劇作家・演出家の鈴木アツトを中心に2003年に設立された劇団印象-indian elephant-が、2021年10月27日(水)〜11月2日(火)下北沢・小劇場B1にて、第27回公演『藤田嗣治〜白い暗闇〜』を上演する。

1920年代初頭に「乳白色の下地」という独自の技法を確立し、日本人として初めてパリで成功した画家、藤田嗣治。彼の人生でパリ時代(1913年〜29年)と、日本に帰国後、トレードマークのおかっぱ頭を丸刈りにし、軍部の協力要請に従って「アッツ島玉砕」等の戦争画の創作をしていく太平洋戦争時代(1938年〜45年)に焦点を当て、評伝劇を創作する。

戦争画とは戦争を題材として描かれた記録絵画で、軍の宣伝や戦意高揚に利用された。ただ、第一次世界大戦の日本の戦争画は、初期は若い画家たちが、自らの問題意識から自主的に従軍して描き始めたもので、その後、戦争画の利用価値に気づいた軍と、新聞の売り上げを伸ばす目的の新聞社によって、1938年頃から戦争画展覧会をイベント化していく動きが始まる。本作では、そうした戦争画を巡る大波に藤田嗣治がどう巻き込まれていったのか、新聞記者・住喜代志との関係の中で描く。

本作は、劇団印象「国家と芸術家」三部作シリーズの一つとして上演。「国家と芸術家」シリーズは、第二次世界大戦時に国家という枠組みに翻弄されたエーリヒ・ケストナー、藤田嗣治、ジョージ・オーウェルの三人に注目し、“自由”な視点や思想で作品を創り出す芸術家たちが、なぜ国家や国民によって“自由”が縛られるということが生じるのか、を描くシリーズ。
2020年に、ドイツの児童文学作家ケストナーの評伝劇を上演し、ナチスによって出版禁止処分を受けた彼の人生が、新型コロナによって活動を制限された我々の生活と重なり、多くの共感を得た。今回は「藤田嗣治」に焦点をあて、なぜ彼が「日本」にこだわり、戦争画を描くのに至ったのかを描き、表現者の倫理とは何かを問いかける。

作・演出:鈴木アツト コメント

エコール・ド・パリの寵児と言われ、1920年代に大成功した藤田嗣治。国際経験も豊富な彼が、なぜ日本型ファシズムに乗っかり戦争画を描くに至ったのか? 太平洋戦争時の藤田がどんな野心を持っていたのか? 書くことで体感しようと思い、この戯曲を書き始めた。

藤田を調べていく中で、当時の画家たちの全てではないにしろ多くが、自ら従軍して国威発揚の絵を描いていた事実を知った。社会の役に立つ絵を描きたい、という若い画家たちの素朴な思いが、やがて、日本の画壇全体で戦争画を描くという波を作り上げる。藤田は、その波に後から乗った画家だったが、誰よりも華麗だった。誰よりも鮮やかに波に乗った。

私は、藤田にも、国民の熱狂を作り出すことに加担したという意味で、罪があったと考えている。しかし、現代の視点で彼の戦争画を見ると、単純な戦意昂揚を狙っただけの絵ではないとも感じる。彼の戦争画は、人間の業としての戦争を、人類の“闇”を捉えようとしている。だから私も、目を凝らして、その“闇”を掴もうと手を伸ばした。