稲葉友の企画で上演を控えている『ともだちが来た』(2021年10月27日〜11月7日)。鈴江俊郎の代表作で、昨年(2020年)は阿佐ヶ谷スパイダースにより上演された。今回、浅草九劇という上演場所が、作品を立ち上げるうえでポジティブに働くと稲葉は語る。大鶴佐助、泉澤祐希という共演者を得て繰り広げる実験的な要素の数々。本格稽古を開始する直前に、キャスト陣が大いに語る。



■実験的な場所に身を置きたい

――『ともだちが来た』を演目として選んだ企画の経緯を教えてください。

稲葉:浅草九劇で何かをしたいという思いがあるなかで、いろんな戯曲を読んでいました。『ともだちが来た』は二人芝居ですが、配役を変えつつ3人でやります。コンビの組み合わせが6通りあるんですよ。それも毎回の上演前にコイントスで決めるという……。かなり実験的です。稽古前ですが、いろんな要素があるので、もう大変だってことはわかっています(笑)。やれることは全部入れ込んだつもりです。

稲葉友

稲葉友

泉澤:稲葉さんから声がかかったとき、めちゃくちゃ悩みました。だって不安要素だらけじゃないですか(笑)。「楽しそう」よりも恐怖が勝っちゃって。だけど確かに今しかできない挑戦だと思いました。

稲葉:(大鶴)佐助と(泉澤)祐希は、企画をイメージしたときにすぐ浮かんできた二人です。イメージ通りだったけど、やっぱりこれだけクレイジーな企画ですから、祐希が不安になるのはもっともなことで……。むしろ不安になるほうが正常な感覚だと思う。僕も不安だし、安心できる材料なんてないですから。そのあたりは正直に話しました。それでも祐希と一緒にやりたかったので、情に訴えかける作戦で引き受けてもらいました。キャスティングの大変さを思い知りましたね(笑)。

泉澤:二人から「俺たちも不安なんだ」って言ってもらえたから、楽になれた部分はあります。

泉澤祐希

泉澤祐希

稲葉:今回の企画、佐助は即答でOKだった(笑)。

大鶴:正直、飛びつきましたね(笑)。ずっと大きなカンパニーの仕事が続いていたので、こういう実験的な場所に身を置きたいという気持ちが強くなっていたんです。役者の仕事は、オファーを受ける意味で受動的な形になりがちなんですけど、モノづくりをしていく能動的な部分をいつも発揮していきたい。今回の企画はそれができそうでだと思って。配役のこともそうですし、演出家もいないからすごく怖いんですけど、20代のうちに、こうして自分たちで集まってモノをつくることはすごく贅沢だと思います。

大鶴佐助

大鶴佐助

 

■コイントスして、配役が決まって、本番!

——今回は、演出家のクレジットが入っていません。監修として、阿佐ヶ谷スパイダースで『ともだちが来た』を演出している中山祐一朗さんが加わりました。

稲葉:配役を変えないオーソドックスな二人芝居だったら、どなたかに演出をお願いしていたかもしれません。今回は二人芝居を3人でつくっていくスタイルだから、俳優の僕らだけで稽古を進めるギミックが通用するかもしれないと思いました。

大鶴:祐一朗さんは、いざというときに助けに来てくれる存在になると思います。僕と稲葉くんは『エダニク』でお世話になった頼りがいのある先輩です。

稲葉:長いあいだ『ともだちが来た』に関わってきたが方が監修として存在することは、すごく心強いです。祐一朗さんは『ともだちが来た』をどう読むんだろう。僕らの想像を超えたアプローチがあるはずです。僕たちよりも全然面白くできちゃう人だから。

――登場人物は「私」と「友」。キャラクター的には対照的なふたりですね。

大鶴:僕は自分自身を「友」に近いと思っていたんですけど、だんだん「私」に比重が寄ってきている。自分のなかにある要素としては、つまりきっとどちらもあるんだと思います。

稲葉:ふたつの役を覚えるだけでなく、相手役が変わるから毎回が新鮮だろうしね。

大鶴:お客さんの前で決めるんですもんね。開演前に舞台に登場して、コイントスして、配役が決まって、本番! みたいな。

泉澤:わー、やばい。想像したくない(笑)。

稲葉:でも、6通りの芝居をつくるではなくて、3人で帰結するところを共有できることが大切だと思っています。「ここを大切にしておけば間違いない」というものを掴んでおけば、3人のうちで誰が「私」でも「友」でも成立するんじゃないかな。


 

■浅草九劇を「信じちゃってる」

――二人芝居だけど、常にひとりの俳優が見ている稽古になるわけですね。

稲葉:そうですね。それが3人でつくる醍醐味だし、共通認識を探していく作業がより大切になると思うんです。。

大鶴:やっぱりなかなかチャレンジングな企画です。めったにできないよ、こんなこと。

泉澤:大変だもんな。だいたい、誰もやろうと思いませんよ(笑)。

——『ともだちが来た』という戯曲を読んで、何を感じましたか?

泉澤:ファンタジーな感じはあったけど、日常の感覚に近い、自分にも起こりそうなシチュエーションに思えました。たわいもない会話が続いていて、この二人のあいだに流れているのは果たして本当に友情なのか? 言葉のニュアンスでぜんぜん違うようにとらえられる台詞があるんです。すごくリアルでした。

大鶴:いい意味で余白の多い戯曲だなと思いました。静かな情熱がある戯曲という印象です。自分のなかにあるものを引っ張り出さなきゃ成立させられないむずかしさがあるなと。

稲葉:余白を全部埋めて的確にやるといい芝居になるかというと、決してそうではない。ノスタルジックにも、今の時代を象徴するようにもできる芝居ですね。

大鶴:「私」と「友」のどちら側に想いを馳せて観るかによって、印象は変わると思います。

——稲葉さんと大鶴さんは、『エダニク』のように浅草九劇で実験性の高い芝居をやることが続いていますね。

稲葉:あのハコだからこそ生まれる空気があって、それを信じちゃっている自分がいます。九劇だったらきっとできると思わされてしまう。

大鶴:あの空間の空気感とか湿度感とか、僕も好きです。

稲葉:本当にこれは感覚的なもので説明しにくいんですけど、あの場所がなんとかしてくれるというか、場に支えられる感じがあるんです。『ともだちが来た』と「浅草九劇」の掛け算で、面白くなる予感がある。

泉澤:僕は初めての九劇なんですよ。

大鶴:九劇だと、目の前のお客さんの表情がわかるんだよね。やっているときに反応がわかりそう。

泉澤:それ緊張しちゃうなあ。

稲葉:客席からのダイレクトな反応がある。だからいい劇場なんだよね。今回、僕以外の二人が出ている回が楽しみなんですよ。「私」を演じる祐希と「友」の佐助。その逆のパターンもある。今の時代、気軽な気持ちでリピートしてくださいとは言えないけど、彼らの芝居を観て、別の配役にも興味を持ってもらえたらうれしいですね。


取材・文=田中大介