『冒(ぼう)』というテーマのもと、今シーズンは“飛び出す、はみ出す、突き進む”作品の数々を上演してきたKAAT神奈川芸術劇場。シーズンラストを飾るのは、『ラビット・ホール』。デヴィッド・リンゼイ=アベアーにより書かれたこの作品は、2007年にアメリカのピューリッツァー賞戯曲部門を受賞後、2010年にはニコール・キッドマンのプロデュース&主演で映画化もされた話題作だ。

かけがえのない4歳の一人息子を事故で亡くし、深い苦しみと悲しみの中にある夫婦。同じ痛みを抱えながらも関係がぎくしゃくしてしまう二人と、彼らを取り巻く人々が微妙に変化していく日常が丁寧に繊細に描かれていく。

演出を手がけるのは小山ゆうな、キャストには妻のベッカに小島聖、夫のハウイーに田代万里生が扮するほか、ベッカの妹に占部房子、母に木野花、夫婦の息子を車で轢いてしまった加害者を新原泰佑、という演技派揃いの面々が顔を揃える。

夫婦は受け止めがたい現実といかに向き合い、これから先の人生をどう生きていくのか……? この取材日が初対面となった小島と田代に、作品への想いを語ってもらった。

ーーこの作品への出演のお話が来て、まずどんな思いを抱かれましたか。

小島:私にも子どもがいるので、ちょっと他人事ではないというか。何とも言えない気持ちになったのが、戯曲を読んでの正直な感想でした。ですから、演じたいけれどどうしようっていう葛藤が、いまだに。

ーーいまだに、ですか?(笑)

小島:いえ、演じますけどね(笑)。やらない選択肢はないですし、そもそもお芝居ですし、自分の生活とは別ですから。それはわかっていますが、常にドキドキしています。

小島聖

小島聖

ーー他人事じゃないと、ついつい辛い気持ちにもなってしまいそうですね。

田代:そうですよね。

小島:でも、物語自体は子どもが亡くなった8カ月後の夫婦の状態から始まるので。それを抱えた上で夫婦が、家族がどう生きていくかを描いていくわけですから。そこを自分の中で、うまく消化していけたらいいなと思っています。

田代:僕の場合は作品や役柄うんぬんの前に、いわゆる劇中で歌わない、ストレートプレイでのオファーにまず驚きと喜びがあり、さらに怖さも含めていろいろと入り混じった想いがありました。

小島:歌ってくれても!(笑)。

田代:じゃ、慰める歌とか歌いますか?(笑) でも、ずっと気になっていた世界でもありますし、ちょうどKAATは今、まさに“冒険”の“冒”という字をテーマにされていますしね。僕もここで、未知なるものに飛び込む気持ちで取り組みたいと思っています。共演者のみなさんも演出の方、脚本の方、劇場も含めてすべて初めましての状態なので、ある意味、安心感はゼロですね。

ーーその環境に飛び込むには、勇気が必要だったのではないですか。

田代:でも脚本はピューリッツァー賞戯曲部門受賞作だそうですし、映画版も拝見してとても素敵でしたし、共演者のみなさんも素晴らしい方ばかりなので、とにかくまずはそこに飛び込んでみようという勇気が湧いてきました。あと単純に、『ラビット・ホール』という、このタイトルがいいですよね。キャッチ―で。だけどよくよく考えたらかなり深いタイトルだなあ、良きタイトルだなあとも思いました。

ーーお二人は、今日が初対面だそうですね。

小島:そうなんです。ですから、今日が本当にこの作品の始まり、第一歩という感じです。いろいろなことを経た夫婦の今、そこからの話なので心身をギュッと縮めないで、もう少し軽やかに柔らかくいられるように、稽古に入っていけたらいいなと思っています。

田代:僕も、こうして小島さんにお会いできたので、稽古の初日まで今日のイメージを大切にしながら、夢に見るくらいまで思い続けたいなと思っています。

ーー目の前にして言いづらいでしょうけれども、お互いの第一印象はいかがでしたか。

田代:僕はもう、妖精さんにしか見えなくて(笑)。あと、インタビューを受けている最中に観察していたんですが、肩甲骨がものすごく柔らかいんですね!

