サー・キャメロン・マッキントッシュがプロデュースを手掛けるミュージカル『オリバー!』が、2021年9月〜12月に東京・大阪で上演される。イギリスの国民的作家チャールズ・ディケンズの『オリバー・ツイスト』を原作とした本作は、1960年にウエストエンドで初演されて以降、繰り返し上演され世界中で愛され続けてきた。

本作で主演を務める市村正親(Wキャスト:武田真治)が演じるのは、少年スリ集団の親玉として子どもたちをまとめあげる悪党、フェイギンだ。これまでにジョナサン・プライス(『ミス・サイゴン』初演エンジニア役等で二度のトニー賞最優秀男優賞受賞)やローワン・アトキンソン(『Mr.ビーン』のキャラクターで日本でも馴染み深い名コメディアン)といった世界の名優が演じてきたこの役に、はたしてどう臨むのか。1973年に劇団四季の舞台に立ってから早48年。間もなく役者人生50年を迎える市村に、ミュージカル『オリバー!』出演に向けての想いを聞いた。

「真治がWキャストと聞いたとき、愛だなと思った」

――まず、出演が決まったときのお気持ちを聞かせてください。

フェイギンがすごくおもしろい役なので、久々に僕の本領発揮できるんじゃないかなという気がしています。あとは大勢の子どもたちとの出会いが楽しみです。彼らと一緒に作品を作って芝居をすることで、すごく力をもらえるんじゃないかなあ。逆に僕は「いやあ市村っておもしろいな、すごいな」と思ってもらえるものを作っていかなくてはいけない。シェイクスピア作品に出演するのと同じくらいの気持ちで、楽しんで作っていきたいと思っています。

市村正親

市村正親

――稽古前ではありますが、フェイギン役にどのように取り組もうと考えていらっしゃいますか?

言葉で言うのは難しいけれど……フェイギンは自分の周りの人や状況をしっかり把握し観察している人。何か動いたときに瞬時に反応できるくらい研ぎ澄まされた感覚を持っていなくちゃいけない。そして自分勝手な夢を持って生きているやつ。

そもそも何で僕がこの世界に入ったのかと言うと、他人の人生をたかだか2、3時間の間に生きることができる舞台空間が好きだから。今回は『オリバー!』の舞台となるロンドンで、貧困と戦っていく人々の一人としてフェイギンを生きることになります。子どもたちと一緒にどういう生き方ができるのか、楽しみではありますね。

――フェイギン役は武田真治さんがWキャストとなります。市村さんと武田さんは『スウィーニー・トッド』『スクルージ』『ロックンロール』等の舞台で共演されてきました。

真治がWキャストと聞いたとき、愛だなと思ったんです。初共演の『スウィーニー・トッド』(2007年)の頃は正直とっつきにくかったけれど、段々と打ち解けていきました。『スクルージ』でボブ・クラチット役をやらないかということは、こちらから真治に持ちかけたんですよ。あいつの役者としての資質は知っているし、きっと真治にしかできないフェイギンを作ってくると思います。彼は心の中に修羅をもっている人間だから、おもしろいし、筋肉体操だし(笑)。僕は僕で、僕にしかできないフェイギンを作るつもり。だから、お客様にとっては全然違う2人がWキャストでおもしろいんじゃないかな。

市村正親

市村正親

――他の共演者の方々もとても豪華ですね!

鈴木壮麻とは劇団四季を卒業してから初めての共演になります。北村岳子は四季時代からの仲で、伊東えりちゃんは『ミス・サイゴン』初演の頃からかな。それに、はまめぐ(濱田めぐみ)とソニンがWキャストでしょう。変わったところでは、芋洗坂係長や小野寺昭さんなど普段ミュージカルではお会いしなそうな方たちもいらっしゃる。アンサンブルキャストはこれまで何度も共演してきた子が多いし、良いファミリーになるんじゃないでしょうか。

――市村さんは取材時によくアンサンブルキャストについて触れることが多い印象です。

僕だって元々は劇団四季のアンサンブル。群衆の一人から始まりました。やっぱりアンサンブルの方も苦労をしているし、実力はあるけれどなかなか役と出会えないこともあります。でもね、段々役がついてくるんですよ。それはやっぱり嬉しいですね。今回ビル・サイクスを演じる原慎一郎くん(Wキャスト)も大抜擢だもんなあ。役者を50年もやっていると、そういう感動もありますね。

ファントム、エンジニア、その集大成がフェイギン

――本作はキャメロン・マッキントッシュがプロデュースを手掛ける最新版ということですが、その点についてはいかがですか?

