松本幸四郎が、歌舞伎座『八月花形歌舞伎』の第三部で、『義賢最期』に出演する。2021年8月3日(火)より歌舞伎座で上演される。開幕に先駆けて、幸四郎が取材会に出席した。歌舞伎座は、2020年にコロナ禍の影響による5か月間の休場を経て、2020年8月に興行を再開した。取材会で幸四郎は、『義賢最期』への意気込みとともに、現在の状況下での歌舞伎興行について思いを語った。

■初役で挑む『義賢最期』

『義賢最期』は、『源平布引滝』全五段のうち、二段目にあたる物語だ。幸四郎は、初役で木曽先生義賢を勤める。

「『義賢最期』は、2020年4月、幸四郎襲名の披露演目として、香川県琴平町の金丸座でやらせていただく予定でした。披露演目で初役は珍しいことですが、『籠釣瓶花街酔醒』に『廓文章 吉田屋』、そして『義賢最期』と。やらせていただけるありがたさと同時に、自分の勇気にあきれるところもあります(笑)。金丸座の披露興行が中止となったことは、大変残念に思っています。今回、歌舞伎座でやらせていただくこととなり、いつも以上に色々な思いはありますが、再びご縁をいただけたことを嬉しく思います」

役は、片岡仁左衛門に習っている。

「義賢といえば、松嶋屋のおじさま(仁左衛門)の姿、立廻りの格好良さ。強烈に印象に残っています」

義賢は、死闘の末に力尽き、仏像のように直立のまま倒れる“仏倒し”となる。

「仏倒しのやり方を教えていただいた時は、感動しました。コツや技に、なるほど! と興奮しました。ですが、この役で意識するのは、義太夫狂言の力強さです」

義賢の扮装の松本幸四郎。「この拵えに、どれだけ負けない自分でいられるかですね」とも語っていた。 撮影:加藤孝

義賢の扮装の松本幸四郎。「この拵えに、どれだけ負けない自分でいられるかですね」とも語っていた。 撮影:加藤孝

「音の使い方を徹底しなくては、成立しない演目です。どれだけ思いを、言葉にのせられるか。それによって台詞回しができるものです。思いより先に、台詞回しに気がいってしまっては、言葉に気持ちがのりません。同時に、いくら感情的台詞でも、音としてきれいでなくてはいけません。それが歌舞伎の演技術だと、松嶋屋のおじさまは言われます。どの音が高く、どの音が低いか。強い音、細い音、大きい音、小さい音……と、細かく教えてくださいます。教えていただいた上で、おじさまのお芝居を拝見したのですが、演技の計算がみえてくることは、全くありませんでした。すごい技です」

美しさは、音だけに求められるものではないようだ。別の役を習った時、仁左衛門が「悪い人の役であっても、お客様に嫌いと思われてはいけない」と言っていたと、幸四郎は明かす。

「悪い人だけれど、危険でどこか格好良いと思われるように。美しさは、歌舞伎のひとつのキーワードだと思っています。血だらけになっても、そこに必ず美しさがあるように。義賢も、"滅びゆく美"として、勤めたいです」

■『八月花形歌舞伎』では、染五郎と團子の『三社祭』も

『八月花形歌舞伎』第三部では、『義賢最期』の他に、中村歌昇、中村隼人、坂東新悟が出演する『伊達競曲輪鞘當(だてくらべくるわのさやあて)』、そして幸四郎の長男・市川染五郎、市川中車の長男・市川團子による、『三社祭』も上演される。

「歌舞伎座で『三社祭』をやらせていただく、最年少じゃないでしょうか。昨日も、汗をかいて稽古していました。染五郎がお扇子を破くわ、團子ちゃんが股引を破くわしていましたね(笑)。このようなチャンスをいただいたのですから、身体を痛めつけて稽古して、今後上演回数を重ねていく、その最初の1回になるよう、勤めてほしいです」

「できることなら代わってやりたい。私がやりたいくらい!」と幸四郎。

「できることなら代わってやりたい。私がやりたいくらい!」と幸四郎。

夏休み期間中とあり、『義賢最期』には、染五郎と團子よりもさらに若い世代も出演する。中村梅枝の長男・小川大晴と、中村歌昇の長男・小川綜真だ。ふたりはWキャストで、太郎吉を勤める。ふたりを見て、自分自身の子どもの頃を思い出すことがあるのでは、と問われると、幸四郎は「それは……ないですね」と答え、「ちょっと違うから」と説明した。

「子どもの頃、僕は成駒屋のおじさま(六代目歌右衛門)に、"変わった子だねえ"と言われた記憶があります。おじさまの舞台稽古中に、それを客席の一番後ろの方から見ようとしたのか、僕は、本舞台から花道を通って客席へ向かったんです。でも『通ってはいけない』と言われ、驚いたんですよね。(歌舞伎の約束事で)黒子の頭巾をちゃんと下ろしているのに……黒は見えないはずなのに! って(一同笑)。そんな子ども時代の自分に比べれば、今は、すごく正しいお子様ばかりです!」

■歌舞伎座の再開から、まもなく1年

コロナ禍の影響で、2020年3月から5か月間、歌舞伎の公演は中止された。

「その時に考えたのは、役者だけでなく、歌舞伎に関わるすべての方々の、手を休めてはいけないということでした。人の体は、2週間寝たきりになると歩くことさえ難しくなりますよね。手を動かさなければ、失われてしまう技術があると思うんです」

