下北沢の地下の一室……小劇場楽園では、2021年3月16日から本多劇場グループnext『ダム・ウェイター』が上演中である(3月28日まで)。筆者が観たのは、初日を前におこなわれたゲネプロ(総通し稽古)。そのレポートをここでお届けしよう。

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』はイギリスが誇るノーベル賞作家・劇作家、ハロルド・ピンターの初期代表作だ(1960年初演)。不条理演劇の大家として知られるピンターだが、この『ダム・ウェイター』という作品は上演時間およそ70分のふたり芝居で、決して置いてけぼりにされることなく、ほどよい難解さを楽しめる一作だったように思えた。

出演は伊礼彼方と河内大和。ミュージカルや大劇場作品を中心に活躍する伊礼と、小劇場界の名だたる演出家たちから信頼を集め、キャリアを積んできた河内。だいぶ違った畑からやって来たふたりを料理するのは、新進気鋭の演出家・大澤 遊だ。さて、小劇場楽園という“鍋”では一体どんなスープが出来上がっているのだろうか。

本来は90席ほどのキャパシティを、今回は密の回避のため、半分以下の40席に減らしての上演だ(40席とは、学生時代の演劇サークルの公演を思い出す規模である)。俳優とスタッフ陣の1ステージ1ステージを、目の前の40人にだけ捧げるという、プロデューサーなら涙目になってしまうような贅沢仕様である。ちなみに作品の権利上、本公演の配信は行われないそう。伊礼・河内のファンならもちろん、いち演劇好きとしても、このプレミア感には純粋に興奮してしまう。

舞台は簡素なベッドがふたつあるだけの殺風景な地下室。小劇場楽園は地下にあり、広さも空気感もお誂え向きだ。まるで劇場そのものが物語の一部のように機能している。そこへ男がふたり、荷物を抱えて何気なく入ってくる。バイ〜ン、とがさつにベッドに横たわるガス(伊礼)と、毛布の小さな折れ目を丁寧に直すベン(河内)、ふたりのキャラクターの違いが冒頭も冒頭でくっきりと示されるのが面白い。ふとふたりの目が合い、ニヤリと笑ったところで……暗転。静寂の中、物語が始まる。

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

ガスとベンは殺し屋で、この地下室で今夜の仕事の指令を待っている。とりとめもない雑談を交わし、ひたすら待ち続ける彼らの姿はまるでベケットの『ゴドーを待ちながら』さながら。
伊礼の演じるガスは、ひとりでやたらと陽気にしゃべり続ける“ちょっとウザい後輩”だ。ひれ伏したくなるくらいの堂々たるイケメンなのに、本作では絶妙に情けなさの漂う「小物感」をまとっており、とても『レ・ミゼラブル』のジャベール警部役を演じた俳優と同一人物とは見えがたい。しかし、いいからちょっと黙ってろ! とつい突っ込みたくなってしまう、序盤の軽妙なノリはお見事だ。

『ダム・ウェイター』伊礼彼方(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』伊礼彼方(撮影:BUN)

一方、河内演じるベンは物静かな兄貴分。何かとキッチンやトイレに立つガスに対して、彼は物語の中で出ハケが無く、常にそこにいる。身体の隅々から神経質さが滲みだし、じっと新聞を読んでいる姿の、シャンと組まれたふくらはぎにすっかり見入ってしまった。

『ダム・ウェイター』河内大和(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』河内大和(撮影:BUN)

ふたりは漫才コンビのように分かりやすくボケとツッコミの関係なのだが、ガスのボケにはどこか沈黙に怯える様子が、ベンのツッコミには何かに堪えかねているような過剰な怒りが、少しずつ顔を出してくる。その小さな緊張感を動力に、何事も起こらないままストーリーは進んでいく。そしてふたりが苛立ちながら指令を待ち続ける中、突如として部屋の奥にあるダム・ウェイターが動き出す。タイトルにもなっているダム・ウェイターとは料理昇降機(2階建ての中華料理店や居酒屋で見かけるアレ)のことである。ここをレストランの厨房とでも勘違いをしているのか、降りてきた機械の中からは、料理のオーダーが書かれたメモが……。

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

自分達には関係ない、と無視するかと思いきや、なんとふたりは大真面目にそのオーダーに応えようとする。なるほどこういう喜劇なのね! と思ったら、その考えはあっという間に裏切られる。ふたりの様子が真剣すぎて、可笑しくも怖いのである。必死でオーダーに応えるべく、自分達のなけなしの食料品まで全てダム・ウェイターに乗せて上階へ献上してしまうふたり。もう何も残っていないというのに、それでもお構いなしに降りてくるオーダーを読み上げ、悲痛な叫び声を上げるガス。こんな苦渋に満ちた「……エビフライッ……!」のセリフがあるだろうか。まあそういえば自分も、住民税の払込書を受け取るたびにこんな表情をしている気がする。

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

このふたりは、何をしているのだろうか? なぜこんな目に遭っているのだろうか? 状況は観客だけでなく、登場人物であるふたりにさえも分かっていない(これぞハロルド・ピンターの不条理節!)ただ、状況は分からなくとも、目の前にいる人の“状態”は痛いほど伝わってくるのである。ゾッとするような疲弊と閉塞感だ。置かれている状況が分からないまま物語が進むなんて、不条理演劇を見慣れてでもいないと奇妙に思うかもしれない。けれど実際に生きている中で、自分を取り巻く社会が果たしてどうなっているのか、本当に“分かっていた”ためしはあっただろうか? と自問してしまう。ピンターは明確に政治的テーマを描いた作品も多く、一貫してひとりひとりの想像力・意思の力の大切さを訴えてきた劇作家だ。少し自分のいる世界に引き寄せて見ることは、解釈の道しるべになるのではないだろうか。

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

指令を下す存在についてなのか、この部屋についてなのか、「聞きたいことがある」と何度も切り出すガスと、疑問を封殺しようとするベン。次第にループし始める会話にハッとする。もしやこのふたりはもうずっと以前から、どうしようもなく張り詰めた極限状態だったのか……そんな疑念が核心に変わりつつあるころ、物語はひとつの出口を得る。ついに或る指令が下るのである。ふたりの殺し屋が一体どんな結末を迎え、舞台はどんな景色で幕を閉じるのか、ぜひ目撃してほしい。

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

客席はガスのベッド越しに舞台を見る「ガスside」と、ベンのベッド越しに見る「ベンside」の2面に分かれており、今回は「ベンside」で観劇した。見る位置によってまた新たな発見がありそうなのが興味深い。伊礼・河内の熱演がスープの具材だとするなら、リアルな音響やストイックな照明、そしてこの劇場空間がしっかりと下味を構成していると言えるだろう。

俳優と観客とで70分密やかに分かち合う、しびれるほどの緊張感。これぞ小劇場の醍醐味ではないだろうか。『ダム・ウェイター』、美味しくいただいて、少しだけゾッとする70分を味わってみては。

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

『ダム・ウェイター』(撮影:BUN)

取材・文=小杉美香