劇作家・秋元松代が『冥途の飛脚』をはじめとする近松門左衛門の3作品をひとつに織り上げ、蜷川幸雄が演出して大ヒットした『近松心中物語』。演劇界の金字塔とも称されるこの人気作が、新芸術監督・長塚圭史の演出で、KAAT神奈川芸術劇場2021年メインシーズンのオープニング作品として上演される。物語の軸となる飛脚宿亀屋の真面目な養子・忠兵衛を演じるのは田中哲司、忠兵衛と一目で恋に落ちる遊女梅川を演じるのは笹本玲奈。初共演となる二人に、作品への思いなどを語ってもらった。

ーー『近松心中物語』のことは以前からご存じでしたか?

笹本:はい。観たことはなかったのですが、私の中では、和物の作品といったら、いちばんに浮かんでくるのが『近松心中物語』でした。なので、最初にオファーの話を聞いた時は、何かの間違いかなと思ったんです。日本の作品自体ほとんどやったことがなくて、外国人の役ばかり演じてきた私が梅川を⁉ 長塚さんはどうして声を掛けてくださったんだろう? って。

田中:僕も『近松心中物語』のことは知っていました。蜷川スタジオにいたので、勝村政信さんが与兵衛、寺島しのぶさんがお亀を演じた時の稽古も見ていて、自分は性格的に与兵衛タイプだなと思っていたんです。だから今回のオファーを聞いた時は、自分に忠兵衛ができるのだろうかと悩みました。ただ、戯曲を読むうちに、忠兵衛は二枚目じゃなくても良いし、それよりも真面目な部分にぎゅっと焦点を絞ったほうが、ストーリーの面白さが広がるなと思えたので、その辺は吹っ切れました。

ーー戯曲の魅力については、どう感じていますか?

田中:とにかくセリフが美しいです。特に、相手のことを常に考える梅川が、なんとも健気で。雪の場面のセリフは、読んでいるだけで泣けてきます。

田中哲司

田中哲司

笹本:私もです。現代に生きる身として、二人が迎える結末には共感できないんですけれど、梅川という女性が発する言葉の一つひとつに愛情深さや人に対する思いやりというものをすごく感じますし、忠兵衛の真っすぐさもぐっときます。だからこそ、皆に愛されるんだろうなと。

田中:そんな忠兵衛・梅川と、与兵衛・お亀夫婦の対比が、またよく書かれているんですよね。(松田)龍平くんの与兵衛は、これまで演じてきた方々とは絶対に切り込み方が違うだろうし、(石橋)静河ちゃんの天真爛漫な部分はお亀にぴったり。早く二人の与兵衛・お亀を見てみたいです。

笹本:戯曲を読んでいると、与兵衛とお亀のシーンは楽しそうだな、笑いが起きるんだろうなって、ちょっと羨ましくなります。

ーー全編、昔の関西弁で書かれている点に関してはいかがでしょう?

田中:大変です。僕は三重県出身で、一応、関西圏の人間なんですが、それでも違いますから。これは丸覚えするしかないなと思って、イントネーションに関しては、平幹二朗さんの忠兵衛を映像で見て入れました。ただ、平さんも場面によって言い方が違っていたりするので、最終的にはそんなにこだわらなくてもいいのかなと。

笹本:私も、関西弁の音にあまり捉われたくはないなと思っているんです。うちは両親とも関西弁なんですが、『近松心中物語』は、普通の関西弁とはちょっと違いますし、イントネーション自体、感情によってだいぶ変わりますから。

田中:やっぱり、最終的には気持ちが大事だよね。

ーーこれまで『浮標』(2011年、2012年、2016年)、『冒した者』(2013年)、『ハングマン』(2018年)などで長塚さんの演出を受けている田中さんと、今回が初顔合わせとなる笹本さん。お二人が感じている長塚作品の魅力や長塚さんの印象を教えてください。

田中:型にはまらないところが好きですね。本番を重ねると、ある形におさまりがちになるのですが、圭史くんの演出はちょっと稽古場が見えるというか、未完成の部分が見えるんです。本番に入ってもまだ作っている途中のような、そんな感じが匂い立つ演出が好きです。

笹本:私は稽古が始まる2週間くらい前に、初めて長塚さんとたくさんお話させていただいたんですが、本当に優しい方だなという印象です。今後のお稽古のことや演出プランのことを話してくださって。こういうものにしたいという現時点でのビジョンが伝わってきましたし、稽古場でお話していく中で、面白い発見がもっとたくさんあるんだろうなと思いました。舞台美術のイメージデッサンを見せていただいたんですが、びっくりするほどシンプルで、私には思いもよらないような発想をされる方だなと感じたので。

(左から)笹本玲奈、田中哲司

(左から)笹本玲奈、田中哲司

田中:僕は、もっと素舞台でいくんじゃないかと思っていたので、逆に「こんなに作り込むんだ」と思いました。考えてみれば、『近松心中物語』には街や家の中だけじゃなく、川や雪の場面もあるので、普段よりも舞台美術が多くなるのは当然でしょうけど。

笹本:そうなんですか! 私には、映像で観た蜷川版のイメージ……あの帝国劇場のステージが狭く見えるくらい舞台装置も衣裳もカツラも豪華絢爛で、出演者もたくさんいて……という印象があったので、シンプルで驚いてしまいました。とはいえ、お話自体もシンプルなので、中身がより伝わってくるんじゃないかなと思います。

ーースチャダラパーが音楽を手掛ける点も、今回の公演の大きな特徴です。曲の印象はいかがですか?

