2021年10月2日(土)に歌舞伎座で『十月大歌舞伎』が開幕した。第二部では松本白鸚が『時平の七笑』で、菅原道真を追いやった黒幕に初役で挑み、第三部には尾上菊五郎が『松竹梅湯島掛額』で、八百屋お七のために一肌脱いで大騒動を起こしていた。若い世代の俳優たちも、持ち味を生かして芝居を大いに盛り上げる、充実の全三部をレポートする。

■おどろおどろしさも廓の賑わいも 第一部 午前11時開演

一、天竺徳兵衛新噺(てんじくとくべえいまようばなし) 小平次外伝

『天竺徳兵衛新噺』は、市川猿翁が「三代猿之助四十八撰」に撰定した演目のひとつ。鶴屋南北の『天竺徳兵衛韓噺(いこくばなし)』をベースに、南北の別の作品に登場する小幡小平次の怪談をない交ぜにした作品だ。今月は、本編で主人公の徳兵衛は登場せず、小平次と女房のおとわにフォーカスした『小平次外伝』の上演となる。小平次とおとわの2役を、市川猿之助が早替りで勤める。

第一部『天竺徳兵衛新噺 小平次外伝』(左より)女房おとわ=市川猿之助、馬士多九郎=坂東巳之助 /(C)松竹

第一部『天竺徳兵衛新噺 小平次外伝』(左より)女房おとわ=市川猿之助、馬士多九郎=坂東巳之助 /(C)松竹

第一部『天竺徳兵衛新噺 小平次外伝』(前列左より)女房おとわ=市川猿之助、尾形十郎=尾上松也、妹おまき=中村米吉、後列、馬士多九郎=坂東巳之助 /(C)松竹

第一部『天竺徳兵衛新噺 小平次外伝』(前列左より)女房おとわ=市川猿之助、尾形十郎=尾上松也、妹おまき=中村米吉、後列、馬士多九郎=坂東巳之助 /(C)松竹

舞台は、山城国小幡。かつて今川家に仕えていた小平次(猿之助)とおとわ(猿之助)は、不義の仲となりお家を追放され、いまは夫婦として、この里で暮らしている。しかし小平次が巡礼に出て留守をした間に、おとわは馬士多九郎(坂東巳之助)と愛人関係に。多九郎は、おとわと晴れて夫婦となれるよう、巡礼から戻ってきた小平次を殺すことにする……。

第一部『天竺徳兵衛新噺 小平次外伝』(左より)馬士多九郎=坂東巳之助、小平次=市川猿之助、小佐保天南=市川猿三郎 /(C)松竹

第一部『天竺徳兵衛新噺 小平次外伝』(左より)馬士多九郎=坂東巳之助、小平次=市川猿之助、小佐保天南=市川猿三郎 /(C)松竹

猿之助は、冒頭で小平次を清らかに勤める。庄屋さん(市川寿猿)との掛け合いから人の良さが伝わってくる。沼に沈められる場面では、小平次はとんでもないしぶとさを発揮。多九郎と医者の天南を相手に、這い上がろうとしていた時は、三味線も鳴り、ともすれば喜劇味さえ感じられた。おとわが現れてからの小平次のしぶとさには、生々しさがあった。しかし、おとわの迷いのなさと美しさのおかげで、凄惨な場面にもかかわらずどこか色気をも感じられた。

第一部『天竺徳兵衛新噺 小平次外伝』(左より)尾形十郎=尾上松也、馬士多九郎=坂東巳之助、女房おとわ=市川猿之助、小佐保天南=市川猿三郎 /(C)松竹

第一部『天竺徳兵衛新噺 小平次外伝』(左より)尾形十郎=尾上松也、馬士多九郎=坂東巳之助、女房おとわ=市川猿之助、小佐保天南=市川猿三郎 /(C)松竹

尾形十郎役の尾上松也は、武士らしい佇まいと整った容姿で、多九郎の妹・おまきに一目ぼれされるのも納得の男ぶりをみせる。多九郎役の坂東巳之助は、第一声から粗野で危なっかしい男を明瞭に立ち上げる。人殺しもためらわない危険人物だが、どこか隙があり、そこから愛嬌が滲み出ていた。十郎に秒速で心を奪われる、おまき役をぐいぐいと勤めるのは、中村米吉。おとわと張り合うさまが初心で愛らしく、蝙蝠柄の羽織や煙管が似合うおとわの悪婆の魅力を引き立ててもいた。小平次が幽霊になってからは、怪談でありながら心地よいテンポで展開する。猿之助は男性から女性へ、女性から幽霊へと、早替り、宙乗りで幾度も拍手を起こし、芝居で観客をワクワクさせ続けた。