そんな危機感から幸四郎は、オンライン配信による映像の歌舞伎『図夢歌舞伎(ずぅむかぶき)』を、立ち上げた。

「人を集めることなく多くの人で創り、人を集めることなく多くの人に観てもらう。そんな歌舞伎ができないか……という思いから、『図夢歌舞伎』に行きつきました。従来の歌舞伎とは異なり、どこでも好きなところから、好きな時間に、好きなところまで観られる歌舞伎です。これからも生で見る歌舞伎とは別のものとして、存在し続けるものだと思っています」

『図夢歌舞伎』は、2020年6月に第一弾『忠臣蔵』がリリースされ、第一回から第五回まで配信した。幸四郎は構成・演出・出演を勤めた。

『図夢歌舞伎』は、2020年6月に第一弾『忠臣蔵』がリリースされ、第一回から第五回まで配信した。幸四郎は構成・演出・出演を勤めた。

そして同年8月、歌舞伎座が『八月花形歌舞伎』で興行を再開した。幸四郎は、第四部『与話情浮名横櫛』に出演。ソーシャルディスタンスを意識した、演出の変更などが話題となった。

「劇場の再開には、今も賛否あると思います。それでも、興行を再開すると決めていただいたことで、我々役者は、お芝居ができます。ありがたいことです。待っていたと、言ってくださるお客様がいたことも、ありがたかったです。コロナ禍でなくとも、舞台に立てることは、本当にありがたいこと。明日は舞台がないかもしれない、という一日一日の連続ですから、千穐楽を一座全員で迎えられることへの思いは、いつも以上に強いです」

10月には、国立劇場が再開した。幸四郎は、新作歌舞伎『幸希芝居遊(さちねがうしばいごっこ)』を上演した。歌舞伎の人気キャラクターや名場面が詰め込まれた、遊び心溢れる作品だった。

2020年12月には『図夢歌舞伎』の第二弾『弥次喜多』が、市川猿之助の演出で制作された。幸四郎は主人公の弥次さんを勤めた。

2020年12月には『図夢歌舞伎』の第二弾『弥次喜多』が、市川猿之助の演出で制作された。幸四郎は主人公の弥次さんを勤めた。

「(九代目澤村)宗十郎のおじさまが上演した『跳後夢吹寄(はねてのちゆめのふきよせ)』をヒントにしました。上演時間に制限がある中で、色々演じることができ、色々見ていただけるお芝居はどうでしょうかと提案したところ、『新作ですか?』と言われました。まあ、そういうことになるのでしょうか……と(笑)。歌舞伎にはたくさんの引き出しがあります。それを生かしたいと思いました」

■白鸚、吉右衛門と「約束したこと」

悔しさを吐露したのは、『四月大歌舞伎』についてのことだった。父の松本白鸚と幸四郎のダブルキャストで、『勧進帳』弁慶が話題となった興行だ。3度目の緊急事態宣言が発令され、白鸚、幸四郎とも、自身の千穐楽を目前にしながら、4月の興行が打ち切られた。

「中止となるその日に、中止と聞きました。泣きましたね。この状況下では、言ってはいけないことかもしれませんが、正直、悔しかったです」

白鸚は、1か月の興行では史上最年長となる78歳での弁慶を勤めていた。

「父は、弁慶を1000回以上勤めてきましたし、僕は何百回とみてきました。しかし、今、弁慶をやると決断した父の思いを考えると、やはり悔しかったです。予定されていた全公演をやってほしかったです」

一瞬目線を落とした幸四郎だが、すぐに明るい顔を見せた。

「父には、次はダブルキャストではなく1か月やってください、とお願いしました。それは約束しましたので!」

病気療養中のおじ、中村吉右衛門の復帰を待つ声には、次のように答えた。

「おじの吉右衛門は、かねてより『80歳で弁慶を』と言っております。これも約束したことですから!」

幸四郎の頼もしいコメントが、場の空気を温めていた。

■半歩でも前へ、常に前進を

歌舞伎座は、公演日程の短縮こそあったものの、12か月連続で、毎月の興行を行ってきた。1年を振り返るコメントを求められると、「たしかに再開から1年ですが、『まだまだ』というのが実感」と幸四郎は切り出した。

「過去の話ではありませんので、まだ振り返る段階ではないように思います。今でも、上演時間や演目の選び方や、限られているところがあります。距離をとるために、古典の演出を変更することもありますし、大向うも再開されていません。何かやり方があるのでは……と思ったり。それでも1年、歌舞伎の興行を開け続けてこられたことが、次のステップになればと思います」

“次のステップ”に、幸四郎は、どんな挑戦を思い描くのだろうか。

「古典の演目に手を入れることも、挑戦と言えます。以前は、昼夜二部制で、一度に3、4演目を観ていただくことができました。現在は、半分程度の公演時間です。では、上演時間が限られるからといって、もともと短いお芝居しかできないのか。そうではありません。上演に一日かかる通し狂言を、2時間にしてみたり。単なるダイジェストではなく、発想の自由さで、2時間のものを1時間にしてみたり。凝縮されることで、伝わりやすくなる演目もあるように思います。古典には、そのような積み重ねで、『よくぞこの一幕だけで成立させた!』という演目がいくつもありますから。演目、そして公演形態を見直すなど。維持ではなく、半歩でも前に。常に前進していくことを、考えたいです」

歌舞伎座『八月花形歌舞伎』は、2021年8月3日(火)〜28日(土)の上演。

コロナ後の変化を問われ、「山口(俊投手。読売巨人軍)が戻ってきました」と、真顔で話しはじめる一幕も。

コロナ後の変化を問われ、「山口(俊投手。読売巨人軍)が戻ってきました」と、真顔で話しはじめる一幕も。

取材・文・撮影=塚田史香