2021年8月3日(火)より歌舞伎座『八月花形歌舞伎』で、中村鶴松が『真景累ケ淵(しんけいかさねがふち) 豊志賀の死』に出演し、新吉役を勤める。新吉の師匠・豊志賀を中村七之助が、お久を中村児太郎、噺家さん蝶に中村勘九郎、伯父の勘蔵に中村扇雀という配役。大抜擢と言える配役の鶴松が、公演に向けて意気込みを語った。

■歌舞伎座の8月公演に大抜擢

初役で新吉を勤める鶴松。役が決まったときを、次のように振り返る。

「勘九郎の兄、七之助の兄たちとの会話からポッと出たんです。『8月の演目は何にしようか』という話から、七之助さんが『そういえば、あなた(鶴松)は『豊志賀』の新吉をやったら絶対に合うと思うよ?』と言ってくださり、勘九郎さんも『そう思ってた!』と。その場で、松竹さんに連絡をしてくださいました。でも僕は、その役は決まらないと思っていたんです。『豊志賀の死』は、ほとんど新吉が主役のようなお芝居だからです。歌舞伎座という大きな舞台で、自分がやらせていただけるわけないと思って。ですから、数日後に決定のご連絡をいただいた時は、本当に驚きました。同時に、恐れとプレッシャーを感じました」

中村鶴松

中村鶴松

『真景累ケ淵』は、近代落語の祖と言われる、三遊亭圓朝の口演をもとにした怪談噺だ。旗本の深見新左衛門が、高利貸の鍼医・皆川宗悦を斬殺したことから、両家の代々に悲劇が及ぶ長編物語だ。『豊志賀の死』は、その中の1エピソードとなる。

「皆川宗悦がいて、深見新左衛門がいて……。新吉と豊志賀が、親からの因縁を受け継いでいるところをしっかりお見せしたいです」

■人生、経験のすべてが芝居に出る役

立役と女方、どちらもこなす鶴松だが、近年は女方の機会が多い。しかし今回は、世話物で立役だ。

「このお芝居の台詞は、どれも掛け合いです。台詞はあるけれど、どれも捨て台詞(アドリブ)のようなお芝居です。新吉の佇まいや空気感を、自然と出すことが大切ですね。このような役の経験がないので、怖い部分はありますが、一生忘れられない役になると思います。プレッシャーは感じますが、できるだけそれを意識せず、できることをやるだけです」

作品への理解を深めるべく、移動中も落語を聞いているという。

中村鶴松

中村鶴松

「七之助の兄からも、落語をたくさん聞くことだと言われております。古今亭志ん朝師匠を聞いています。前から落語は聞いていましたが、時間がある時は、寄席にも行きます。落語の間や息づかいは難しいですね。舞台ですから掛け合いは当たり前です。でも、このお芝居は、それが顕著ではないでしょうか。すべての台詞が掛け合いで、作らず、自然に、普通にやるのは、本当に難しいです。一人間として歩んできた人生、経験のすべてが芝居に表れるのだと思います。それは稽古で身につくものではありません。今は、何も考えなくても新吉の芝居ができるよう、落語をずっと流し、耳から体に音を沁みこませるようにしています」

■テイストの異なる、新吉と豊志賀

過去には、十八世勘三郎の新吉と七世中村芝翫の豊志賀、勘九郎(当時勘太郎)の新吉と中村福助の豊志賀といった配役で上演されている。

「勘三郎さんと神谷町(芝翫)のお芝居と、勘九郎の兄と福助さんのお芝居では、テイストの違いを感じます。勘三郎さんたちのお芝居は、映像で拝見しました。ストレートにお芝居をされているという印象です。勘九郎のお兄さんたちは、お客様を楽しませ、笑わせる、変化球の工夫をされているように感じました。七之助の兄に、今回どうするか相談したところ、『神谷町の豊志賀は素晴らしいけれど、今回はお客様に笑って楽しんでいただくのも良いのでは』と。福助さんのような豊志賀で、やるそうです」

豊志賀は、20歳ばかり年下の新吉と親密な関係だったが、顔が醜く腫れる病におかされる。新吉の心が離れていくことを恐れ、さらに新吉と弟子のお久の仲を疑い、嫉妬しはじめる。

中村鶴松

中村鶴松

「豊志賀への態度にも、少し違いがありますね。勘三郎さんの新吉は、まだ豊志賀への愛情が残っている時期に見えます。勘九郎さんの新吉は、もう豊志賀に疲れ、愛想を尽かしてしまってからのように感じられました。どれが正解ということではなく、どの状況の2人を切り取るかなのだと思っています」

嫉妬のせいで、ますます病んでいく豊志賀。新吉の助けなしには起き上がることさえ、ままならなくなるが……。そんな怪談噺が上演されるのも、8月の興行ならでは。

「落語から作られた歌舞伎ですから、怪談でも笑いがあります。今年の8月の第二部は、『豊志賀の死』と『仇ゆめ』です。勘三郎さんと坂東三津五郎さんが、はじめられた頃の納涼歌舞伎を彷彿させますね」

