OSK日本歌劇団による『レビュー 春のおどり』が2021年3月26日(金)から新橋演舞場で上演される。1922年に誕生したOSK日本歌劇団は、今年4月に劇団創立99年を迎えたが、その歴史の中で『春のおどり』は、“浪花の春の風物詩”として愛され続けている。本公演は“唯一無二の男役”として人気を博す桐生麻耶(きりゅう・あさや)のトップスターとしての最後の公演でもある(今後は特別専科へ移籍する)。

3月12日(金)に東京都内で、桐生がラストステージへの思いなどを語った。 

桐生麻耶

桐生麻耶

――まずは一言ご挨拶をお願いします。
 
桐生麻耶:今回の『レビュー 春のおどり』は本来ならば、1年前に公演があるはずだったんですが、(新型コロナウイルス感染症対策の観点から)今年の3月26日からの開催となりました。何よりも東京に来て公演ができるということを劇団員一同とても幸せに思っています。

普段からも舞台ができることが当たり前だとは決して思ってはいないんですけど、今回、世の中がこのような状況になって、改めてその準備期間も含めて、たくさんの方が動いてくださって、この舞台が成立するんだなと感じることができた時間でもあります。来年は100周年を迎えるOSK。もっともっと多くの方に知っていただけるような歌劇団になりたいと思っております。まずは3月26日の初日からしっかりと千秋楽まで務めたいと思います。

桐生麻耶

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――すでに大阪公演は終えられたそうですが、その手応えを教えていただければと思います。

桐生:初日の緞帳(どんちょう)が開いた時のお客様の雰囲気やエネルギーを感じました。どうしても、マスクをしての観劇ですので、声が出せない分……まぁ声は普段から出さないんですけども(笑)、拍手でしか思いは届けられないというなかで、本当に大きな拍手をいただいて。マスクで顔が隠れている分、目しかみえないですけど、そこから飛んでくるエネルギーから「待っていました」という思いを感じました。それがとても私たちにとってはプラスになりました。

桐生麻耶

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――和と洋の2本立てで、第1部は尾上流四代目家元の尾上菊之丞構成・演出・振付による『ツクヨミ〜the moon〜』、第2部は荻田浩一作・演出の『Victoria!』。作品の内容や見所などを教えてください。

桐生:第1部に関しては、お役が3つあります。蘇我入鹿、伊達政宗、堀部安兵衛という役です。菊之丞先生も仰っていたのですが、それぞれメインでできる作品を全部持ってくることに楽しさがある。短い時間の中に、その役のピークの場面を持ってくるようにしたいと仰っていたので、およそ55分の間に、3つの味を楽しめます。全くキャラクターが違う人物なので、そこを楽しんでいただけるのかなと思っています。また、テイスト的にもミュージカル調になっていたり、ロック調になっていたり、さまざまな色が楽しめると思っております。

2部に関しては、本当にOSK王道のレビューを楽しんでいただけるのかなと思っています。個人的には自分が所属している劇団ながらもラインダンスがとても大好きで、見所の一つだと思いますので、そちらも楽しんでいただけたらなと思います。もしお許しが出るのであれば、今でもラインダンスに出たいぐらい(笑)。体的に無理がありますので、厳しいんですけど。夢は捨てずに、諦めずに(笑)。

桐生麻耶

桐生麻耶

――コロナ禍で大変な時期を続いておりますが、劇団員が手作りされたマスクも話題になりました。当時の想いをお話しいただけますでしょうか。

桐生:コロナで自粛が始まってすぐだったんですが、手作りのマスクを作り始めました。ミシンがある子はミシンで作り、ない人は手縫いということで、私は手縫いでした。何かしていないと気がもたない状況でしたので。マスクを必要としていた人のためにそういうことができたというのは、こちらが「ありがとうございました」と言いたいぐらいです。

私たちは普段からちょっとした頭飾りや小物類を作るときに縫い物をするんですけど、今までで一番丁寧に縫ったかな。いつもですと、夜中明け方までという時もあったりするんですけど、時間だけはたっぷりあったので。1針1針想いを込めて。幸せでした。

――マスクの反響はいかがでしたか。

桐生:お手紙をたくさんいただきました。マスクをきっかけにしてOSK知りましたという方もいらっしゃったり、一緒に添えて送ったメッセージが嬉しかったという方もいらっしゃったり。

それらの手紙は劇団員みんなが読みました。そういう想いは、舞台をやるにあたって必ず私たちのプラスになりますから。見るのもやるのも人間ですからね。その思いを忘れずに、舞台につなげようと思ったお手紙をたくさんいただきました。

桐生麻耶

桐生麻耶

――今回の公演が桐生さんにとってラストステージということですが、トップスターとしての思い出やこれから特別専科としてやりたいことがあれば教えてください。

桐生:トップになって、一つひとつ与えていただいた作品はもちろん心には残っているんですけれども、何よりも、このような立場をいただけるとは思っていなかったというのというのが正直なところで。本当にありがとうございますという想いですね。

会社の方に呼ばれて、どっちかだなと思ったんです。退団しなさいか、君トップになりなさいか。やめなさいの方が可能性は高いなと思ったぐらいだったんですよ(笑)。たくさんの方の思いがあって、私が今この立場に立たせていただいている。ちゃんと舞台上で返せるように、しっかり芸事を磨いでいって、もちろん劇団員を引っ張っていくというのも含めて、しっかりと務めようというのが印象に残っているところです。

この立場に立たせていただいてから見えた景色というのもありますので、特別専科にいってからは、それも含めてOSKが100周年、それ以上、たくさんの方に知っていただくための力になれたらなと思っています。楽しいと思ってもらうためには、まず見てもらうことですので。

