)もいれば、ピンク・レディーも全部そうだし、オリコンも左ページに5曲も6曲もあって。だから出版がこーなってあーなって、ってことはそこの局のテレビに出ることになるだろうなとか(笑)。

野村:オトナだなぁ!

Char:で、まあ悩んだんだけどもこれ一発シングルやってからアメリカ行っても遅くないかなって。ま、ハンドマイクで歌手になってくれって言われたらやってないと思うけど、とりあえず残ってるメンバーでバンド作ってやってみるかなって。でもそんなの例によって売れるわけないじゃんって思ってたんだけど、発売後のワンマンで日比谷公会堂の幕が開いたら全部女の子でびっくりしちゃって。あ、こういうことかぁなんて(笑)。

野村:えー、良いな〜。

Char:そんな風にたくさん人来るってなったら、今あるような組織じゃダメだからってとあるプロダクションに移ってくれって言われて、そこがまた超芸能界でさ。一回『気絶するほど悩ましい』のリリースと、日比谷公会堂のワンマンも決まってるところでやめたいって言ったんだよ。ここの事務所のスタッフ見てると、もうどう考えても全員パンチパーマな感じだし、俺が意見を言っちゃいけないの(笑)。その他にも言えない事が色々あったんだけど、とにかくここには居れないって思ってさ。

野村:危ない危ない(笑)。

Char:日本にいる気もなかったからどうでも良いってなってたら、終いには偉い人たちに呼び出されて、そこである人から俺もバンドやってたからわかるって、また長さんと同じような話が始まって。最終的に俺の座右の銘になったんだけど「スターっていうのは日本語で言えば星だ、星っていうのは実在するんだけど触れない。そこを行き来できるやつだけがスターになれるんだ」って言われて。

野村:カッコ良い!

Char:要するにお前みたいなアーティスト気質はわかるけども、スターになりたい、なれるかなれないかは何をやっていても一緒で、星と現実を行き来できるやつだけなんだ。ただスターだけじゃダメで、届きそうで届かない触れそうで触れないって事が大事なんだって叱ってもらって。その結果腹を切らないで済んだんだけど(笑)。その後「気絶するほど悩ましい」が売れたから、キャニオンのディレクターから同じ路線でいきましょうよって言われて、3曲、4曲阿久さんと組ませてもらった感じ。

野村:そこですよ! 僕がエレキを持つきっかけがそこなのよ。

Char:で、俺そん時に思ったんだよね。嫌な思いもしたし、嫌な言葉使いたくなるようなことも沢山あったけど、ギターが味方だって。間奏とかアウトロとか、同じこと弾かなくてもいいわけじゃん。だからそこでレスポール入れたり、スティングレー入れたり、バラエティー出てもガンガンにディストーション踏んでギャーンっとかやってさ、そこだけは本音だからさ、救われたなって思ってて。

野村:ギターは嘘つかないからね。

野村義男 / Char

野村義男 / Char

Char:それ以外のバラエティーだとギターを持たないでっていう企画があるわけよ。アッコちゃん(和田アキ子)がやってた音楽バラエティー、あれなんだっけな。こんなむくむくの犬が出てくる。

野村:あー、せんだみつおさんとかデストロイヤーも出てきた?

スタッフ:「金曜10時!うわさのチャンネル!」ですかね?

Char:あ、そう! そこでハンドマイクで歌わされるとか、3人で漫才をやらされるとか色々あって。そうなると、シングル3枚とか重ねるうちに、何やってんだろうなぁ、これ以上ここに居続けてもなぁって思いだして。それこそ時代劇の話もこの辺りだったかな。でも、アルバム制作は好きなことやってるわけよ。たぶん気絶のアコースティックバージョン作るのが、一番早いアンプラグドだよね。

野村:(笑)。

Char:もう絶対ヒット曲は入れなきゃいけないって言われてたわけよ。だけど……

2人:イヤだ!(笑)