小島:ええ? そうですか?(笑)

田代:なんだか腕が後方に収納されているかのように見事に曲げられて、肩甲骨がクッと綺麗に出ていて。身体がずいぶん柔らかいんだなあーって。

田代万里生

田代万里生

ーー不思議なところに注目されているんですね(笑)。

小島:アハハハ。

田代:いやあ、美しかったです。

ーー小島さん、今までにそう言われたことは……。

小島:ないです(笑)。

田代:そうですよね。でも、いいことですから(笑)。

小島:田代さんだって、立ち姿がピンとしていて姿勢の真っ直ぐな方だなって思いましたよ(笑)。逆に、こんなことを言ったら失礼かもしれませんが、声がものすごく心地良くて。とても好きです。

田代:そこ、ぜひ太文字にしておいてほしいくらいです(笑)。

ーーそれぞれベッカとハウイーについては、どういう人物像を描いていらっしゃいますか。

小島:夫婦にとって、たぶん目指すところは一緒なんだと思いますが、男と女の違いなのか。

田代:ルートが違う、みたいな感じがありますよね。

小島:捉え方が違うことで、摩擦が起きている状態なので。すごく繊細なお芝居になりそうです。だけど、こういうズレって日常にもよくあることですから、恥ずかしいんですけど自分の日常のことも思い出したりしながら、ベッカという役になっていけたらと思っています。

田代:ハウイーが亡くなった子どものビデオを見る場面があって、僕は、彼は比較的穏やかな気持ちで毎日お酒を飲んだりしながら眺めていたのかもしれないと思うんですが、ベッカはそれを見ることすらキツイ様子なんですよね。別にハウイーも子供のことを忘れたわけではないんでしょうし、お互いに逃げているわけではなく向き合おうとはしているんです。ハウイーも彼なりに、夫婦がどうやって自分たちの今後を考えられるようになれるか、一生懸命ポジティブに考えて行動している人物だと思うので。だけど、お互いにそう思っているはずなのにズレてしまう。男と女だから、なんですかね、あのズレ方は。そこは、永遠のテーマなのかもしれませんね。

小島:もう、自分に置き換えて考えるだけで、なんだか涙が出てきそうです(笑)。あのくらいの年齢の子どもって、実際にちょっと目を離した隙にパッと走り出したりしますから。最近、この作品の影響というわけではないと思うんですが、実生活でつい、いつも以上に神経質になってしまっていたりもします。

小島聖

小島聖

ーーそれぞれに共感できる部分、できない部分がありそうですが。

田代:客観的に見ていると登場人物みんなに共感できるんですけど、でも当事者になるとそうは思えなかったりもして。台本を読んでいても「なんでそういう言い方するの?」って思うところも多いですしね。でもそういうこと、実生活の僕らでもあることですし。小島さんは、どうですか?

小島:共感とはまた違うのかもしれないけど、「ああ、こういう場面ある!」って思うところがこの作品にはたくさんありました。たとえば、自分の母親に対しての言葉であったり、同じように悲しいと思っているはずなのに、一番近くにいる夫に対してものすごく強い言い方になってしまったり。そういうことって、日常的にある話ですし、あまり遠い世界の物語だとは感じないだろうなと思いますね。

ーーキャストのみなさんでお互いの経験も踏まえて話し合いながら稽古をすることで、さまざまなことが見つかりそうですね。

小島:ね。でも、わかりやすくスッキリする物語でもないから。たぶん、それぞれが何か思うことを持っていたらいいのかなとも思います。

田代:そうですね。それは、全員の共通認識ではなくてもいいのかもしれないし。答えが出せない状態でどうやって進んでいくか、ということですから。確かにそういうことって、他にもいっぱいあるなあって。

ーー現実世界の出来事と、比べて考えたら。

小島:ほとんどが、そうですよね。きっと稽古をしていても、本番に入っても、毎日のように発見があると思います。今日はこの場面がすごく引っ掛かって、それを抱えたまま最後まで演じたという日もあれば、ひとつの言葉に関して昨日はそう思わなかったけど今日はこんなことを新たに感じた、と思うこともあるだろうし。そんな毎日になるような気がしています。

ーー今回は特に役柄にシンクロすると、重たい気持ちに引っ張られそうな気もしますが。役柄によって、ご自身の日常にも影響があったりするほうですか?

