歌舞伎俳優の中村芝翫が、2021年4月3日(土)開幕の『四月大歌舞伎』の第二部で『絵本太功記』に出演する。本作はNHK大河ドラマ『麒麟がくる』でも話題となった明智光秀の最期を題材とした義太夫狂言の名作だ。芝翫は、主人公の武智光秀を勤める。開幕に先駆けて芝翫が、公演への意気込み、そしてこの時期だからこその時代物への思いを取材会で語った。

■光秀は大きく勤めるお役です

初役は2005年11月の国立劇場。当初は十二世市川團十郎 が出演する予定だったが、療養生活に入り、代わって芝翫が光秀を勤めた。

「成田屋のお兄さまの病室にうかがい、光秀を教えていただきました。光秀は色々なことを考えず、とにかく大きく勤めるお役。舞台稽古の日には病室からお出ましいただき、すべての動きをそこで教えてくださいました」

その時の思い出として「お兄さまはゲームがお好きでしたから、当時新しく発売されたものをお持ちしたところ、ずっとゲームをなさっていて(笑) 。時間も限られている中でしたので『お兄さん、そろそろ光秀を』と申しましたら『それはもう、ご自分でなさってください』なんておっしゃるんです」と、懐かし気に笑った。

初役の時、真柴久吉を勤めたのは名女方の父の七世芝翫だった。「結構立役が好きだったんですよね」と芝翫は笑う。

初役の時、真柴久吉を勤めたのは名女方の父の七世芝翫だった。「結構立役が好きだったんですよね」と芝翫は笑う。

『絵本太功記』全十三段のうち、歌舞伎では十段目「尼ヶ崎閑居の場」のみ上演することが多い。しかし芝翫は初役の時、十段目より前の場面も勤めている。

「十段目だけを勤めていたら、役をどう掴んだら良いか試行錯誤するところでしたが、幸い私は初役の時に、十段目に至るまでの光秀の苦しみ、葛藤をやらせていただくことができました。尊敬する紀尾井町のおじさま (二世尾上松緑)は、初役の時より2度目、3度目の方が難しいんだよともおっしゃっていましたので、3度目の今回、肝に銘じて勤めたいです」

■様々な光秀、先人たちの工夫

色々な役者の光秀を調べる中で気づいたことがあった。

「紀尾井町のおじさまもおっしゃっていましたが、これほど色々なやり方のある役はありません。先人が工夫を重ねたお役であると分かります」

光秀は藪の中から異様なオーラで現われ出る。見どころのひとつだ。

「河内屋のおじさま(三世實川延若)の光秀は記憶に残っています。ベロを横に出してみせる見得が好きでした。紀尾井町のおじさまづてにお聞きした、中村竹三郎さん(五世中村歌右衛門の弟子)のお話によると、四代目の芝翫は登場したところでカッとベロを(正面に)出していたそうです。藪から出てきて顔を上げ、竹やりを作り中に入り……。無言の動きが(なんとなくで)流れてはいけません。そこに光秀の緻密さが滲み出ていなくてはいけないと思っています」

『絵本太功記』武智光秀=中村芝翫(平成29年2月歌舞伎座) /(C)松竹

『絵本太功記』武智光秀=中村芝翫(平成29年2月歌舞伎座) /(C)松竹

顔(化粧)は、「痩せ隈」と呼ばれる隈取だ。額の傷は、光秀が小田春長(モデルは織田信長)に鉄扇で打たれて出来たものという設定。芝翫は、正面からみて「ノ」の字の向きで描いている。

「(白塗りにした)後から藍色の隈を取るのではなく、顔をする前に墨ですべて輪郭をとり、その上から白粉を塗ります。すると擦れたり汗をかくことで、後から隈がふわっと滲み出てくるんです。額の傷の痕は(左右の向きは)どちらでも良いと教わりました。演じる役者によりカーブが違います」

■クライマックスは大落し

クライマックスは、不覚にも母を殺め、息子が死に瀕し、嘆く妻を前に、光秀が込み上げてくる感情と対峙する場面で、「大落し(おおおとし)」と呼ばれている。

「ひとつの悲しみではありません。自分のしたことが正しかったか悪しくあったか。子の死を思い、母を思い、すべてが重なり、あの大落しにつながります。女々しく泣いて涙がこぼれるのではなく、耐え忍ばなくてはなりません。紀尾井町のおじさまは体を揺らすように、(初世)白鸚のおじさまは歯を食いしばるように演じてらっしゃいました」

中村芝翫

中村芝翫

「光秀というお役は、発散する芝居ではありません。本当に息を詰めてやっています。ずっと座ったまま、自分の心との闘いです。私は光秀を勤める時、拵えをして早めに屋台(セット)の後ろに座り、自分の出番を待ち気持ちを作ります」

