劇作家にして演出家である横内謙介の代表作のひとつ『いとしの儚』。鎌倉後期の『長谷雄草紙』から横内が着想を得て書いたというこの戯曲は2000年に劇団扉座で初演後、さまざまな演出家とキャストが上演を重ねてきた、残酷で滑稽、愚かで純粋、そして何より美しい“お伽話ファンタジー”だ。今回はミュージカルからストレート・プレイまで幅広く手がけ鬼才として知られる石丸さち子が演出を担当し、女好きの博打打ち・鈴次郎を鳥越裕貴、鬼が死体から作った絶世の美女・儚に鎌滝恵利が扮するほか、辻本祐樹、山﨑晶吾、原田優一、久ヶ沢徹といった新鮮なキャストが顔を揃えることになった。都内スタジオにてビジュアル撮影が行われた直後の石丸と鳥越に、この作品への想いや意気込みなどを語ってもらった。

ーーまずは、今回の作品を演出されるにあたり、石丸さんがどう思われたかをお聞かせください。

石丸:最初に思ったこととしては、『いとしの儚』だとタイトルを聞いて「横内さんの作品じゃないか!」ということでした。横内さんとは、私のほうがひとつ年上ですけれど、早稲田大学で卒論の先生が一緒だったこともあって、キャンパスを二人で歩いたことが何度かあったなあみたいな関係だったんです。だけどこうして何年もお互いにそれぞれ演劇を生業としてきて、ここで初めて横内さんの作品を演出する時が来たんだという、その面白さがまず先にありました。そして台本を読みましたら、まあ、なんてピュアな物語だろうというのが第一印象でしたね。作家の力、そしてこの作品の持つ独特な抒情と美しさ。それも美しい人間だけを描いているわけではなく、場末の人間たちを描いている中で、その吹き溜まりの中に咲いた美しい愛情を表現できるんですから。ぜひ素敵な作品に仕上げたいなと思っております。

ーー横内さんとは、既に何かお話をされましたか。

石丸:「こういう形での再会はうれしいね」などと、メッセージのやりとりをしています。今回、出演者は6人だけで大勢の登場人物を演じてもらうことになるので、「6人だけなので、ちょっと相談にのってもらうかも」と言うと「そのことを前提で許可を出しているんだから、なんでも言って」というお言葉をいただきました(笑)。それを踏まえて、作家が書いた一番本質のところを大切にしながら面白く作っていきたいと思っています。

ーー鳥越さんは鈴次郎という役でこの作品に出ることになり、戯曲を読まれてみていかがでしたか。

鳥越:自宅でこの脚本を読んでいて、もう最初は鈴次郎のことを「本当に胸糞悪いなあ、コイツ」なんて思ったりしていたんです。だけど、最終的には純粋に人を愛すること、その綺麗な部分を知った瞬間には心が温まったというか。まさに今みんながいろいろなことに対してイライラしたり、その気持ちをどこにもぶつけられないで悶々としているような時代ですからね。そんな中でこの作品を観ていただけるというのは今、足りてないものをみなさんに提供できる作品になるんじゃないかなと感じました。