桐生麻耶

桐生麻耶

――「トップになって見えた景色」というものをもう少し具体的に教えてください。解散危機やコロナ禍などたくさんのことがありましたが、総括してみていかがですか。

桐生:トップという立場になって見えた景色というのは、一つの舞台を作るにあたって、限りなくたくさんの方が動いて成り立つんだというところ。若い時は気づかないんですよね、環境が違うと思うので。そういうところは経験しないとわからないところだと思う。

あと、舞台上だったら、好きだろうが嫌いだろうが、まず真ん中を見られます。自分としてはなるべくフォーカスが真ん中から逃れないように、ただ、他の人を見ても頑張って戦っている劇団ですからね。あまり考えないようにはしているんです。どこか押しつぶされちゃうかもしれないから。支えられてしか立てない場所なのではないかと思いました。支えていただいているから強くなれたり、気づくことによって学べたりするのかなと思います。

OSKの今までに関しては、多くの人に助けていただいたからこそ今の私たちが存在している。続けていけることの有りがたさです。『春のおどり』がなかったら、もしかしたら、と考えることもあるんです。本当に助けていただいて。恩返しという意味では、いろんな方にOSKを知っていただいて、しっかりと頑張って、見て楽しかったと言っていただく。オーソドックスのところが一番難しいのですが、そういうところをしっかり向き合わないといけないんだなと思います。

コロナは誰も予想し得なかった。でもそういうことって、99年の歴史の中でも数々あったと思う。支え合いながら今があるので。それもプラスに自分たちが立つ舞台のプラスになれたらと思います。

後輩たちは、打たれ強いはず。舞台が好きでOSKに入っているという根本と向き合って話せば届くはずなので。見守れたらいいなと思います。何か口煩くということではなくて、必要なときに必要とされる人間であればいいなと思っています。

桐生麻耶

桐生麻耶

――2022年は100周年。そこに対する思いをお願いします。

桐生:なかなか100周年に出会える確率ってないですよね。1つ思うのは、もちろん続けて来てくださった上級生の方々の思いがあっての、今の私たちというところ。そこがとても大きいです。続けてきてくださった方の思いも込めて、しっかりと舞台を務められたらと思います。

解散の際の署名活動も含めてたくさんの助けてもらってのOSKなんです。なので、助けてもらってばかりで、私に何ができるんだろうと思うところもあるんですけども。100周年に関して言えば、つないでくださった上級生の方、OSKを存続させるために助けていただいた皆様のことを思います。

――ラストステージということで一つの区切りだと思います。改めて、桐生さんにとって舞台とはなんですか。

桐生:私にとっての舞台は、生きる糧。生まれて初めて自分がしたいと選んだものなので。これがなかったらどう生きていったらいいかわからないというのが正直なところです。OSKは私にとって母親であり、父親である存在です。

桐生麻耶

桐生麻耶

――トップスターは退団する通例ですが、なぜ特別専科へ行かれるという決断をされたのか。もし退団をしたら、新しい人生を考えたのではないかと思うのですが、その辺りはいかがですか。

桐生:今までOSKのトップスターだった方で、(劇団に)残られた方はいないので、私が初めてになります。私自身もどういう道を歩んでいくのか、まだ見えていない部分があるんですけれども、何よりも100周年に向けて、その先に向けて、何か少しでも私が在団することによって、少しでも力になれれば、と。何より自分自身が舞台をしたい。歌劇のOSKの舞台をまだやりたいというところですね。

もし退団していたら……。何にも浮かばないんです。悲しい人生なのかどうなのか分からないんですけど、考えつかないんです。考えなきゃダメですよね(笑)。でも今のところはありがたいことに、特別専科というところでまだ戦わせていただけるので、しっかりと必要とされる舞台人でありたいな、磨き続けたいなと思ってります。

――楊琳(やん・りん)さんが次のトップスターです。彼女への思いとエールをお聞かせください。

桐生:楊が入った頃から話しておりまして、どちらかというと息子のような存在。彼女の心の変化も見てきましたし、言えることは、一人ではできない。支えてくれる劇団員がいて、スタッフの方がいて、自分が初めて存在できる。だから、いま立場に負けることなく、変わらずに立ち続けることじゃないかなという話はしました。彼女は、笑顔でしっかり務めるはずです。

【OSK 日本歌劇団とは】
大阪松竹座の開場に合わせ、新たなジャンルの興行を模索していた松竹創業者・白井松次郎により、1922年4月に「松竹楽劇部」として大阪に誕生しました。その後、宝塚歌劇団・姉妹劇団の松竹歌劇団(SKD/1928〜96)と共に日本三代少女歌劇のひとつとして、日本のレビュー文化を牽引し、笠置シヅ子、京マチ子、秋月恵美子らスターを輩出しました。
 
なかでもスピード感あふれるラインダンスは「ロケット」とも称され、「ダンスのOSK」の象徴として、いまに受け継がれています。時代の移り変わりにより2003年5月には劇団解散の危機に直面するも、劇団員たちは「OSK存続の会」を立ち上げて活動を続けました。街頭での署名運動など地道な努力を重ね、市民劇団として見事復活を果たし、2004年には66年ぶりに大阪松竹座にて「春のおどり」を上演。公演は大成功をおさめ、OSKの再生を高らかに宣言しました。
 
以降各地で公演を行い、2013年4月には日生劇場で東京公演を実施、翌14年8月に新橋演舞場で待望の初公演『レビュー 夏のおどり』を上演。OSK 日本歌劇団は、脈々と受け継がれてきた伝統を守りつつ、劇団創立100年(2022年)に向い躍進を続けています。