三好十郎が劇作家活動の初期に書き上げた大長編『斬られの仙太』が、2021年4月6日(火)〜25日(日)新国立劇場小劇場にて上演される。

同劇場の小川絵梨子演劇芸術監督が就任1年目から行っている、フルーオーディション企画の第三弾として上演される今作は、シリーズ「人を思うちから」の第一弾の上演作品でもある。常陸の国の農民・仙太郎が幕末の動乱に巻き込まれて、尊王攘夷派である水戸天狗党の斬り込み隊長として次第にその名を高めて行く物語は、農民や博徒、武士や芸者などさまざまな身分の人が登場し、それぞれの生きる様を鮮烈に描いている。オーディションで選ばれた16名の出演者が、総勢80名以上にのぼる登場人物をいかに演じ分けるかが重要になってくるだろう。

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

この大作の演出に挑むのは、2017年に文学座アトリエ公演で三好の『冒した者』を演出して以降、今作の演出を熱望していたという上村聡史。長さはもちろんのこと、戯曲の内包する熱量も圧倒的な今作を上村がどのように演出してみせるのか、期待が高まる。

本番迫る稽古場で、第三幕の通し稽古を見学した。

稽古場に入ってまず驚かされたのは、舞台用語で「八百屋」と呼ばれる、舞台奥から客席側に向かってなだらかな下り坂になっているような傾斜のついた舞台セットだ。その美しさに見惚れながらも、八百屋舞台は役者にとっては平らな舞台に比べてかなり過酷であることを思うと、現在発表されている予定上演時間が4時間30分(休憩2回含む)ということも含めて役者の身体が少し心配になった。しかしそんな心配をよそに、稽古開始前に自主稽古をしていた役者たちは、舞台セット上を傾斜を感じさせない身のこなしで軽やかに歩き回っていた。舞台セットを体になじませることも、役者にとっては重要なことだと改めて感じさせてくれた。

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

第三幕は、天狗党が挙兵したことを読売り(原川浩明)が触れ回るところから始まる。当たり前だが、当時はテレビやラジオ、インターネットやSNSなどなく、何かニュースがあれば瓦版が出回ったり、人から人へと口伝えで広がっていった時代だ。人づての情報というのは明らかに精度は落ちるが、そこには人と人の触れ合いがあり、活気が生まれていた。物語の本筋に大きく関わるわけではないが、当時の町の賑わいと情景が視覚と聴覚で楽しむことができ、休憩明けの観客の気持ちを一気に幕末に引き戻す重要な役割を担っている場面だ。

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

さて、場面は仙太郎(伊達暁)が恩義を感じている甚伍左(青山勝)の娘、お妙(浅野令子)の家へと移る。天狗党の隊員である今井(内田健介)が、共に戦に行こうと仙太郎を誘うのだが、天狗党に入ったことで本来ならば斬りたくない人間を、自分の手で斬ってしまったり仲間によって斬られてしまったりした仙太郎は、一緒に行くことを拒んでいる。

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

仙太郎を慕ってついてきた芸者のお蔦(陽月華)も含め、登場人物たちそれぞれの思いが複雑に絡み合う。誰もが自分の信じるより良い未来に向かいたいだけなのに、一人ひとりが微妙に異なる方向を向いており、時には対立し合う。農民だから、武士だから、天狗党の一員だから、というくくりには決して収まらない、誰が善で誰が悪か単純に割り切れない人物の魅力が伝わってくるのは、三好十郎の個々のキャラクターに対する深い愛情と洞察力によるものだろう。

第三幕では、仙太郎がどのような決断をするのか、「斬られの仙太」と呼ばれる所以は何なのか、といったところが明らかにされ、クライマックスを迎える。上村の演出には、戯曲の力と役者の力を的確に引き出すうまさがある。全体を通して、静と動の緩急が絶妙で、そこからにじみ出すダイナミズムが見る者を物語の世界に引き付ける。熱い思いがほとばしるセリフを、役者たちがいずれも腹の据わった力強さで表現しており、上村の演出にしっかり応えていると感じられた。

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

幕末に起きたいくつもの尊王攘夷運動の中で、水戸天狗党は藩士のみならず郷士や村役人、農民といった人々が参加していることが大きな特徴である。世の中を動かすのは藩士だけではないのだ、自分には自分の生き方があり誇りもある、という民衆の思いが水戸天狗党の大きな原動力のひとつであったことは間違いない。だからこそ三好十郎は天狗党に心ひかれ、戯曲のモチーフにしたのだろう。

上演予定時間だけを見ると観劇をためらう人もいるかもしれないが、ひとたび観始めれば今作の持つパワーに魅了され、それほど長さを感じない舞台になっていることを期待したい。激動の時代に巻き込まれて天狗党に参加しながらも、農民としての思いを決して忘れなかった仙太郎の生きざまと彼を取り巻く人々の思いは、今を生きる私たちの心にも響いてくるはずだ。

舞台『斬られの仙太』稽古場より

舞台『斬られの仙太』稽古場より

取材・文・撮影=久田絢子