田代:僕の場合、明るい役を演じている時はとことん明るくなっちゃいますね。でも今年はお客さんに嫌われるような役にもチャレンジしていたのですが、悪い役を演じている時も逆に、その反動で明るくなっている気もします(笑)。基本的にポジティブ人間なんです。今回は抑制されるような役ではありますけど、ステージ以外では結局、楽しく過ごすことになるんじゃないかな。そうそう、そういえば以前、ウサギの役をやったことがあって。

小島:へえ!

田代:ミュージカルの『アリス・イン・ワンダーランド』で、耳をつけてウサギ役を演じました。あれは、底なしに明るいキャラクターでしたから、その時は日常もピョコピョコしてましたね(笑)。

小島:アハハ。

田代:総じて、僕は何かを演じている期間は、実生活でより元気になっている気がします。なんだか、楽しくなっちゃうんですよ。だから今回暗い役を演じていたとしても、プライベートで自分も暗くなることはなさそうです。小島さんは、暗い役の時にふだんも暗くなったりなんて……します?

小島:いえ、自分はそうなっていないつもりです、人からどう見えているかはわからないけど(笑)。常に頭の中でセリフを反復していたり、その役のことを考えている時間はどうしても増えてしまいますけど。

ーー今回のカンパニーの中で、特に気になる方は。

田代:僕はみなさんと初めましてなので、全員のことが気になります。お会いするのが、今から楽しみです。

田代万里生

田代万里生

小島:私も、共演経験があるのは木野花さんだけなので、みなさんにお会いする日がすごく楽しみ。

ーー共演経験ある人がひとりでもいると。

小島:少しほっとできますね。

ーーそういう意味では田代さんは顔合わせの日が緊張するかも?

田代:今から、ウサギのように震えています(笑)。

ーー今回、ウサギがキーワードですね(笑)。

田代:実際は、僕はウサギが苦手なんです。

小島:えっ、そうなの?(笑)

田代:動物は好きなんですけど。

ーーウサギは好きじゃない?

田代:好きじゃないのではなく、なぜだか単に苦手なだけです!

小島:ふふふ。

ーーこの1、2年はいろいろと大変なことも多かったと思いますが、改めてこうして演劇を上演できるということに関してはどんな思いがありますか。

小島:それはもうありがたいし、うれしいです。だけど、今まで以上に公演が終わるまで緊張感が抜けません。しかも自分ひとりの健康だけでなく、家族だったり恋人だったり、公演に関わる全員がそれぞれに気をつけなければいけないわけですから。それだけに、幕が開いた時はものすごくうれしいし、幕が下りた時には「良かったあ!」って安心するし。そして劇場まで足を運んでくださる大勢のお客様にも「本当にありがとう!」って心から思います。日々、舞台に立てる重みみたいなものも、自分の中で増したような気がします。何かが大きく変わったわけではないですが、ますます演劇が大好きになったし、やっぱり私自身も観客として劇場に観に行きたいし、行った時にはいつも以上に大きい拍手を送りたいなと思っています。

田代:舞台の場合は、俳優がセリフを言うだけでなく、音楽がかかったり、照明が当たったり、とそれぞれがそれぞれの役割を果たして、それを順番に積み重ねることで成立するわけですよね。そんな中、ここ1、2年は除菌したり、検温したり、PCR検査を何度もしたりと、スタッフの方たちも大変でしたし、その上でお客さんたちみなさんの協力もあってこそ、舞台は開いて、閉じるので。そんなことを考えていると、コロナ禍以前と比べて、よりお客さんと一緒に作っていく感覚が大きくなった気がします。舞台が始まれば、みんな静かに耳を澄ませて、目を凝らして、最後には拍手をして、気をつけて家に帰る、というそれまでは当たり前だったことなんだけれど、この期間はみんなで一生懸命それを果たすために真剣に向き合って、実現させてきたんですよね。公演ができるということが、奇跡の連続で成り立っているんだということを、強く感じています。出演している公演が中止になったりと、辛い経験も何度かしていますから、今回の公演は最後まで完走できるといいなと思います。世の中もどんどんいい方向に向かっているとは思うので、公演時期には今よりももっと良くなっていると願いたいです。

小島:大きなことは何も起こらない、地味な芝居かもしれませんが……。

田代:でも、人によっては劇的な何かが起こるかもしれません!(笑)

小島:だからこそ演劇の良さが感じられる、素敵な時間になると思います。みなさんぜひ、劇場にいらしてください。

(左から)田代万里生、小島聖

(左から)田代万里生、小島聖

取材・文=田中里津子  撮影=池上夢貢