楽しみにしています。音楽、舞台装置、振付、演出、全てにおいてね。『メリー・ポピンズ』とはまた違う、どっちかというと『レ・ミゼラブル』に近い色合いの作品になると思います。ロンドンの作品の照明って、すごくいいんですよ。ニューヨークはガンガン明かりをつけちゃうんだけど(笑)、ロンドンではいろんな光を使っていろんな色を持たせる力があるんです。非常にきれいな舞台になるんじゃないかなあ。

市村正親

市村正親

――市村さんはこれまでに『キャッツ』『オペラ座の怪人』『ミス・サイゴン』と、マッキントッシュさんのプロデュース作品に出演されてきました。彼がプロデュースする作品の魅力を教えてください。

全ておもしろい! 観ていて飽きない! そしてゴージャス! マッキントッシュも初めて会った頃は髪の毛真っ黒だったのに、今では真っ白だもんねえ。彼と親交を深めたのは1988年『オペラ座の怪人』の日本初演の頃からだから、もう30年以上の仲。彼はプロデュースするときにちゃんと適役を持ってきてくれる人です。

『オペラ座の怪人』ではマッキントッシュではなく演出のハロルド・プリンスが僕を選んだけれど、『ミス・サイゴン』ではマッキントッシュと演出のニコラス・ハイトナーが僕を選んだ。オーディション会場に入った瞬間、ロンドンから来ているスタッフたちから「あ、エンジニアが入ってきた!」という声が聞こえました。そして『オリバー!』はマッキントッシュからの直のご指名。3本とも大きな作品で、僕を変えた役でもあります。今思えば、彼らが『オペラ座の怪人』と『ミス・サイゴン』という作品を通して僕のことを鍛えてくれたのかもしれません。そうして鍛えた僕をフェイギンに仕向けたという感じがしています。ファントムは急に怒ることもあれば切なさもある。エンジニアみたいに強気な部分もあれば滑稽な部分もある。その集大成がフェイギンになるのかなって思うんです。

――マッキントッシュさんが市村さんをフェイギン役に指名したのは、そのような考えがあってのことということでしょうか?

だと思いますね。彼は僕のエンジニア役を何回も観ているし、実は何年も前から「ロンドンに『オリバー!』を観に来てくれ」ってしょっちゅう言われていたんです。でも観に行ったらやらざるを得ないじゃないですか。もし僕がやると言ってもどこが主催するのかっていう問題もありますし……だからなるべくそういうお誘いを蹴っていたんです。「家族全員を招待するから来てくれ」とも言われたけど、家族全員世話になったら絶対やらなくちゃいけないでしょう?(笑)。そしたら、2018年に上演された『メリー・ポピンズ』を観に来たマッキントッシュに「今度はお前で行くからな」って日本で言われちゃったの! 劇場のロビーでさ。せっかく僕がロンドンを避けていたのに(笑)。

市村正親

市村正親

今、舞台で子どもたちと出会う意味

――最近は感染症対策もあって小規模なカンパニーの作品が増えている傾向がありますが、『オリバー!』にはたくさんの方が出演されます。大きなカンパニーならではの魅力はどんなところにあると思いますか?

今この時期だからこそ、舞台で活き活きしているものを観るのはお客様にとって一番幸せな状態なんじゃないかなと思います。『メリー・ポピンズ』や『ビリー・エリオット』もそうだったけれど、生命力や躍動感が感じられて、活き活きしているって言うのかな。みんなそれぞれの人生の中で、精一杯生きている人たちの話ですよね。

――本作には子役が多く出演しますが、市村さんは普段どのように子役と接しているのでしょうか?

共演者でありながらも、子どもたちにとってはいい兄貴だったり、いいお父さんだったりという部分も大事なのかなと思います。これが初舞台という子もいるでしょうし、そういう子たちにはプロの現場というものをしっかり見せないといけないな、と。お芝居をするときはしっかり交流するけれど、それ以外はあんまりベタベタするのは避けようと思っています。みんなでワイワイキャーキャーするのではなく、個人の場所にも入っていかない。それは一人の俳優として尊重したいし、プロの世界を見せなくちゃいけないと思っているから。

市村正親

市村正親

――『オリバー!』に出演する子どもたちには、どんなことを期待されますか?

やっぱりエネルギッシュに生きてほしいですね。この作品のオーディションに受かった子たちには、キラキラ輝いて生きてほしいとも思います。随分前に出演した『スクルージ』にいた子役で、ちょっと変わったやつがいたんですよ。そいつも今では大きくなってねえ。森山未來っていうんです(笑)。

今回も作品を通じていろんな子どもたちと出会うので、その子たちの将来がどうなっていくかもとても楽しみですね。こうして大勢の子どもたちと僕が出会うことができるというのは、何か意味があるような気がするんです。人間には限りがあるし、僕ももうそんなに長く生きていく人間じゃありません。72年生きて間もなく役者人生50年になろうとする俳優を「まだこの男はもがいてるぜ、輝いてるぜ」と子どもたちに見せるために、『オリバー!』という作品に出会ったのかもしれません。蜷川(幸雄)さんが亡くなってしまったから、彼の代わりに神様が上で采配してくださっているのかなあ。「子どもたちの前で手は抜けないだろ市村!」って、神様が言っているような気がするんですよ。

取材・文=松村 蘭(らんねえ) 撮影=中田智章