春の大阪を彩る2年に一度のお楽しみ、「祝祭大狂言会2021」が大阪のフェスティバルホールで開催される。日本の伝統芸能「狂言」を、客席数2700席の大空間を使って見せる(魅せる)という試みは、2013年の新生・フェスティバルホールグランドオープンから2年毎に行われて来た。

今回は人間国宝の狂言師、 野村万作を筆頭に、野村萬斎、野村裕基の親子三代のほか、和泉流野村家一門が出演し、「二人袴 三段之舞」、「月見座頭」に加え、関西初上演となる新作狂言「鮎」の三演目を上演する。

野村万作、野村萬斎親子が1月下旬の会見で、「祝祭大狂言会2021」の見どころなどを語った。

「祝祭大狂言会2021」記者会見の様子

「祝祭大狂言会2021」記者会見の様子

―― 野村万作さんがご出演される「月見座頭」の見どころを教えてください。

野村万作 私が出演する「月見座頭」は、1955年に父(六世・野村万蔵)と鷺流の台本をもとに作ったものです。その後、私が台本に手を加えて、ワシントンD.Cやパリの劇場なども含め、20回以上演じて来ました。今回フェスティバルホールに二人しか登場せず、非常に静かで場面展開も少ないこの狂言をすることについては、いわゆるスペクタクルな狂言とは違うので、緊張感が演ずる方にもありますし、どのようなものができるかという楽しみがあります。元々は和泉流にはなかったこの「月見座頭」を、自分なりに少しずつ完成に近づけていって、現在は終点に近くなっています。

「月見座頭」野村万作と野村萬斎   撮影:政川慎治

「月見座頭」野村万作と野村萬斎   撮影:政川慎治

「月見座頭」野村万作   撮影:政川慎治

「月見座頭」野村万作   撮影:政川慎治

野村萬斎 私は「月見座頭」でお相手をさせていただきます。親子の息の合ったところを見ていただきたいですね。狂言も700年近い伝統があると、いろんな人間が出てきます。「月見座頭」もそういう意味では非常に特殊なテイストの曲だと思います。盲目の方が出てくる座頭ものというのは名作が多いです。月見酒を楽しんだ人と仲良くお酒を飲んでいたのに最後は裏切られるという、どちらかというと不条理の狂言で、異色です。狂言は予定調和的に追いかけっこをして終わるというものがほとんどですが、「月見座頭」は違います。

「月見座頭」は不条理の狂言で、異色です

「月見座頭」は不条理の狂言で、異色です

野村万作 一人の人間の善の面と悪の面が出てきますが、それを目の見えない座頭にとっては二人の人間と勘違いしています。そのように人と人との交流が、非常にちぐはぐになりつつあるのが今のコロナの世の中ではないかと思います。一人の人間のいいところと悪いところ、今までお酒を一緒に楽しく飲んでいた男が、急変して他人のごとくつきあたって、目の見えない人をからかうという、人間の両面性が「月見座頭」には盛り込まれています。そのへんは父(六世・野村万蔵)がやっていた時代の「月見座頭」や大蔵流、京都風、東京風とそれぞれちょっとずつ違います。それともまた違う意味で、現代的な考え方をもって私は演じているつもりです。今の世の中の暗澹たる中で、笑いというものをどういう風に有効に皆さんにお届け出来るか、笑いだけでなくもっと人間的なことを考えるテーマが狂言にはありますので、それらを感じてもらえるように演じていくつもりです。

「月見座頭」について語る野村万作

「月見座頭」について語る野村万作

―― 2017年に国立能楽堂で初演された、新作狂言「鮎」も上演されます。

野村萬斎 新作狂言「鮎」は池澤夏樹先生に書いていただきました。池澤夏樹先生は祖父、六世・野村万蔵のファンであるとご自身も公言されておりまして、国立能楽堂で新作を作ろうという話が出た際に、その様なご縁もあり、池澤先生にお願いしました。

短い作品で、鮎は原作にはほとんど出てきませんが、狂言では私の入れ知恵で、鮎が出てきて活躍するというわけですね。ここがミソで、戯曲では鮎というのは単に食べられる存在ですが、狂言ではなぜか擬人化されて出てくるという大変おもしろいことになっておりまして、そこに狂言らしいという発想を垣間見ていただければと思います。舞台ならではの面白味がないといけないので、鮎に人格をもたせて、劇の進行のお手伝いもさせています。「鮎」もそういう意味で言うと、結末に際しても、テーマも、今までの狂言にはなかったものを目指したということがあります。

新作狂言「鮎」(2017 国立能楽堂)

新作狂言「鮎」(2017 国立能楽堂)

若者の願望のようなもの、これはよく「邯鄲(かんたん)」という能や世の中の説話にも多くある話と池澤先生もおっしゃっていますが、自分の将来を夢見るという話です。

鮎というけがれのない水にしか住めない魚が住んでいる田舎と、いろんな欲望が渦巻く都会を対比として、若者が都会を目指すのもむべなるものかなといった目線を持ちつつ……どういう結末になるかは見てのお楽しみですが、普通の狂言とは違うテイストを残すということにトライしている作品であるかと思います。

鮎たちが活躍するという視覚的な演出の面白さと、都市と地方と、そしてこれからどんどん人口減少にある日本を含めた若者の未来をどう考えるか、そのような意味合いも含めた作品になっています。

