渋谷PARCO 4階のPARCO MUSEUM TOKYOにて、ジャン・ジュリアン(Jean Jullien)の個展『PEPER PEOPLE』が開催中だ。

本展は東京・神宮前の現代アートギャラリー・NANZUKAがキュレーションを担当。気鋭のドローイングアーティストであるジャン・ジュリアンの新作およそ50点がお目見えする。クスッと笑えて、見終わった後は少し心が軽やかになるような、愛すべき展覧会だ。ぜひ気負わずに足を踏み入れてみてほしい。

会場エントランス

会場エントランス

ジャン・ジュリアンは1983年、ナント(フランス)生まれのアーティスト。その活動は多岐にわたり、『New York Times』や『National Geographic』といった有名紙や、エルメスなどハイブランドへのイラスト提供も数多い。本展で見られるのは、彼がここ1年間、いわばコロナ禍での自粛期間中に描き上げた絵画作品たちである。

それではメディア内覧会での写真とともに、その魅力をレポートしていこう。

ペーパーピープル、爆誕

展示室の中心でぺらりと起き上がる “ペーパーピープル” は、作家の化身なのだという。厚みをほとんど持たず、気の弱そうな表情がなんとも親しみやすい。「吹けば飛ぶような薄っぺらの存在ですが……」という、アーティストの謙譲語とも受け取れそうな佇まいだ。

展示風景

展示風景

ただ壁に絵が並んでいるだけではサラッとスルーしてしまいそうだし、かと言って美術館のような大げさなチャプター分けや解説パネルは、現代アートにはふさわしくないだろう。そこで、ペーパーピープルの出番である。このペラペラ人間が言葉を使わずにナビゲートしてくれるおかげで、鑑賞者はアーティストが創作に向かう心の動きや、キャンバスに託しているものが直感的に理解できるのだ。

《Sitting Down》

《Sitting Down》

海、魚や動物、日常の一コマ……。身近なものを主題にしたドローイングの中でも、とりわけパーソナル感がにじみ出ているのは、作家自身の子どもをモデルにしたという《Les Jouets 0》だ。ちなみに「Jouets」はフランス語で「おもちゃ」という意味の言葉である。

《Les Jouets 0》

《Les Jouets 0》

極端に見下ろす視点で描かれ、画面全体が床に散らばったおもちゃで埋め尽くされている。恐竜あり、積み木あり、重機のミニカーありのパラダイス状態のはずだが、子どもはだらけた姿勢で楽しくなさそうにも見える。一見すると明るく賑やかな画面から、どんよりした倦怠感や閉塞感が漂ってくる。

溢れているのに満たされない

次に登場するペーパーピープルがじっと見つめているのも、同じく《Les Jouets》シリーズの一作だ。ただ見つめているというにしては、猿のように腰も膝も折れ曲り、姿勢が悪い。会場ではぜひ前に回り込んで、呆けたような彼の表情も見てほしい。

《Viewer》

《Viewer》

キャンバスに描かれたカラフルなおもちゃたちは、気晴らしのために作られた各種コンテンツのように思える。眺めていると、動画配信サービスの賑やかな番組選択画面を思い出した。

個人的に、本展で特に気になったのは《In the night kitchen》だ。全作品中でこれだけが夜の情景であり、ちょっと他とは違った危うさを感じさせてくれる。ほかのキャンバスと並べられずに独立して展示されていることもあり、表現主義的な異色さが印象に残る作品だ。

《In the night kitchen》

《In the night kitchen》

深夜のキッチンで座る人物は、何をしているのか暗くてよくわからない。もしかしたら何もせず、じっと座っているだけなのかもしれない。夜行性の獣のように、何かを求めて目だけが異様にギラついている。これがまた、真夜中にダイエット中の人がこっそりお夜食を食べている……ような、平和な場面には見えないのである。伝わってくるのは、不気味なほどの「眠れなさ」や、こうして1日が終わることへの不服感だ。

そういえば自分も、無為に過ごしてしまった日の眠れない26時ごろ、こんな目をしてSNSを追っていることが多々あるような……。

《Ideas》

《Ideas》

おもちゃの絵に背を向けて、考えるペーパーピープル。左右に配された口元を覆う人物像は、表情が全く読めず、不安を煽るようだ。ちなみに腰掛けているのはくしゃくしゃに丸めた紙くずである。