今でこそ、1日三部制の『八月納涼歌舞伎(昨年、今年は『八月花形歌舞伎』)』は、8月の歌舞伎座の恒例となっている。1990年に勘三郎、三津五郎の呼びかけで『八月納涼歌舞伎』がはじまる以前の31年間、8月の歌舞伎座では毎年、歌舞伎以外のステージが上演されていた。

中村鶴松

中村鶴松

「あの頃の納涼歌舞伎では、若手に大きな役がつきましたから、中村児太郎さんや中村橋之助さん、中村虎之介さんたちと​、『今年の納涼は、何をやるんだろうね』とワクワクしていたことを覚えています。そんな8月に、歌舞伎座という大舞台で、新吉という役を『あいつにやらせてみよう』と思っていただけた。ここで良いものをおみせできなければ……というプレッシャーも感じますが、役者人生のターニングポイントになると思っています」

■僕は毎日工夫したい

勘九郎と七之助が、鶴松に新吉役を提案したのは、今年の勘三郎の誕生日だったという。一般の家庭に生まれ、10歳で中村勘三郎の部屋子となった鶴松にとって、勘三郎は歌舞伎における父親のような存在だ。

「勘三郎さんには、しょっちゅう怒られ、何度も辞めちまえと言われました。中学一年生で、大人の役はまだできず女方の声も出せない、とにかく何もできなかった時期の12月公演、僕は、毎日怒鳴られていたのですが、クリスマスに『厳しく言ったけれど、役者として成長してもらうため。一日一日、あなたのお役はよくなっているよ』と書かれたカードを頂いて。今でも大切にしている、宝物です」

中村鶴松

中村鶴松

勘三郎に教わったことの中で、特に印象に残る言葉を問われると、鶴松は「大事なのはここだよ」と胸を叩いた。

「心で演じるんだよ、とずっと言われていました。お芝居中でも、もし誰かが躓いたら、役の心で当たり前に、手を差し伸べてあげられる臨機応変さがなければ、勤まりません。芝居は生モノ。今日と明日が同じになるわけではないよ、とも。昔から歌舞伎は、初日から3日目までは、お客様の反応をみつつ芝居を試したり、変更をしてもいいと言われています。でも僕は、4日目からも、毎日工夫したいです。特に新吉のようなお役は、七之助のお兄さんやお客様が揃った中で試して、初めて分かることがたくさんあるはずです」

これはコクーン歌舞伎での経験とも繋がる実感のようだ。

「コクーン歌舞伎では、いつも多くの刺激と学びがあります。ひとつの演目を、1か月集中して稽古できるだけでなく、古典の歌舞伎を新たな演出で上演するので、古典を深堀りして勉強することができます。いつもご一緒する(コクーン歌舞伎常連の)笹野高史さんは、毎日毎日、工夫されています。歌舞伎の方ではないのに、あれだけ馴染んでいらっしゃる。それは研究して工夫されてきたからこそではないでしょうか。いつも非常に刺激をいただいています」

■役者の生まれではないけれど

今後は、女方と立役、どちらの道を進むのだろうか。

「まだどちらにも振り切れていません。坂東玉三郎さんからは、『どちらかに早く決めた方が良い。両方できたのは十七代目(勘三郎)だけだよ』と言われました(苦笑)。自分でも分かってはいるのですが……」

振り切れない理由は、子ども心に残る、勘三郎の姿があるからだ。

「女方の方が、身体的にはあっているのかもしれません。でも、心のどこかに『勘三郎さんがやっていた、あのお役を』という、ヒーローへの憧れみたいなものもあるんです。勘三郎さんは、とても愛嬌のある方でした。得意とされた演目も、『高坏』や『身替座禅』といった愛嬌のある役です。『歌舞伎座さよなら公演』の『助六』の、通人は忘れられません。あの空気、台詞の上手さ。出てきただけで舞台が明るく、お客様も自然と笑顔になりました。僕は、愛嬌の部分を勉強していけないだろうかと考えています。兄たちが言ってくれたように、新吉が僕に似合うのかはまだ分かりませんが、勉強したいジャンルなんです。今回のお役をいただけたことを、本当に嬉しく思います」

中村鶴松

中村鶴松

コロナ禍の劇場公演中止、そして歌舞伎の興行が再開してから自身の出演が決まるまでは、気持ちが滅入る時期もあったという。

「なにくそと思うことは、いくらでもあります。それでも歌舞伎役者を続けていられるのは、歌舞伎を好きな気持ちと、勘三郎さんに恩返しをという思いがあるからです。勘三郎さんは、『お前は役者の生まれではないけれど、先祖は絶対役者だった』と言ってくれました。『歌舞伎界の戦力になってくれよ』とも、ずっと言ってくれていました。歌舞伎の家の生まれではない僕の名前がチラシにのることだって、普通ならば、ありえないことです。これだけ色々な、大きな役をやらせていただいているのも、僕が子どもだった頃に、勘三郎さんが色々やってくださったおかげ。勘三郎さんに、『お前を歌舞伎の世界に入れて良かった』と思っていただける役者になることが、勘三郎の父への恩返しだと思っています」

歌舞伎座の『八月花形歌舞伎』は、8月3日(火)から28日(土)まで、1日三部制での上演となる。