音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』主演・高野菜々(こうの・なな)が、「令和2年度(第75回)文化庁芸術祭賞(演劇部門 新人賞)」を受賞した。2020年12月26日に音楽座ミュージカルが発表した。

 高野は2008年に音楽座ミュージカルに参加し、圧倒的な歌唱力とハツラツとした演技で注目され、『マドモアゼル・モーツァルト』(モーツァルト/エリーザ)、『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』(折口佳代)、『リトルプリンス』(王子)などなど、カンパニーの代表作で主役の数々を演じてきた。『SUNDAY』のジョーン・スカダモアはオリジナル・キャストとして初めて主演を射止めた役でもある。そしてこれまでの等身大の役どころから一転、大人の女性としての影や深みに挑んだ。

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』

 『SUNDAY』は、アガサ・クリスティーの名作小説『春にして君を離れ』を世界ではじめてミュージカル化した作品。2018年に初演された。

 弁護士の妻として子どもたちを立派に育て上げたジョーン・スカダモアは、結婚してバグダッドに暮らす次女バーバラを見舞った帰り、ひどい雨に降られて砂漠に足止めをくらってしまう。砂漠の強い日差し、薄暗いレストハウス、本も読み尽くして話す人もなく、やることもなければ食べるものは缶詰ばかり。退屈な日々の中、ジョーンは自らの「素晴らしい」人生を思い出す。美しく塗りこめられた思い出は、しかし時間とともに少しずつ真実の姿をさらけだしていく――。

 公私ともに夫を支え、息子や娘を育ててきた理想の妻、理想の母として、これまた理想の生活を歩んでいたかのように思い込んでいたジョーン。しかし夫も子どもたちも、ジョーンの反対で、本当の夢に挑戦できなかった後悔を抱えていた。ジョーンは旅をしながら、きっと自分の心の中も旅していたのだろう。

 初演では40代後半の女性の苦悩を抱えきれないような印象があった高野。しかし2020年の再演では妻や母として芯を通してきた自信、家族の後悔に向き合ったからゆえの揺らぎを表現していた。

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』

 文化庁芸術祭賞(演劇部門 新人賞)受賞理由は下記の通り。

「理想的な家庭を築いたと自負する女性ジョーンが、旅先の出会いから自らの人生に向き合い、その真実に目覚める姿を、心の奥底を焙り出す確かな演技、圧倒的な歌唱力で演じ切った。これまで薄幸の少女などの役が多かったが、成人した子を持つ人妻という新たな役柄に挑戦。令和のミュージカル界を牽引することを期待したい」

自分が作品に投じたエネルギーをそのまま作品からもらっている

 高野からも、ジョーン・スカダモアについてコメントをもらった

 「ジョーンは私としても思い入れがある役です。初演時に最初にいただいたのはジョーンとは正反対で、何ものにも縛られないで自由に生きるブランチ、ジョーンの旧友の役でした。2018年春に上演を予定していましたが、権利をクリアするのに時間がかかった関係で公演は冬になりました。実は私、その間にニューヨークに短期留学に行かせてもらったんです。ある意味、すべてを投げ出しての自分探し。その時にいろいろな経験をした後で原作を読み直したら、それまではブランチの生き方に憧れていたのに、ジョーンにすごく共感し、自分に置き換えるようになりました。そんな変化を感じていたところ、初演に向けた稽古の直前に「ジョーンを読んでみて」ということになったんです。

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』

 初演では旅の最中で自分の罪を悟り、彼女にとって世界の見え方が変わるという演出でした。しかし、私の中では例えば夫や子どもたちに謝ったからといって新たな道を歩み出せるのだろうか、それは本当にハッピーエンドなのだろうかという思いが残りました。決してジョーンは悪者ではなく、ジョーンの生き方は、これが正しいと思う価値観の中の一つではないかと思ったんです。そして再演では自分の愚かさからは逃れられない、けれどそれでも前に歩み始める、行動していくという演出に変わったんです。自分は良妻賢母で、家庭は自分がいてこそ成り立っている、それを文字にするとジョーンの印象は良くないかもしれません。でも誰もが良かれと思って生きているはずだし、ジョーンもひたすら家族のことを思っていただけ。ジョーンは特別の人ではなく、どこにでもいる主婦として演じるようになりました。前回は突き詰めきれなかったところが、この2年の間に熟成されてきたのを感じます」

 また、このコロナ禍で、音楽座ミュージカルと高野は、この1年の間『SUNDAY』だけに向き合ってきたことも大きかったようだ。

 「本番中は毎回毎回、彼女と同じ悩みを抱え、彼女とともに立ち直っている感覚でした。舞台をやらせていただく中で、現状は変わらないかもしれないけれど、行動をすることに意味があると心から感じることができました。そして舞台で自分が出したエネルギーをそのまま作品からもらっている感じがします。そういう意味では、この作品、この役は私にとっての最大のプレゼントであり、最大の奇跡のように思います。そして今年のコロナ禍での私の生きる希望でした」

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』

 『SUNDAY』は、12月28日から1月3日までイープラスのStreaming+にてオンライン配信されている。繊細でダイナミック、カラフルなアレンジの楽曲を通して、人間の深遠を描く音楽座ミュージカルにぜひぜひ出会ってほしい。実力ある若手も育ってきたことで、またかつての人気を取り戻してほしいと思う。この配信が足がかりになりますように。

取材・文:いまいこういち