2019年に東京・歌舞伎座で初演され、2020年にシネマ歌舞伎となった『三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち』が、2021年5月1日(土)にCS衛星放送で放送される。脚本・演出は三谷幸喜、出演は松本幸四郎ほか。

時代は、鎖国中の江戸時代。大黒屋光太夫(幸四郎)は船で伊勢を出発するが、江戸に向かう途中で嵐にあう。17人の乗組員たちと海を漂流すること8か月後。ついに辿り着いた陸地は、ロシアの辺境の島だった。広大なロシアで終わりのみえない旅がはじまる。

テレビ初放送に先駆けて幸四郎がリモート取材に応じた。

■シネマ歌舞伎として、新たな魅力を

幸四郎と三谷のタッグは、PARCO歌舞伎『決闘!高田馬場』以来13 年ぶり。

「三谷さんには全信頼をおいています。三谷さんがみなもと太郎さんの漫画『風雲児たち』を題材に、とおっしゃるならば、それが正解だと思いました。ただ、物語の設定が船の上かロシアかです。歌舞伎座で歌舞伎にすると、一体どうなるのだろうかと。不安というよりは、想像できないからこその興奮がありました」

三谷は、あて書きで脚本を書くことで知られている。そして生まれたキャラクターには、1人ひとりにドラマがある。その魅力は歌舞伎となっても健在だ。

左から松本白鸚、松本幸四郎。光太夫が原作に忠実に髭を蓄えているのは、幸四郎の発案なのだそう。

左から松本白鸚、松本幸四郎。光太夫が原作に忠実に髭を蓄えているのは、幸四郎の発案なのだそう。

「台本が上がってきた時点で、作品として出来あがっていました。三谷さんは、ここはこう喋ってください…等の演出はあまりされません。ですが、できあがった舞台には三谷さんのお芝居としての色合いが出ています。見えない糸で三谷作品に操られているようです。今映像で観てみると『あの時はすごいテンションでやっていたのだな』と感じます」

テレビ放送されるのは、三谷自らが編集に参加したシネマ歌舞伎版だ。歌舞伎座で上演された時より、約40分短くなっている。

「映像化においても、ぜひ三谷さんに関わっていただきたいと思っていました。映画監督でもある三谷さんです。映画館でお見せする作品として新たに捉え、シネマ歌舞伎にしたとおっしゃっていました。舞台とは違ったテンポ感や展開の仕方が気持ち良いです。映像であれば、大胆に切れる部分があったのでしょうね。舞台では味わえない、シネマ歌舞伎としての新作が誕生したと感じました」

松本白鸚は、経験豊富な船おやじの三五郎と、軍人であり女帝エカテリーナの側近でもあるポチョムキンの2役を勤めた。市川猿之助は圧倒的な存在感のエカテリーナと乗組員の庄蔵を、片岡愛之助はニヒルな乗組員の新蔵を勤めた。また長男の市川染五郎や歌舞伎界以外からの八嶋智人の出演も話題となった。

左から市川猿之助、松本幸四郎、八嶋智人。エカテリーナの圧倒的な女帝感!

左から市川猿之助、松本幸四郎、八嶋智人。エカテリーナの圧倒的な女帝感!

「染五郎には大きなチャンスとなりました。八嶋さんがご出演くださったことも大きいです。八嶋さんは初日が明けてから千穐楽まで、染五郎に毎日1つ『今日はこうやってみようよ』と課題を出し、舞台袖で見ていてくださいました。染五郎は、表現すること、役になりきることを経験できたのではないでしょうか。聞いたところによると、千穐楽に染五郎は泣いていたそうです。作品に対し、そのような思いになれたことは大きな経験。これを生かすも殺すも、これからの本人次第ですね。頑張ってもらいたいです」

幸四郎自身は役が決まってまもなく、大黒屋光太夫記念館(三重県)に足を運んだという。

「あの時代、ロシアまで漂流した日本人は他にもいたそうです。しかし日本に帰ってきたのは、光太夫だけだったそうです。当時のロシアは、鎖国中の日本の情報を得て外交のカードとするべく、流れ着いた日本人に良い待遇をしたそうで、帰られなかった人だけでなく、帰らない判断をした人もいたと。そんな中で唯一帰ってきた光太夫ですが、帰国後に外交関係や開国運動で活躍したり、英雄になったりはしませんでした。人とすぐに友達になれた方だったそうですが、決して俺についてこい! というタイプではなく、ただロシアに漂流してしまっただけの人なんですね。英雄と言われたけれど英雄として生きたわけではない。これがキーワードであり、彼の魅力だと思いました」