田中:戯曲に書かれている歌詞がもともとラップっぽいので、出来上がった曲を聴いても何の違和感もなかったです。ただ、それを最初のシーンで全員で歌うそうなんです。素で歌うのは、僕はちょっと恥ずかしいかも。

笹本:かといって、役として歌う……梅川としてラップを歌うのも、ちょっと不思議な感じがします。

田中:そうだよね(笑)。個人的には、半分素で半分役者みたいな感覚で歌うと、すんなりその世界観に入れていいのかなと。その辺は演出の範囲なので、圭史くんに聞いてみてください(笑)。

ーー今回の作品に参加するにあたって、いちばん楽しみなことは何でしょう?

田中:すべてが楽しみです。和物で時代物で関西弁という、ちょっと特殊な作品ですし、そこに圭史くんがどんなアイディアを出してくるか。たぶん最初のシーンが決まれば、あとは結構スムーズに流れていくと思うんです。ただ、そこに辿り着くまでが大変そうな気がしています。また各キャストがどんな『近松心中物語』をイメージして、どういう声や言い回しや演技で表現するのか。それを見るのも楽しみです。特に、ミュージカルで活躍されている笹本さんから、どんな梅川が飛び出すんだろう? と思っていて。歌が上手い人は、音に対して敏感な耳とそれを表現できる声帯を持っているから、セリフも上手い。僕みたいな音域が狭い声とは全然違うんだろうなあ。

笹本:期待を裏切らないように頑張ります(笑)。私もすべてが楽しみなんです。芸歴は割りと長いほうだと思いますし、ドレスを着る作品なら準備するものもわかっているんですが、今回は初めてのことばかり。デビューしたてのような気分で、それこそ「お稽古場に何をもっていけばいいですか?」と聞くところから始まったような状態なんですが、それがすごく楽しくて。

笹本玲奈

笹本玲奈

田中:僕もある意味、新鮮な気持ちです。「稽古場で着る浴衣はどんなものがいいんだっけ?」とか「そうか、足袋と雪駄もいるんだ」という感じです(笑)。大学で日本舞踊の授業を3年間受けたのに、角帯の結び方をすっかり忘れていて(苦笑)。とりあえず、稽古用の浴衣を一着ネットで買ってみましたが、サイズが小さくて、結局、知り合いの知り合いの方に作ってもらいました。

笹本:悩みますよね、浴衣。私は一着目として、母のお下がりを丈を直して使っているんですけれど、あまりに久しぶりに自分で着たら、恥ずかしながら、どっちを前にして合わせるのかわからなくなってしまって、ネットで調べました(苦笑)。でもそんなこともすべて新鮮で、目がキラキラしちゃうというか、楽しいです。

ーー素敵なお二人の忠兵衛・梅川が楽しみです。横浜やKAAT神奈川芸術劇場にまつわる思い出があったら教えてください。

笹本:KAATには、以前に一度『ロッキー・ホラー・ショー』で出演させてもらったことがあります(2011年)。そこから今回の『近松心中物語』……本当に色々な作品を扱っている劇場さんなんだなあと思いますね(笑)。『ロッキー・ホラー・ショー』は、最後はお客さんも一緒に歌って踊ってライブみたいになる、ハチャメチャなミュージカルでしたから。

田中:僕は、KAATは『浮標』と『冒した者』に続いて、今回が3回目の出演になります。『浮標』の時、KAATに午前中に来て、この近辺をずーっと歩きながらセリフを覚えて、昼からの稽古に挑むという生活を毎日続けていたので、この辺には思い出があります。

笹本:それ、いいですね。海を見ながらセリフを入れるって、ちょっと素敵かも。

田中:そんなにいいもんじゃないです。辛い思い出しかない(苦笑)。もっと楽なセリフだったらよかったんだろうけど、海も灰色に見えてましたよ(笑)。

笹本:そうなんですね。私はこの近辺といえば、終演後に毎日、中華街に行っていた楽しい思い出しかないです。

田中:いいなあ。僕は中華街には全然行かなかった。あの時は酒も一滴も飲まなかったですから。今回はこの状況なので、みんなでご飯に行くのは難しいと思うけど、稽古でしっかりコミュニケーションをとりながら作っていきたいですね。新たに長塚圭史版として上演される、秋元松代先生の素晴らしい作品、『近松心中物語』。地方公演もありますので、失われつつある言葉の美しさを再発見してもらえたらなと思います。

笹本:言葉もそうですし、真っ直ぐな心、人への思いやり、親の情愛……私自身、美しさを感じたり、学ぶことがたくさんあるなと感じています。悲しいお話ではありますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

(左から)笹本玲奈、田中哲司

(左から)笹本玲奈、田中哲司

取材・文=岡﨑 香  撮影=西村彩子(SELF:PSY’S)