二、俄獅子(にわかじし)

「俄(にわか)」は、江戸吉原の秋の恒例行事。幇間や芸者が、歌舞伎を真似たパフォーマンスなどを披露して話題を作った。『俄獅子』は、しっとりとした踊りや、2枚の扇を手獅子に見立てた華やかな踊りを通して、廓の中の恋模様を表現する。

第一部『俄獅子』(左より)芸者=市川笑也、鳶頭=尾上松也、芸者=坂東新悟 /(C)松竹

第一部『俄獅子』(左より)芸者=市川笑也、鳶頭=尾上松也、芸者=坂東新悟 /(C)松竹

舞台は、吉原のメインストリート。鳶頭に尾上松也、芸者に坂東新悟と市川笑也。新悟の芸者は、真っ直ぐで柔らかな、余韻の残る美しさ。笑也は、女性誌でいう “大人かわいい” の化身。振りの合間に一瞬みせる、表情の変化も見逃せない。松也は、大胆に紋があしらわれた首抜きの似合う粋な鳶頭だ。若い者に囲まれるほど存在感が際立っていた。ラストの祭囃子に心が浮かれる中、第一部が幕となる。

■善人VS悪人の第二部 午後2時15分開演

一、時平の七笑(しへいのななわらい)

『時平の七笑』は、1777(安永6)年に初演された『天満宮菜種御供』二幕目の通称。もとは全9幕のお芝居だが、現在では今回の一場面だけが単独で上演されている。藤原時平を勤めるのが、松本白鸚。79歳にして、7月につづく初役への挑戦だ。

第二部『天満宮菜種御供 時平の七笑』(左より)藤原宿祢=大谷廣太郎、菅原道真=中村歌六、藤原時平=松本白鸚、頭の定岡=大谷友右衛門 /(C)松竹

第二部『天満宮菜種御供 時平の七笑』(左より)藤原宿祢=大谷廣太郎、菅原道真=中村歌六、藤原時平=松本白鸚、頭の定岡=大谷友右衛門 /(C)松竹

古風な笛の音で幕が開くと、時は平安。紅白の梅の花が咲く記録所で、菅原道真(中村歌六)が、謀反人呼ばわりされる。きっぱり否定する道真に、頭の定岡(大谷友右衛門)は、帝の弟と道真の娘が、恋仲であることを示す和歌の短冊を見せ、これこそが帝を廃して弟を座らせ、娘を皇后にする策略の証拠だと言い立てる。藤原宿祢(大谷廣太郎)、三好清貫(澤村宗之助)も、道真の善行に謀反の意図をこじつける。判官代輝国(市川高麗蔵)は道真をかばおうとするが、春藤玄蕃(松本錦吾)が、密約の証人と証拠書類をつきつける。ついには左中弁希世(大谷桂三)が、帝からの命として、道真に筑紫への左遷を知らせる。道真は無念の涙を流す。

歌六の道真は、毅然とした態度にも無念さにも、実直さと気高さを感じさせた。そんな道真が縄にかかろうという時、藤原時平が現れる。道真を擁護するも、すでに証拠は揃っている。時平は悲しむ。道真は、その温情を受けて、身の成り行きをはかなみながらも大宰府へ向かう覚悟を決める。道真が旅立ち、皆が去った後に時平は……。

第二部『天満宮菜種御供 時平の七笑』藤原時平=松本白鸚 /(C)松竹

第二部『天満宮菜種御供 時平の七笑』藤原時平=松本白鸚 /(C)松竹

白鸚の時平は、純白の平安装束に身を包み、格の高さを見せつける。そしてネタバレになるが、タイトルの通り、時平は笑う。道真を陥れた黒幕の時平は、こみ上げる笑いを止められない。どんでん返しのストーリーに、ぶっ返りや、セリ出す舞台美術など、後半にかけて見どころが続く。クライマックスでは、白鸚のダークな七色の笑い声が、歌舞伎座を支配する。