Char:なんでかって言うと、俺ギターソロ弾いて歌も歌ってるけども、シングルのオケはスタジオミュージシャンが作ったオケなんだよね。佐藤準がアレンジして直されたんだよ、レコーディングしたらもう出来上がってたの。お前これただの歌手じゃん!って言ったら、ギターソロのところはちゃんと録ってあるからって。

野村:そういうこっちゃないんだ。

Char:だからそのオケを俺は使いたくなくて。やるんだったら新しいメンバー呼んでやるって言ったんだけど、それも何か違うってなって、結局折衷案としてアコギで弾き語る形になったわけ。考えてみると、ロックミュージシャンがアコギの曲じゃないものをアコースティックの形でやったのは最初だったかもしれない。

野村:後のMTVではアンプラグドってネーミングで流行ってますけどね。

Char:まぁ話はまた戻るけども、その2年、3年っていうのは貴重な体験を沢山出来たとは思ってる。あの時にふざけんじゃねえって蹴ってLAに行ってたらどうなっただろうなっていうのもあるけど......たぶん死んでたかな(笑)。

野村:向こうでね?(笑)

Char:うん(笑)。

野村義男 / Char

野村義男 / Char

野村:あ、そうそう2020年のムスタングCharちゃんモデルが発売になったんだよね? ZICCA限定マッチングヘッドモデル!

Char:そこに並んでるけど。

野村:ホントだ、やらしい!

Char:やらしいって(笑)。

野村:全部で6色のボディカラーで。しかもZICCAではピックガードのカスタマイズに白べっ甲と黒を選べる。あっ、ピックガードの色を変えることが出来るんだ! じゃあみんな楽器屋で買わないでZICCAで買えばいいって事ですよ。

Char:元々ムスタングって、俺が小学校の時の東京オリンピックがあった64年に発売されたわけよ。で、今回東京オリンピック20年が決まった時にふと思って。俺が子供の時に、チャリンコで銀座の山野楽器まで行って、ショーケースの中のムスタング見るたびに、何このスポーティーな楽器ってドキっとしたんだよ。で、ストラトより3〜4万安いじゃん。

野村:スチューデントモデルだからね。

Char:そう。で、またデビューするときに偶然俺がストラトかっぱらわれて、落ち込んでたところに、外国人の友達がアメリカ帰るからガレージセールで何千円みたいな。ちゃんとFenderなのに。

野村:それがね、世界を変えちゃったの。Charちゃんがムスタングを使ったことによって、あの日本であのギターがほしいっていうのでみんなが買い始めた。そしたら物が足んないアメリカのFender社にもっとムスタング送ってくんない?とかなって。そしたら今度アメリカ側ではなんでそんなにムスタングがいるの?って(笑)。

Char:1番売れない器種が!

野村:そう。だってこんなスチューデントモデルね、学生しか使わないようなモデルだよ?って。日本ではもうちょっと良いの買うやついっぱいいるんじゃないの?とかってやってんのに、とにかくムスタングくれって生産量が増えてね。

Char:あの時USAしかなかったからね。

野村:うん。だからもう世界を変えてしまった。で、その世界を変えてしまった協力した内の一人が僕です。

Char:ありがたい(笑)。今自分の事務所で楽器も売ってて、これまで作ってきたのはUSAのカスタムショップで高いのばっかりだったから、もっと普通に買える割と安価なものって事でFender Japanさんと相談して、ムスタングの2020年オリンピックモデルを作ろうってなって。それだったら五輪の五色プラス、オリンピックホワイトっていうFenderカラーでって。五輪の五色も日本の和の伝統色でラッカー混ぜてみたいな。黒も遠くから見ると黒なんだけど、近くで見ると墨な感じなんだよ。

野村:へえ。

Char:あとは、よっちゃんだったらすぐ分かると思うけど、ストラトのトレモロユニットにして、ワイヤーとか中に入ってるものもオリジナルになってて、スイッチャーとかも変えたかな。テンション変えただけで全然不思議な音するよ、ストラト寄りな5、6弦が鳴る感じ。

