ここ数年、東南アジアを旅し、リサーチした伝統芸能や文化をベースに創作を続けてきた振付家・ダンサーの北村明子が、初めて子ども向け作品に挑むという。KAATの夏の人気シリーズ、KAATキッズ・プログラム 2021『ククノチ テクテク マナツノ ボウケン』がそれ(2021年7月19日までKAAT神奈川芸術劇場 大スタジオで上演)。舞台美術には、自然と生き物をモチーフに身体や生命について訴えかける作品を手がけてきた現代美術家・大小島真木。こちらも舞台は初挑戦だという。もともと美術家とのコラボレーションをしてみたいと考えていた北村が「一目で恋に落ちた」のが大小島作品。そんな二人が『ククノチ テクテク マナツノ ボウケン』を語った。

――お二人が一緒にクリエイションすることになった「馴れ初め」から教えてください。

北村 KAATさんからキッズプログラムのお話をいただいたときに、予てから美術家の方と一緒に創作してみたいと思っていたことをお伝えしたんです。KAATのキュレーターさんと以前から仲が良く、また私の作品も観てくださっていたこともあり、私がやるならと美術家さんを何人かご紹介いただきました。そのときに大小島さんの作品を拝見して、一気に恋に落ちて(笑)。大小島さんの作品には私が持っているけど出せない世界も内包されていると感じ、ご一緒したいとお願いしたんです。また作品を拝見していると想像がいろんなところにジャンプできるのも素敵でした。私の作品は「子どもには向かないから挑戦だ」と芸術監督の長塚(圭史)さんもおっしゃっていて(笑)、そういう意味ですごく力をお借りできそうだと確信しましたね。

――大小島さんのところにはどういうお話があったわけですか?

大小島 私もそのキュレーターさんのことは以前からよく存じ上げていて、昨年の6月ごろに「舞台美術なんですけど、興味ありますか」と打診をいただいたんです。それまで舞台美術を担当したこともなかったですし、舞台は時間芸術でもあって私が普段行っている作品展示とは組み立て方がまるっきり異なるので、「私で大丈夫かな?」と当初は思ったんですけど、北村さんの作品を拝見したときに、生と死をコインの裏表のように表現されているように感じて、純粋に魅了されたんですよね。同時にこういう作品をつくる方がキッズプログラムに挑戦したらどういうものができあがるんだろうという興味も湧いてきて、思い切ってお引き受けすることにしました。ロゴスを超えたところでどれくらい心に届く表現をできるか、めっちゃ頑張らなきゃと思って今現在に至っています。

"L’oeil de la Baleine /鯨の目 " パリ・アクアリウム、フランス Aquarium of Paris Cineaqua, Paris, France Year 2019/Photo by Serge Koutchinsky

"L’oeil de la Baleine /鯨の目 " パリ・アクアリウム、フランス Aquarium of Paris Cineaqua, Paris, France Year 2019/Photo by Serge Koutchinsky

――余談ですけど僕も、大小島さんのクジラの作品大好きです。

大小島 それも不思議なご縁で、フランスの海洋調査船に乗ってのレジデンス・プログラムで、科学者と一緒に2カ月半リサーチしたときにクジラの遺体と出会ったんです。皮が溶けて、脂肪が浮き出ていて、それが神様のようにいろんな生き物に食べられながらどこかに帰っていくようなところを見てしまって、それを見た責任に突き動かされるようにつくったのがあの「鯨の目」シリーズだったんです。そうした物事の成り立ちみたいなところを含めて「やりたい」という力が沸き起こってくることがあり、そういう意味で言えば、今回も北村さんの踊りを見たことがすべての始まりだったと言えるかもしれません。

北村 クジラにも心打たれたんですよね。改めて死というものが美しくもグロテスクにもかわいらしくもあるんだと感じました。身近な人たちの死と向かい合ったときに、それを消化するのにずいぶん時間がかかったんです。こういうことは今後も慣れるとか、消化しやすくなるということはないですよね。でもそういった経験の中で思うことは、死というものをもっと違う形で捉えたいというか、生とのつながりを感じたいということでした。もちろん実際の死をそう捉えるのは難しいけれど、大小島さんの作品をきっかけに、ダンスで捉えていた死生観とはまた違う視点をいただけたんですね。

大小島 私自身も5歳ごろ、おばあちゃんが脳梗塞で倒れて、20年間ずっと家族で介護をしていたんです。家族のことを認識できず、自分で立ち上がることもできないおばあちゃんの姿は、私の目には彼女がだんだんあちら側に行こうとしている過程のようにも見えていました。そういう過程を間近に見ながら、死ぬことと生きることに対して私なりに想いを深めていったんですが、もう一つ、中学くらいのときに、身体がなくなって、精神だけでずっと光の道を進み続けているような夢をよく見ていたんですよね。それはとても怖い夢で、その夢を見ていたことで、私には永遠の生というものがとても恐ろしいものに思えていました。もちろん死ぬことも怖い。もっと言えば、生と死の境さえわからない。おばあちゃんは本当に生きていると言えるのか、それがすごくもどかしくて。でも、それでも彼女は自分の力で食べ物を消化して最後まで生き続けたわけです。結局、答えはわからないままで、私は作品制作を通してその答えにならない問答をずっと続けているような感触もあります。考えていることを表現するのではなく、何か表現をすることで私たちは考えている。それによって歩んでいける。そんな気がしています。