ーー石丸さんは今回の儚と鈴次郎のキャスティングは、どのような狙いで選ばれたのでしょうか。そして二人に期待することとは。

石丸:まず儚の場合は、最初からこの世の中のことを何も知らないで生まれたので。フランケンシュタイン博士が怪物を生み出したように、この鈴次郎というろくでもない男のろくでもない欲望が生み出したクリーチャーなんだけれど、鳥の刷り込みの如く親の背中を見て、鈴次郎がきったない言葉を使っていればそのきったない言葉を同じように使い、それでいながら見るものすべてが彼女には素敵に思えている。『奇跡の人』でヘレンが「ウォーター」という言葉を見つけた瞬間のように、儚にとっては世界を見つけていくことが鮮烈なんです。そしてその愛は純粋。そんな役を演じてもらうには、経験がある芝居の巧い人というよりは、まだ何も色のついていない人を選びたいと思っていたんです。そうしたら、Netflixの『愛なき森で叫べ』という作品に出ていて「わあ、この女優いいなあ!」と思っていた鎌滝恵利さんが、なんと出てくれるという! 私としては「あなたの初舞台、喜んで引き受けます!」という気持ちになりました(笑)。とにかく、ものすごく真っ直ぐで、それでいて世界に対してためらいのない女の子というイメージなので、もう、この作品にはピッタリの方だと思いました。そして、そんな彼女に翻弄されていく鳥越くんの姿が早くも楽しみで仕方がないです。演出家と女優と二人三脚で、鳥越くんを思いきり翻弄していきたいと思っています(笑)。「君に、今まで舞台上で味わったことのない感情を味わわせてあげる!」というつもりで私は今、準備をしています。

ーー鳥越さんは鈴次郎という役を演じることについて、今どんな想いでいらっしゃいますか。

鳥越:そうですね、僕もどちらかといえば基本的にクズなほうなので(笑)。ある意味、演劇のことしか考えられないクズと言いますか。つまり鈴次郎にとっての博打が、僕には演劇みたいな感じなんです。本当に周りが見えなくなってしまうところは一緒なので、共通点としてはそこで引っ張りつつ(笑)。あと、さっきビジュアル撮影をしていたんですが、僕が撮影をしていたところ何か視線を感じるなあと思ったら、スタジオの上のフロアから鎌滝さんが「こいつはどういうものなんだ?」みたいな目でこっちを見ていて。ホントにこの人、生まれたばかりの儚みたいだなと思いましたし、何かを得よう、吸収しようという熱みたいなものをその視線から感じました。その時に、今回の舞台はきっとものすごいことになるだろう、僕も負けてられないな! と燃えるような気持ちになりました。だからなんだかもう、とにかく早く稽古がしたくて仕方がないです(笑)。それにしても、先ほどの石丸さんのコメント、アツかったですね! その想いも、この役者魂でぜひとも越えていきたいと思っています。

ーー辻本祐樹さん、山﨑晶吾さん、原田優一さん、久ヶ沢徹さんはそれぞれどんな役回りで出ていただくのですか。

石丸:今回はものすごく純粋で美しい人間のシリアスな物語を支えているのが、どうしようもない人間たちだというドラマにしたかったんです。そうしたら原田優一さんというとんでもない名優と出会えることになったので、こうなったらみんながちょっとずついろいろな役をやるよりも、それぞれ一役でいけそうなら一役で、どうしても仕方がない場面では二役の人も出てくるかもしれませんが、あとは全部原田優一さんでいいじゃないか、と思っていまして(笑)。

ーーということは、これまでの『いとしの儚』とはまるで違うイメージの舞台になりそうですね(笑)。

石丸:この物語は胸が詰まるほどシリアスで美しいものではあるのですが、私、サービス精神があるものですから(笑)、ひとりが何役も演じるという無理難題をどこまで楽しくできるかということにも挑戦したくて。それを、きっと私よりもサービス精神があるのではないかと思われる原田優一さんと一緒になって、どういう風に工夫したらこの舞台がよりお客様に楽しんで頂けるかを探りたいんです。

また、この作品には鬼という存在が出てきますが、辻本くん演じる鬼シゲというのは最初は賭場で人間のフリをしているんですが、負けが込んでくると正体を現すんです。すると周りの人間たちは「鬼だ!」と逃げていくわけです。今の時代、多様性の大切さが叫ばれる中で、こうしてみんながわーっとなって逃げる鬼というのは、じゃあどういう存在なんだろう。いつも時代時代によって忌むべき存在、禁忌の存在みたいなものがあって。でもそれを現代的にわかりやすく表現するということではなく、それが匂うようなものにしたいなと思っていたりもします。