Char

Char

野村:とにかくもうムスタングは世界的にCharちゃんがトップだからなあ。使ってるとChar好きなの?とかって必ず誰か言うっていうのが当たり前になってる。

Char:もう焼きタングにしよ。

野村:いやいやいや(笑)。

Char:蒸しタング(笑)。

野村:蒸してんの?(笑)

Char:でもビギナーには良いと思うよ。女の子にも優しいっていうか、ミディアムスケールだから。ストラトとか他の楽器は元々外国人の体形に合わせて作られてるけども、ムスタングは最初からスチューデントモデルなんでちょっと小さくしてるから。そういう意味じゃ東洋人の体系というか、特に女子には使ってもらいたいなって。

野村:小回りがきくっていうね。楽器屋さんに置いてあったりとかするんで、是非触って頂きたいと思います。

Char:はい。

野村義男 / Char

野村義男 / Char

野村:そんなCharさんでございますが、12月13日(日)になんと2020年最初で最後のワンマンライブを開催するという事で。野村:どんだけ何もやってないかっていう。

Char:ホントだよね。オリジナルモデルのムスタング作ったのに。

野村:まぁ、世界的にミュージシャンが皆できない年だったのもありますからね。中野サンプラザという事ですが、これはやっぱりお客さん半分? 配信とかもやるのかな?

Char:一応その予定。

野村:素晴らしい! 僕みたいに無観客・無配信とはわけが違いますね。

Char:(笑)。でも、この間違うイベントで、フォーラムで50%の観客でやったんだけど、何とも言えない感じだった。お客さん全員がマスクしてなきゃいけないし、本番前にみんなを立たせたり、コールアンドレスポンスでイエーイとかってのも勘弁してくれって言われてて。そこまではわかるんだけども、50%にしてさらに立ち上がっちゃいけない、大きい声出しちゃいけないって。やってる方も見てる方もね。

野村:まあね、見てる方は変な感じは。

Char:あと、バンドで佐藤タイジくんがやってる『THE SOLAR BUDOKAN』で、いろんなライブハウスでやらせてもらったり、最終日は奥多摩のキャンプ場でやったんだけども。本当にきれいなところだったんだけど、ステージみたいなのはあったんだけど配信のみだから無観客なの。

野村:うん。

Char:無観客でやってるから、外音がないわけよ。いわゆるちゃんとしたステージで、こっちもちゃんとしたバンドのセッティングにバンドなんだけども、外に出す音がないから何とも言えない感じで。

野村:表音を消した時のあの寂しさっていうのはあるから。ライブリハとかで内側の音を知る為にちょっと表音消してみてーとかやった時の、すかすかな感じをそのままやるって事でしょ?

Char:そう。まぁそれでもね、いろんな形でライブができるって事は嬉しいことだし。サンプラザには世話になってるし、色々な外タレも見に行ったし、俺たちの世代は渋公かサンプラザやってから武道館みたいなのがあったからね。サンプラザには思い入れもあるから、そこに半数とはいえお客さん入れてやるのは幸せと思うしかないのかなぁみたいな。

野村:まあサンプラザの時はまた新しいネタが出てくるかもしれないし。

Char:いや、もう考えてる。

野村:あ、もう考えてるの? それも是非ね、楽しみにして頂いて。僕も時間合ったら行きますので。

Char:だって地元じゃんね。

野村:うん。マスクとフェイスガードで行きます。

Char:あとイヤープラグ(笑)。

野村:音聞こえないっつーの!(笑)

Char:うん(笑)。

野村:ということでございまして、本日はCharさんからあんま表では聞けないような良い話がいっぱい聞けたんじゃないかなと。

Char:いやー、ばっかりですよ。

野村:アイドル話なんて今じゃ専門誌じゃ絶対聞けないですから。そんなこんなで、本日はありがとうございました!

Char:ありがとうございました!

撮影=大橋祐希

野村義男 / Char

野村義男 / Char