新作狂言「鮎」にご期待ください

新作狂言「鮎」にご期待ください

―― フェスティバルホールで上演する「鮎」は、これまで上演されて来た能楽堂とはサイズが違うように思います。そのあたりは如何でしょうか。

野村萬斎 フェスティバルホールは普通の能楽堂の5倍以上はあります。ということは人間が小さく見える。これはある意味、一興なのではないかと思うのです。人間を俯瞰してみる時に、大きくクローズアップすることも必要ですが、豆粒のように見えていると、見ている人は人間の世界はこういうものなんだなという風にすごくわかります。そういう意味で言うと「鮎」だけでなく「月見座頭」も「二人袴」も、狂言というのは、人間を多少なりとも俯瞰してみるという目線がある。『ああ、人間ってこういう風に、生きてると滑稽な側面があるんだな』と、そこを描くものです。そこを愛おしく肯定的に、だから人間っていいんだなと思って見るのが狂言だとするなら、まさしく広いフェスティバルホールで俯瞰した目線から、客観的にご覧頂けるのではないでしょうか。

演出の観点から申し上げれば、毎回フェスティバルホールでは、大きな舞台を埋めるために、上手、下手、中央に三本の橋掛かりを出現させています。今回はまだ検討中ですが、基本的には上手、下手に両ウィング状の橋掛かりを設けようと考えています。これは他には無い珍しいことです。また、能楽堂では三間四方の空間に守られていますが、フェスティバルホールではそれが無くなるので、『人間というのはお天道様の下で、なんとアリンコのような存在なのかな』という風にも感じられるかと。そこにホールでの狂言会の面白さがあると思います。

―― 今回、三世代でご出演されます。その事についての感想をお聞かせください。また、野村裕基さんがシテを務める「二人袴」について、魅力や特徴についてもお願いします。

野村萬斎 親子三代での出演は、めでたいですし、ありがたいことです。おそらく狂言の家という単位で演ずるに際して三代揃う時というのが一番良いのではないかと思います。ほとんど解脱したかのような存在感の世代(万作)と、私のような中間管理職がいて、21歳になった若い息子(裕基)がいるということで、三世代それぞれの花が見られます。(三世代で出演するということは)人間を俯瞰した時の人間模様としての奥行きが見られるというのも一つの楽しさかと思います。

野村万作

野村万作

野村萬斎

野村萬斎

野村裕基

野村裕基

「二人袴」は狂言の中では定番中の定番です。底抜けに楽しんで頂きたいと思います。

免疫力アップという意味も含めて、狂言の中ではドタバタと大騒ぎする「二人袴」を選びました。しかも本来は親子で演じるこの演目を、今回は裕基と、私の大甥にあたる野村太一郎とさせるというのは初めてです。そして三段之舞というのはお囃子が入るので、さらに華やかになることと思います。

音楽の殿堂であるフェスティバルホールで、(「二人袴」を)賑々しくやり、まずは祝祭ということを強調したうえで、次に「月見座頭」というしっとりしたものをご覧いただき、最後に新作狂言「鮎」をご覧いただくという流れです。我ながらこの演目立ては上手くいったなぁと思います(笑)。狂言三代ならではの三世代それぞれの良さというものを味わっていただきたいです。

狂言の定番「二人袴」

狂言の定番「二人袴」

―― 昨年はコロナ禍で舞台へあがる機会が減ったと思いますが、2021年はどの様な1年にしていきたいですか?

野村萬斎 コロナ禍において世の中に鬱屈しているような閉塞感がありますが、狂言に携わる者が出来ることは、皆さんの心を開放することだと思っています。俯瞰して人間の存在を見たときに『生きるって素晴らしいことだな。ちっぽけな失敗をしてしまっても、人間は生きていくのだ』と生きることへのモチベーションを持っていただき、お客様にエールを送ることができればと思います。

今はお客様が入りにくい状況で演者側も大変ではありますが、来ていただくからにはその勇気と覚悟ともいえる行動にお返しをしたいという思いでいっぱいです。

狂言を通してお客様にエールを送りたいです

狂言を通してお客様にエールを送りたいです

野村万作 今日、舞台が少なくなったり延期されたり中止になったりすることは、戦争中から戦後を知っている私はそれほどショックを受けません。それよりも、演じているときに観客の皆さんがマスクをしているので、反応がちっともこちらへ届いてこない。そういう時に演ずるのは大変つらいですね。また、今ご覧になっている皆さんは本当に笑わなくなっていますよ。これもコロナの影響でしょうか。この笑わなくなった狂言というのが、これからどういう風になっていくのかが私は気になります。これが、私たちの年齢層が持っている危機感といったらいいのか…、想いでしょうか。 

お客様の表情がマスクで判らないのはつらいですね

お客様の表情がマスクで判らないのはつらいですね

―― 最後に萬斎さんからメッセージをお願いします。

野村萬斎 コロナ禍で宣伝するのは難しいのですが…、劇場の素晴らしさを私が痛感するのは、複数の人たちで泣いたり笑ったりする方が、一人でするよりももっと大きな作用が起こるということです。これが劇場の一つの作用だと思います。コロナ禍で閉塞感を感じてる時に狂言をみて大笑いしてもらいたい。ぜひ、フェスティバルホールにお越し下さい。

ぜひフェスティバルホールにお越し下さい!

ぜひフェスティバルホールにお越し下さい!

取材・文=磯島浩彰