そして鈴次郎と儚、彼らを取り巻く人間たちもとても魅力的です。この間ちょっと辻本くんと会ってお話をしたんですが、2.5次元の現実から離れた虚構現実の魅力に、今生きている自分の素の魅力を合わせて、今回は思いっきり3次元に落とし込むよと伝えました。とはいえ3次元でも現実そのままだと引いてしまうから、どこか絶対に美しくなきゃいけない、手触りを少し良くしなきゃいけない。でも美しいだけでは、お客さんは自分の物語ではなく鑑賞物として見てしまう。だから自分の恋愛体験であったり、自分が現実ではどんなことに歯を食いしばって生きているのか、そんなところをぐいぐいと揺さぶられたあとに気持ちが昇華できるようなものにしたいんです。コロナ禍で、常にお互いに距離を保たなければならなくて、人を愛すること、人と接することってどんなことだったっけと思ってしまうような現在になっていますが、やっぱり人と人が繋がることはこんなに美しいことなんだということを「バカなことしているなあ」って腹を抱えて笑ってもらいながらも、感じていただけるものにしたいですね。

(左から)鳥越裕貴、石丸さち子

(左から)鳥越裕貴、石丸さち子

ーー山﨑さんと久ヶ沢さんのキャスティングに関してはいかがですか。

石丸:山﨑さんにはキャスティングを決定する前にお会いして、ワークショップ的にセリフをしゃべってもらったりしてこの人にしようと決めたんです。最初から演劇だけをやってきた人にはないような魅力があったんですよ。彼は以前美容師で、人を美しくすることを仕事にしていたという話を聞いていて。そこからこの演劇の世界に入ってきて、まだそんなにたくさんの作品に出たわけではないですが、新しいことに挑戦したいという気概がものすごく伝わってきたんです。そしてなんと言っても美しい顔立ちをしていますから。演出家的にはそういう美しい人には、人間の汚らしいところをいっぱいやってほしくなるものなんですよ(笑)。やっぱりこの芝居に関してはそれぞれの人生も重ねながら人間を深追いしたほうが面白いと思うので、人間を深く掘り下げるという作業を山﨑さんともしたいなと思っています。そしてとにかく今回は、いろいろなタイプの寄せ集めがいいなと思ったんです。6人しかいないけど、みんな出自の違う俳優さんを集められるといいなと。演技の質も違っていたり、いつもは違う演出家のもとで活躍しているような。そういう意味では久ヶ沢さんは、どちらかというと何か少し批判精神を持った、あまりドキュメンタリーチック、リアルではない演劇に属している人という印象があったんですが、そういう人が人間の本質的な哀しみとか、慈愛に満ちた心をどういう風にポロッとこぼしてくれるんだろうということに興味が湧いてきて。もともとそういうものを出すのが巧い俳優さんもいますけど、そうではなく、本当は自分の本心を出すことが恥ずかしいからどこかでカモフラージュしたり、オブラートで包んだりして面白くしたりしつつも、ものすごくアツイものが毛穴から滲み出てくるような人がいいなと思って。それで久ヶ沢さんに出ていただきたいなと思ったんです。

ーー青鬼という役は久ヶ沢さんにとても似合いそうでいて、でもこれまで観たことのない面を出してきそうな気がしました。

石丸:そう、青鬼の記憶でこの物語は紡がれていきますからね。だって本来なら誰も相手にしないような物語ですよ、鈴次郎の人生なんて。それをこういう風に、青鬼が何度も語ってきたんだということがわかる展開になっているので。久ヶ沢さんの青鬼、すごく面白いと思います。

ーー鳥越さんは、共演者の顔ぶれをご覧になってどんな座組になりそうだと思われていますか。

鳥越:鎌滝さんと山﨑さんは初めましてです。優一さんとは先ほどちょっと撮影で会いましたけど、僕は仕えるしかない身分のような、トップの強さを感じました(笑)。座組のみんなを、いろいろと回してくださるだろうなということを感じました。そして久ヶ沢さんの鬼役、じわじわと好きになっています。たぶん稽古中も、ずっと好きなんだろうな。なんでしょうね、愛のある鬼を演じてくれそうな久ヶ沢さんを見るのが、僕は今からすごく楽しみです。辻本さんとは、僕は何度かる・ひまわりさんプロデュースの作品で共演させてもらっているので。ここでまた新しい辻本さんが見られるんだー! と思って、ファンのひとりとしても楽しみにしております。