稽古場より 撮影:大洞博靖

稽古場より 撮影:大洞博靖

――長く北村作品を見ていたものとしては、大小島さんもおっしゃいましたが、子ども向けの作品にチャレンジするということが新鮮でした。

北村 しばらくは打ち合わせをしつつも、自分が創作するのではなく、長塚さんがつくるキッズプログラムの振付の依頼が来たんだと勘違いしていて(苦笑)。大丈夫なのかなとは思いましたが、打ち合わせを重ねるうちに子ども向けだからといって、自分のカラーを変えなくてもいいんだと思い始めましたね。だから根幹の気持ちとしては子ども向けとは思ってないんです。むしろ、自分たち世代を含め、誰もが持つ純粋な“子ども心”を一斉に働かせる大切な、貴重な時間なんだなと感じています。

大小島 北村さんとお仕事していて、私も子ども向けだからと言ってなめちゃいけない、むしろ子ども向けだからこそできるギリギリの表現があるんじゃないかなと感じています。

――「夏休み、子どもたちは大好きだったおばあちゃんに会いに、とある公園からボウケンに出かけると、森の精霊たちの導きで木の神様ククノチと出会う。子どもたちは様々なボウケンを経て、自然や祖先などの関わりを学び、現代に戻ってゆく」という物語の設定もありますが、これはどなたが考えたのですか?

北村 私です。物語があるものは得意ではないので最後まで粘ったんですけど、長塚さんに「物語があったほうがいいかも」とぽろっと言われて、思い直したんです。既存の絵本などを探したんですけど、なかなかフィットするものがなく、参考にしたのは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」でした。物語を考えたのは私ですと言いましたが、大小島さんの映像作品を拝見していて、物語の大枠をつくっておけば、大小島作品が物語を進めてくれるんじゃないかと。だから二人でつくっていると言うべきでした(笑)。

――大小島さんは舞台美術を考えるのにどこからアプローチされたんですか。

大小島 北村さんから、ククノチが死者を迎える、生と死の世界を行き来して戻ってくる、お盆に冒険をする、などいくつかキーワードをいただいたので、私がつくってきたものとどうやって掛け合わせられるか素材をお見せしながらお話ししたんですね。その中に、子どもたちがふとした瞬間にあちらの世界に行ってしまい、さまざまな体験をして戻ってくるという設定で、生と死が表裏一体であることを表すような作品があって。北村さんのアイデアを骨組みとしながら、私の作品でそこに肉を付けていった感じです。

――普段の作品づくりと舞台美術とでは、似ているところと似ていないところとあるかと思うんです。

大小島 展示なんかだと私が主体的に決めていくことが多いんです。でも今回はみんなで決めるし、みんなでつくっていく。それぞれの点がつながって、徐々に星座のように見えてくる、それが舞台のつくり方なんだなと新鮮でしたね。最初はどういうふうに決まっていくのかわからなくておろおろしていたところ、もっと提案してもいいんだよってアドバイスしてもらったりもしました。

――お稽古場で目にしたダンスはいかがでしたか?

大小島 北村さんが振付や演出をダンサーさんたちにインストールしていくところを目の当たりにしたときは、身体の動き一つで空気感がどんどん変わっていくような生の凄みを感じて、ここに美術が入るんだ、舞台ができていくんだというワクワクと緊張感を感じました。

稽古場より 撮影:大洞博靖

稽古場より 撮影:大洞博靖

――北村さんが大小島さんの舞台美術を言葉にするとどんな表現になりますか。

北村 私は「ボウケントンネル」というコンセプトを掲げているんですけど、まさにボウケントンネルみたいだなと思いました。舞台の床いっぱいに描かれたドローイング、オブジェ、映像などなど要素がいっぱいあって、それぞれが具象的にも抽象的にも見えるんです。例えばドローイングは二次元ですが、三次元を体験するようなマッピングの先導図のようで、踊っている人たちも見ている人たちも違う世界に連れていってくれる、まさに大小島作品はボウケントンネルなんですよ。そのままでも美しいなあとか楽しむことができるんですけど、想像を働かせると、いろんなものが見えてくる。イマジネーションを叩いてくれるトンネルかもしれません。踊り手にとっても、大小島作品によってこんな動きができるかもしれない、その動きはここですべきかもしれないなど、いろんなプチ世界に飛んでは戻ってこられる、どこでもドアのような存在ですね。

――では最後に大小島さん、対談を締めていただけますか(笑)。

大小島 ダンサーさんの身体が奏でる音であったり、熱気であったり、体の捻りがつくる有機的なラインであったり、横山裕章さんがつくる音楽であったり、五感のすべてに働きかけるようなさまざまな刺激が詰め込まれた舞台になるんじゃないかなと思っています。私たちが住んでいる世界は、見えないものの方が多いじゃないですか。この舞台がそういった見えないものだけれど大事なものへアクセスをして、それこそボウケントンネルによって旅に出て戻ってくる、そうすると戻ってきたときには元いた場所なのにまた違った何かがあるかもしれない、そんな多角的なまなざしを持てるような舞台となることを目指して北村さんや皆さんと頑張っています。

――大小島さんも一緒に踊ってみたくなりませんか?

北村 え?!  大小島さんも踊るんですよ

大小島 ふふふ!

北村 客席にいらっしゃる皆さんも一緒に踊っていただく時間があるんです。大人の皆さんも子ども心を解放して踊ってください。

大小島 客席の中でも上手い方になりたいので、早めにレクチャーお願いします。


取材・文:いまいこういち