■時代が違えば光秀も

身内からも逆臣として扱われる光秀の心情を、芝翫は「肚の中ではその辺りも消化しているのでは」と考察する。

「“三代相恩の主君でなく……討ち取つたるは我が器量……女、童の知る処ならず” とも言っています。自分のしたことにしっかりと考えがあり、正しいことをしたという思いがあるのでしょうね」

史実の明智光秀については、どのような印象をもっているのだろうか。

「地元の方々に愛されていたとも伝わります。信長とは合わなかったけれども、皆に愛された人だったのではないでしょうか。優れていても、野球でいうなら時代の流れで4番打者になれない人がいます。戦国武将も同じように、時代にぴたりとあった人が、その時の名将知将になる。時代が少し違えば、光秀も違っていたかもしれません。光秀さんは、持仏としてお地蔵さまをお持ちだったそうです。私もお地蔵さまを持っております。逆賊のイメージがある光秀さんですが、人間らしい魅力を感じます」

■時代物をより楽しんでもらうために

取材会の中で、芝翫が「古典が本当に好きだから」と切り出したのは、時代物の上演スタイルについての思いだった。

「来月の『絵本太功記』や今月の『熊谷陣屋』のような時代物も、物語のはじめから上演すれば、筋は分かるものなんです。上演時間内に全ストーリーを上手く入れ込むことができれば、お客様にもっと親切なお芝居ができるのではないかと感じています。今は(上演されない前段の流れや設定も)“みんな知ってるでしょ?” という前提です。そのせいで、何も知らずに観たら、この人がどうしてここに? 急に出てきたこの人って? と困ってしまいますよね(笑) 」

中村芝翫

中村芝翫

コロナ禍の中で興行をつづけるための取り組みから、気づきも得た。

「2月の『奥州安達原』(三段目『袖萩祭文』)は、20時までに終演できるよう皆で協力して、カットする部分は最小限に、(話をスピーディに)運んでいきました。物語に省略してよい場所はなく、すべて必要なものとは思いますが、運びの良さを考えるなら、そのような体制も必要かもしれません。芝翫を襲名して5年がたち、僕自身、古典が本当に好きですので、そのようなことも考えるようになりました」

■ 兄・福助への思い

芝翫の兄、中村福助は2013年に病に倒れ、術後は壮絶なリハビリ生活を経て、2018年に奇跡の舞台復帰を果たした。取材会では芝翫と福助の関係の良さも垣間見られた。

「年中、朝昼晩とLINEでやりとりをしております(笑)。先ほども“これから取材会に行ってきます”と送りましたところ、“がんばってね”と。福助の病気がはやく良くなり、どうにか歌右衛門を襲名できたらとも思います。最近はお芝居に出る機会もあり、兄も元気になってまいりました」

(左から)中村福助、中村児太郎。『中村福助 児太郎 今ここにいること』(25日まで購入・視聴可能)

(左から)中村福助、中村児太郎。『中村福助 児太郎 今ここにいること』(25日まで購入・視聴可能)

3月19日(金)から25日(木)までの1週間、配信特別番組『中村福助 児太郎 今ここにいること』が配信される。福助の舞台復帰までの道のり、新作舞踊、詩の暗誦などが収められている。

「そのような準備をしているとは知りませんでしたので、予告編を見せてもらった時はびっくりしました。“兄ちゃん、よくあそこまで露出したな” と。ティンカーベルがいて魔法の粉で、兄をフっと治してくれたらいいのになんて思ってしまいます。お時間よろしければぜひ見てやってください」

また芝翫自身は、3月22日(月)20時より特別生配信トークライブ『時代劇づくりの裏側 第2回』(28日までアーカイブ購入・視聴可能)に出演する。芝翫は時代劇にも多数出演してきた。

「家康も秀吉も信長も三成も光秀もやりました(笑)。一番好きな戦国武将は、家康です。耐えて耐えての忍耐力。そして知的に、ずる賢くなれたらいいなという憧れもあります。どんな話になるのか、僕も楽しみでいます」 

歌舞伎俳優・中村芝翫と時代劇研究家・春日太一による、特別生配信トークライブも配信開始!

歌舞伎俳優・中村芝翫と時代劇研究家・春日太一による、特別生配信トークライブも配信開始!

『四月大歌舞伎』の配役は、光秀の妻の操に中村魁春、母の皐月を中村東蔵、息子の十次郎に尾上菊之助、十次郎の許嫁・初菊に中村梅枝、そして真柴久吉に中村扇雀、佐藤正清を坂東彌十郎。

「以前から、スペクタクルや現代に通じる新作がお客様の目をひいてきました。しかし古典の時代物が、私は大好きです。このような状況だからこそ、素晴らしい時代物の役にしっかりと取り組みたいと考えています。お客様がお越しになりやすい第二部で任せていただけたことは、大変にありがたいことと感謝しております」

芝翫が光秀を勤める『絵本太功記』は、4月3日(土)から28日(水)までの上演。
 

取材・文・撮影(取材会)=塚田史香