ニ、太刀盗人(たちぬすびと)

『太刀盗人』では、尾上松緑がすっぱの九郎兵衛、中村鷹之資が田舎者万兵衛を勤める。

第二部『太刀盗人』(左より)すっぱの九郎兵衛=尾上松緑、田舎者万兵衛=中村鷹之資 /(C)松竹

第二部『太刀盗人』(左より)すっぱの九郎兵衛=尾上松緑、田舎者万兵衛=中村鷹之資 /(C)松竹

万兵衛は、田舎から訴訟のために都に出てきて、無事に訴訟を終えたところ。市でお土産を買って郷へ帰ろうというところだ。そんな田舎者の太刀を、すっぱ(スリ)が盗もうとする。これに気づいた田舎者が、目代に助けを求めるのだが……。

第二部『太刀盗人』(左より)すっぱの九郎兵衛=尾上松緑、従者藤内=尾上左近、目代丁字左衛門=坂東彦三郎、田舎者万兵衛=中村鷹之資 /(C)松竹

第二部『太刀盗人』(左より)すっぱの九郎兵衛=尾上松緑、従者藤内=尾上左近、目代丁字左衛門=坂東彦三郎、田舎者万兵衛=中村鷹之資 /(C)松竹

第二部『太刀盗人』前方:すっぱの九郎兵衛=尾上松緑、後方:従者藤内=尾上左近 /(C)松竹

第二部『太刀盗人』前方:すっぱの九郎兵衛=尾上松緑、後方:従者藤内=尾上左近 /(C)松竹

まず登場する鷹之資の万兵衛からは、人畜無害な人柄があふれ出て、花道の七三での名乗りを見ているだけでニコニコしてしまう。まろやかな身のこなしや目線で、万兵衛の高揚感だけでなく、市の賑わいを想像させ、呼び込みの声や雑踏の音が聞こえてくるよう。松緑の九郎兵衛は、一目で分かる不審者っぷり。ターゲットを探す大きな目が客席に向けられると、これは敵わない! という気持ちにさせられる。同時に、愛らしさも感じさせる不思議なキャラクター。2人の連れ舞は、役の個性をそのままに、舞踊のたしかさで魅了する。目代は坂東彦三郎、従者藤内は松緑の長男・尾上左近が勤める。左近は、個性派ぞろいの舞台上でも、まっすぐで素直な佇まいで光っていた。頼もしい声色の彦三郎演じる目代の仕事ぶりは、歌舞伎座の客席でたしかめてほしい。

■笑いと激情と洒脱の第三部 午後5時30分開演

一、松竹梅湯島掛額(しょうちくばいゆしまのかけがく)

八百屋お七を題材に、前半の『吉祥院お土砂の場』はひたすら楽しく、後半の『四ツ木戸火の見櫓の場』は人形振りでドラマチックに展開する。

第三部『松竹梅湯島掛額』(左より)月和上人=市川團蔵、紅屋長兵衛=尾上菊五郎、母おたけ=中村魁春、八百屋お七=尾上右近 /(C)松竹

第三部『松竹梅湯島掛額』(左より)月和上人=市川團蔵、紅屋長兵衛=尾上菊五郎、母おたけ=中村魁春、八百屋お七=尾上右近 /(C)松竹

木曽から攻めあがってきた源範頼軍から避難した人々が、吉祥院に集まっている。吉祥院の欄間には天女が彫られている。お七(尾上右近)は、その生き写しと評判だ。下女のお杉(中村梅花)に促されたお七は、母おたけ(中村魁春)に、寺の小姓・吉三郎(中村隼人)に思いを寄せていることを打ち明ける。しかし、家の借金や、吉三郎の側の事情により一緒になることがむずかしい。これに嘆くお七をみて、奮闘するのが紅屋の長兵衛(菊五郎)、略して「紅長」だ。幼いころから可愛がってきたお七の思いを、どうにか叶えてやりたいと考える。そんな中、範頼の家来、長沼六郎(片岡亀蔵)が釜屋武兵衛(河原崎権十郎)と現れる。お七を範頼の愛妾に迎えようと、月和上人(市川團蔵)のいる吉祥院へやって来てお七の居場所を探しているのだった……。