■歌舞伎の表現を信じ、三谷に託す

歌舞伎座で上演時に客席を沸かせ、シネマ歌舞伎でも見どころの1つとなっているのが、シベリアを疾走する犬ぞりのシーンだ。この場面にも幸四郎のアイデアが反映されている。

「三谷さんは当初、馬を想定されていました。でも(歌舞伎の小道具を取り扱う)藤浪小道具さんに、馬が10頭もないと分かり、犬に変更しました。その後、劇中の宮殿のシーンの所作指導で元宝塚歌劇団トップ娘役の麻乃佳世さんが稽古場にいらしていたので、犬にも振りを付けていただき、三谷さんにOKをいただきました!」

犬の衣装は、当初、顔が完全に隠れるタイプの着ぐるみだったという。

「犬は花道も使い、舞台でも動き回ります。視野が狭いし息も苦しい。いつの間にか振りも付いていて……(笑)(※付けるよう差し向けたのは幸四郎)。そこで役者の顔が見えるタイプになりました。いかにも着ぐるみですが、リアルではない表現で堂々とやることも、歌舞伎の手法です。例えば書き割りもですよね。決して写真のようには見えませんし、絵にしか見えない。けれども背景として、芝居の中では外の景色に見えたり、暑く見えたり寒く見えたりします。歌舞伎の不思議で面白い部分です」

もふもふとしたシベリアンハスキーたちの、疾走感あふれる群舞に注目したい。

もふもふとしたシベリアンハスキーたちの、疾走感あふれる群舞に注目したい。

歌舞伎の要素が、歌舞伎のそれと分からないほど自然に作品の中で機能する。しかし幸四郎は、『三谷かぶき』をいかに歌舞伎らしくするかを意識したわけではないとも語っていた。

「歌舞伎座で、三谷さんのお芝居をみてみませんか、という気持ちで取り組みました。我々にある歌舞伎の表現方法を信じて、歌舞伎にしようというよりは、すごいお芝居にしようという気持ちで作りました」

■必死になるほど滑稽に。哀しいけれど涙が出る。

大黒屋光太夫は、井上靖の小説『おろしや国酔夢譚』でも題材となっている実在の人物だ。

「実在の人物が題材なら、漫画を原作とせずに歌舞伎を作ることもできました。それでも絶望を通り越して笑うしかない。人間、必死になればなるほど滑稽になる。哀しいけれども笑いが出る。それを描いたのがみなもとさんの『風雲児たち』であり、これを演出の方向性にしたいと考えたのが三谷さんでした」

劇中では、義太夫が滑稽さと悲哀をさらに際立たせる。哀しさと可笑しさが極まる場面の一例として、幸四郎は、猿之助のひとり語りのシーンを思い起こす。

「毎日本当に泣いてしまいました。猿之助さんは、毎日違うことを言うんです。あの上手さ、切なさ。強烈に記憶に残っています。(アドリブは三谷からのリクエストだったのか問われ)猿之助さんの暴走だと思います(笑)。素晴らしい暴走でした」

取材中、記者から「映像の中の満席の客席や大向うが懐かしい」との感想もあった。

「1年違っていたら誕生しなかった作品ですね。はるか昔にも思えますが、決して思い出話にしたくありません。またこのような芝居をしたいと思ったら、今でも作れると思っています。これからも新たな歌舞伎が誕生するために、どんな状況でも前に進んでいく。進化の途中だと捉えています。大事なのは、自分が何をしたいか。そのために何ができるか。どうすればできるか。この順番で考えていくことではないでしょうか。この条件下で何ができるか…からではなく、自分が何をしたいかをまず思うこと。それをがんばっていくしかないと思っています」

終わりの見えない過酷な旅の中でも、諦めることなく、皆で日本に帰ろうと声をかけ続けた大黒屋光太夫の姿は、コロナ禍にあっても、折にふれて「次に舞台に立つ時は、誰ひとり欠けることなく皆で再開したい」とコメントし、歌舞伎俳優としての挑戦を仕掛け続けた幸四郎と重なるものがある。『三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち』は、CS衛星劇場で5月1日(土)午後5時より初放送、その後のスケジュールは「衛星劇場」の公式サイトで確認を。