ツアー発光帯
2021.5.18 Zepp Tokyo

偉い人の話を聞かなきゃいけないとか、あらたまった場に出席しないといけないとか、どうしても体が強ばってしまう場面に遭遇することがある。そんな時間が長く続いた後で、そこから抜け出すことができたら、つい両手を高く上げて背筋を伸ばし、何だったら「ウアーッ」なんて声も出してしまうだろう。
そういう心の声を聴いた気がする夜になった。


最寄りの駅からZepp Tokyoに向かうと、大手自動車会社が運営するアトラクションスペースを通ることになる。そこは平時には、たとえ平日の夜ではあっても子供連れや若いカップルが楽しそうに声をあげているのだが、今はもちろん休業となっている。小雨模様の天候もあわせ、今という時代の暗く沈んだ空気をあらためて感じた後、Zeppにたどり着くと、会場の中では対照的に古いジャズ音楽が気持ちを盛り上げてくれる。生きてりゃいろいろあるけど悪いことばかりじゃないさ、なんて感じの調子だけれど、さてどうだろうか?


定刻、ゆっくりと永積崇がステージに登場。ひとしきり拍手を煽った後で、静かに話し始めた。

「僕は、東京でのワンマンは去年の春以来なんですけど、お客さんのなかにもライブが本当に久しぶりという方がいらっしゃると思うんです。それでね、ちょっと隣りに座ってる方を見てみてください」

客席がざわざわとして、おそらくは互いに顔を見合わせたからだろう、会場の空気が少し和んだ。そして、再び永積の話。

「途中で、どうしても窮屈な感じになったら、遠慮せずに外に出てくださいね。換気のために扉も開けてあるから、扉を開ける音を気にしなくていいんで」

大事なインフォメーションを伝えたら、あとはリビングルーム・コンサートへご招待。僕の家に来たような気分になってくれたらいいからと話す永積は、まずギターとのデュオ・スタイルで♪君の街♪の夕日を思い浮かべることから始めた。「on & on」だ。ちょっと不思議なくらい、彼が歌う言葉の一つひとつが明瞭に耳に馴染み、そしてすんなりと胸に落ちていく。この曲は、物理的に隔たっている人に歌を届けて、近くに感じたいと歌うのだけれど、それは多分ライブという時間に、あるいはその空間に身を浸すことから隔たってしまっているであろうオーディエンスの気持ちを、その特別な時間と空間に引き入れる1曲でもあったはずだ。ただ、その手際があくまで穏やかでゆったりとしている。勢い任せにしないその流儀は、やはり強ばった気持ちにありがたい。


3曲目の「賑やかな日々」が終わると、ギターに付けなければいけないカポタストを忘れているのに気がついて、「こういうのを忘れちゃうんだよねえ」とマイクを通して話してからマイペースに笑う。きっと彼もまた、ライブという時間と空間に馴染み直しているのだろう。そんな時、奥田民生と共作した曲「僕のBUDDY!!」の大股でどんどん歩いていくような軽快な8ビートが始まりバンドの演奏も、そして客席の空気も一気にオープンになった。


続くMCではこの日のライブの柱でもある最新アルバム『発光帯』の、そのタイトルに込めた想いをていねいに話し、タイトルチューン「発光帯」からの3曲でこの日の最初のクライマックスが訪れた。人々の日々の営みを遠景で捉えたような「発光帯」から、カメラは近景に切り替わって「家族の風景」で暮らしの温もりまで伝え、そして「ハンキーパンキー」。アメリカーナ音楽にも通じるアーシーな手触りの演奏に乗って、永積の歌は日々の暮らしをくぐり抜けていく、しかしカメラでは映し出せないナイーブな心象を浮かび上がらせてみせた。

ここでバンドのメンバーはいったん退いて、永積の弾き語りコーナー。ここまで演ってきたおかげでかなりリビングルーム感が出てきた永積は、小沢健二の「いちょう並木のセレナーデ」を隣に座った仲間に“ちょっと聴いてよ”とでも言うような感じでさらりと披露。さらに「きみはぼくのともだち」と続いたところで、オーディエンスは誰も、永積の温かな手が自分の気持ちのいちばん繊細な部分に優しく触れてきたことを感じただろう。そして、強ばった気持ちは、いよいよほぐれていく。


再びバンドのメンバーが加わって、「サヨナラCOLOR」を聴かせた頃には十分に解放され、程よく温まっていた。そこに火がついたのは、「大安〜Peace Tree〜オアシス〜大安」のメドレーに「今夜はブギーバック」まで織り込まれたあたりか。オーディエンスは“もう我慢できない!”とばかりに総立ちとなり、横に揺れ始める。「独自のLIFE」「Quiet Light」と続いた終盤、永積のコールに熱い無言の身振りのレスポンスを返して、客席の熱はさらに高まっていった。

「声、出さなくても来るよね」

短い言葉で魂の交歓を確認した永積は、《僕ら切なくなるくらい/いつだって自由なんだぜ》と歌って、本編を締めくくった。


アンコールは「明日天気になれ」、それにチャップリンの手による名曲「Smile」のカバーという2曲。もうすっかり心は晴れたし、笑顔にもなった先に聴くこの2曲で、明日からもずっとそうあってほしいという永積の想いをしっかり受け止めて、久しぶりの特別な時間は幕を閉じた。

心が伸びをした後だから、例のアトラクションスペースに人影がないことも寂しく思わないし、音もなく降る小雨は温まった肌を心地よく濡らす。気持ちのいちばん深いところに穏やかな温もりがいつまでも感じられた一夜だった。

取材・文=兼田達矢 撮影=田中聖太郎