ーーお客さんはお客さんで、新しい鳥越さんが見られるんだー! と楽しみに思われているかと思います。

鳥越:そうですね。意外と、この見ためも相まってか、元気溌剌だったり可愛い感じの役が多かったりするんですけど。実はこういう時代物で着物を着てやさぐれている役柄のほうが、自分としてはしっくりくるところがあるんです。だから今回は本当に楽しみで、とにかく早く稽古がしたいなというのが今の気持ちです。

石丸:鳥越くんに今回演じてもらうのは、夢を見ることを諦め、博打の才能以外の何もかもを失った男が純粋な愛を見つけてしまった時にどうなるか、ということなんです。さまざまな忌まわしいことを抱えていたはずが、誰かを愛することに手を伸ばしていくわけですが、こんな複雑な役を鳥越くんに演じてもらえるのが本当にうれしくって。もう、すごく期待しています!

鳥越:ふぅ〜!(笑) 石丸さんの作品は、いろいろ観させてもらっているんですけれど。この人に愛がテーマの作品を演出されたらもう、アッ! て気づくことが多いでしょうね。たぶん、石丸さんがこの演劇界に5人いれば、このご時世のさまざまな問題も余裕で乗り越えられるんじゃないかと思うくらいです。いや、ホントに(笑)。石丸さん、5人欲しいです。でもひとりでも、このパワーですから。本当に出会えて良かったなと思います、演出家としても人間としても。ありがたいです。とりあえず、稽古では自分のすべてをさらけ出し、そしてどれだけこの作品に愛を注げるかで決まってくるかと思うので。石丸さん、イコール、愛なので。僕はもう、この作品に全力で愛を注ぎます!!

石丸:今までもずっと、お客さんが最後のピースだと信じてやってきましたが……そのことがここまで実感できる時代はなかったです。そんな中で、今からこの6人と私たちとで作ろうとしている芝居のテーマは、なんて美しい愛がこの世の中にあるんだろうということ、そして誰でも夢を見るべきだということです。おぎゃーと生まれた時からずっと夢を見ていいんです。生まれた環境とか、自分が失敗してきたこととか、そんなの何も関係ない。夢を見た瞬間から、美しいものが人生に生まれるのに、鈴次郎はそれをつかめるか、つかめないか。どこか今の人たちって自分のサイズ感を自分で決めつけているところがあるけれど、もっともっといろいろなところに手を伸ばして、冒険をしてほしい。そして夢を見ただけ、その手を伸ばせる距離が長くなるんです。そうすればまた新たな出会いもあるだろうし、人生きっと面白くなる。夢というものを矮小化しないで、みんなで生きていこうよということですね。鈴次郎はもともとは人間味のある面白い男なのに、人生の道を踏み外して生きてきたんですが、最後に人並みに夢を見ることを選んだ瞬間の美しさを私は表現したい。だからお客さんも私たちと一緒に「いいんだよ! 愛していいんだよ、夢見ていいんだよ!」って、この鈴次郎を応援してやってほしくて。その、応援する気持ちがほんの少し自分自身にも跳ね返ってきて、劇場を出た時に、新しい一歩が踏み出せるような、そんな勇気につながってもらえたらと思っています。

鳥越 :『いとしの儚』石丸さち子さん演出バージョンは、より人間の原点に戻ると思います。人間の不器用さや純粋さが如実に見えてきそうで、その作品に出演できることが嬉しくてたまりません。どうしようもないクズが何かに気づく瞬間を自分がこの台本を初めて読んで味わった感覚を皆様に味わって頂けるよう、稽古に励みます。どうか、劇場で体感して頂きたいです。

取材・文=田中里津子