展示風景

展示風景

悩めるペーパーピープルと3つ目の展示空間との間には、横幅5mにわたる大型作品が。波を描いたこの《La Torche》は、ジャン・ジュリアンが来日した際に制作されたとのことで、葛飾北斎への力強いオマージュと捉えられそうだ。ダイナミックな動きが、次の展開へと鑑賞者を連れて行く。

拝啓、ヴュイヤール殿

《Drawer》

《Drawer》

続いて現れるペーパーピープルは、紙に絵を描いている。壁には、まろやかな色使いで、平面的に風景を捉えたドローイングたちが並ぶ。ジャン・ジュリアンが好きな画家のひとりだという「親密派」のヴュイヤールを思わせる、優しい雰囲気の作品たちだ。

展示風景

展示風景

と言っても、ここで描かれているのは「親密派」の流儀とは真逆の屋外風景だし、人物も親密というにはあまりにも遠くにいて顔が見えない。それなのに、キャンバスにはやっぱり親密としか言いようのない慕わしさが満ちている。もしかしたらそれは、目の前のものを愛おしむ視点ではなく、遠くなってしまったかつての日常への思慕なのかもしれない。

《Swimmer》(部分)

《Swimmer》(部分)

泳ぐ人物の表現がキュートだったので、ついアップで写真を撮ってしまった。マンガカルチャーに造詣が深いというジャン・ジュリアンらしい、思い切ったデフォルメだ。

展示風景

展示風景

今回の展覧会で登場する人物像は、ただのシルエットになってしまうくらい遠いか、顔の一部が見切れてしまうくらい近いかの、ほぼ完全な二択である。人との距離をこれまでになく意識して過ごす近年、近すぎる顔のドローイングは、オンラインビデオ通話のウィンドウのようにも見えてこないだろうか。

紙は自らの姿に似せて……

そして描かれた絵から、ぺらりと起き上がるオレンジのペーパーピープル。ブルーのほうが、これまでにないくらい嬉しそうな顔をしていてほっこりする。“自分に似た姿のものを創り出す” といえば、思い起こされるのは創世記における天地創造だ。ここでは “神” ならぬ “紙” が、自らの姿に似せてペーパーピープルを創造したのである。お互いを補完し合うように、カラーリングはブルーに対してオレンジ色だ。

《Hugger》いつまでも仲良くね。

《Hugger》いつまでも仲良くね。

こうしてアーティストがはっきりと「ひとりじゃ寂しい、つまらない」と表明してくれることは、とても心強いことのように思える。自分だけでは埋まらない何かを求めて、アーティストは絵筆を取るのかもしれない。

渋谷PARCO、秋の芸術週間

会場併設のミュージアムショップでは、Tシャツやステーショナリーといったグッズが手に入るほか、展覧会記念のシルクスクリーンプリント(限定数25)が抽選販売される。

よく見ると、壁に描かれたペーパーピープルの腕がハンガーラックになっていて可愛い

よく見ると、壁に描かれたペーパーピープルの腕がハンガーラックになっていて可愛い

また、会期中の渋谷PARCOは全館をあげたアートイベント『SHIBUYA PARCO ART WEEK 2021』の真っ最中! 様々な展示や、アート×ファッションのコラボなどが楽しめる、芸術の秋ならではの文化祭状態だ。ジャン・ジュリアンが担当している『SHIBUYA PARCO ART WEEK 2021』のメインビジュアルにもぜひ注目してほしい。

『POCKET PARENTS』展示風景

『POCKET PARENTS』展示風景

ジャン・ジュリアンの個展『PEPER PEOPLE』は、渋谷PARCO4階のPARCO MUSEUM TOKYOにて、2021年10月3日(日)まで開催中。

ちなみに、同じく渋谷PARCOの2階にあるNANZUKA 2Gでは、ジャン・ジュリアンのポップアップ企画『POCKET PARENTS』も同時開催されている。せっかくならそちらにも足をのばして、ジャン・ジュリアンの世界を満喫するのがおすすめだ。

文・写真=小杉美香