第三部『松竹梅湯島掛額』(左より)丁稚長太=寺嶋眞秀、紅屋長兵衛=尾上菊五郎 /(C)松竹

第三部『松竹梅湯島掛額』(左より)丁稚長太=寺嶋眞秀、紅屋長兵衛=尾上菊五郎 /(C)松竹

丁稚の長太役で出演する寺嶋眞秀は、堂々としたお芝居は言うまでもなく、舞台を楽しんでいることが伝わってくる明るい表情。運動神経の良さも披露した。これを上回るワンパクさを発揮するのが、祖父で人間国宝の菊五郎。ユーモアや愛嬌、茶目っ気が、菊五郎の人柄なのか紅長さんだからこその個性なのか。どこまでが台詞でどこがアドリブか。分けようのないほどに、紅長として自在に舞台に立っていた。

第三部『松竹梅湯島掛額』(左より)紅屋長兵衛=尾上菊五郎、八百屋お七=尾上右近、小姓吉三郎=中村隼人 /(C)松竹

第三部『松竹梅湯島掛額』(左より)紅屋長兵衛=尾上菊五郎、八百屋お七=尾上右近、小姓吉三郎=中村隼人 /(C)松竹

第三部『松竹梅湯島掛額』八百屋お七=尾上右近 /(C)松竹

第三部『松竹梅湯島掛額』八百屋お七=尾上右近 /(C)松竹

紅長の提案で、お七が欄間の天女と入れ替わったり、お土砂と呼ばれる粉で舞台に出る人出る人をぐにゃぐにゃにしたりと、とんでもない事態になる。アドリブも多い演目だが、一座の空気感にまとまりがあるので、どんな時事ネタが入ろうとも、お芝居の世界観が薄まることはなかった。後半『四ツ木戸火の見櫓の場』では、右近が人形振りでお七を勤める。お七は恋しい吉三郎にお家の刀を届けるため、自身が罪をかぶってでも、火の見櫓の太鼓を打つ決意をする。人形ならではの型を、生身の身体で再現し、右近はお七の感情を発露させる。吹雪の中、目もくらむ美しさだった。太鼓の音が涙を誘った。

二、喜撰(きせん)

10月の歌舞伎座の最後を締めくくるのは、『六歌仙容彩』のうちの一幕、『喜撰』。

第三部『六歌仙容彩 喜撰』前方:喜撰法師=中村芝翫、後方:祇園のお梶=片岡孝太郎 /(C)松竹

第三部『六歌仙容彩 喜撰』前方:喜撰法師=中村芝翫、後方:祇園のお梶=片岡孝太郎 /(C)松竹

満開の桜がひしめく京都・吉野の山に、喜撰法師(中村芝翫)が現れる。遊び好きなお坊さんのようで、祇園の茶屋の娘・お梶(片岡孝太郎)が通りかかると、仏に仕える身でありながら口説きにかかる……。

第三部『六歌仙容彩 喜撰』(左より)所化=中村吉之丞、所化=市村橘太郎、所化=坂東亀蔵、喜撰法師=中村芝翫、所化=片岡亀蔵 /(C)松竹

第三部『六歌仙容彩 喜撰』(左より)所化=中村吉之丞、所化=市村橘太郎、所化=坂東亀蔵、喜撰法師=中村芝翫、所化=片岡亀蔵 /(C)松竹

芝翫は、喜撰法師を勤める。六歌仙に選ばれた、平安時代のトップ歌人のひとりだ。手には桜の枝、枝にはひょうたんを提げ、まずは花道でたっぷりウキウキした空気を作っていた。孝太郎のお梶は小野小町を思わせる役どころ。芝翫の喜撰も孝太郎のお梶も、色気にコクがありつつ、上品でライト。お弟子の所化たち(片岡亀蔵、中村松江、坂東亀蔵、市村竹松、中村玉太郎、市村橘太郎、中村吉之丞)が迎えにくると、空気は変わって一層賑やかになる。チョボクレや住吉踊りといった、江戸時代に大道芸として広まった踊りが取り入れられている。それを平安時代の名高いお坊さんに踊らせる遊び心を楽しみたい。清元と長唄の演奏も華やかに、桜の香に包まれるような一幕で、『十月大歌舞伎』は締めくくられた。

取材・文=塚田史香