2021年10月22日(金)に、東京・自由劇場にて開幕した浅利演出事務所主催公演『ユタと不思議な仲間たち』。1977年に劇団四季で上演されて以来、アップデートを繰り返しながら再演を重ねるオリジナルミュージカルの傑作だ。前回の公演に引き続き、演出は野村玲子が務め、振付は加藤敬二が担う。

舞台は東北のとある山村・湯の花村。父の死後、母の実家があるこの地にやってきたユタ(=勇太)は、村の子どもたちに馴染めず、彼らから受けるいじめにも耐えることしかできない。そんなユタを優しく庇う同級生の小夜子。彼女もまた、義理の母親に家事や子守を押し付けられ、つらい毎日を送っている。ある日、母の旧い知り合い・寅吉じいさんから、村に伝わる”座敷わらし”の伝説を聞いたユタは、彼らが現れるという銀林荘に1人で泊まることを決意。すると満月の晩、5人の”座敷わらし”がやってきて、ユタに身の上話を語りはじめたーー。

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)

冒頭、ダンスだけで村の子どもたちのユタに対する敵意と、そこから逃れようとするユタの葛藤が描かれる。歌やせりふを使わず、登場人物の関係性をダンスのみで現わすこの展開から『ウェストサイド物語』のオープニングを想起させられた。

かつてユタ役としてこの作品に出演経験もある加藤敬二の振付は、俳優の感情を引き出し、爆発へと導く。どの場面も、ダンスが単なる動きや彩りではなく、登場人物の心情を現わす表現としてそこに在る。本作におけるダンスは言葉を使わないせりふなのだとあらためて実感した。

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)小夜子役=中村ひより

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)小夜子役=中村ひより

ユタ役の横井漱は、大人の都合で都会から山村に連れてこられた困惑と、その土地に何とか馴染もうとする少年の複雑な心境を丁寧に演じる。母(坂本里咲)が「東京では友だちも多くキラキラしていた」とユタについて語るのだが、外でスポーツに燃えるタイプではなく、家の中で友人たちとゲームや漫画に親しむ生活を送っていたのが想像できる優しい造形だ。

藤原加奈子が演じる小夜子(Wキャスト)は、純粋でありつつ、動物や植物とも意思の疎通ができる超自然的な力を(本人が無自覚のうちに)宿しているようにも見えた。この小夜子像だと、ユタ以外の子どもたちには見えない座敷わらしの気配を彼女が受け取る設定に強い説得力が生まれる。

そして『ユタと不思議な仲間たち』における重要なキャラクター、座敷わらしたちは今回も本当に素晴らしかった。

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)

前回公演に続きペドロを演じる下村青、四季在籍時代にもダンジャとして舞台を踏んだ山崎佳美をはじめ、5人の座敷わらしたちは完璧なチーム感で物語をけん引。

あくまで明るく、時に自虐的な笑いすら生み出しながら、ユタの村での自立を手助けしようと奮闘する彼ら。その底抜けの明るさが切ない痛みとなって胸に刺さる。なぜなら”座敷わらし”とは、この世に生まれることはもちろん、ちゃんと死ぬこと……死者として弔われることすら叶わなかった”生と死の間にいる存在”だからだ。

まだ目さえ開かない生まれたての時に、飢饉で食べるものがないとはいえ、親の都合で亡き者として扱われた彼らが、ユタへの「ご挨拶」で明るく歌う「ワダワダアゲロジャガガイ」というフレーズは南部弁で「私だ、私だ、開けてくれ、お母さん」という意味。本来ならば、遅くまで外で遊んでいた子どもが、母親を呼びながら戸を叩く時に使われるのであろうが、座敷わらしの彼らは戸を叩くことすらできない。自分の姿が見えない母親に向かって「ここにいるよ、お母さん」と風の中からずっと語り続けてきたのである。なんて哀しい言葉だろう。

そんな座敷わらしたちが「生きているって素晴らしい」と語る言葉にはこれ以上ない強度がある。

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)

今回、浅利演出事務所が7月から行っていたプレ稽古の現場も見せてもらったが、かつて本作で小夜子を演じた野村玲子が”言葉”をどれだけ大切に扱い、作品と向き合っているかがよくわかる稽古だった。

難しい南部弁のイントネーションをオーディションで合格した俳優たちと丁寧に読み込み、台本に書かれたせりふを細かく分析しながらそこに感情を乗せていく。その稽古の様子はまるで外国語を習得するかのようだった。とは言え、まったくピリっとした空気はなく、稽古場には時に明るい笑い声も響く。車座になって各自が持ち寄った詩の朗読をするワークショップもあった。今、新作ではない舞台の稽古に3か月以上かけ、ベテランと若手俳優がしっかり向き合うカンパニーがどれだけあるだろうか。

劇団四季の創立メンバーの1人として長らく劇団の代表を務めた故・浅利慶太氏が芝居作りに専念するため浅利演出事務所に活動の拠点を移したのは2015年。四季の出身でない若い俳優がアトリエで「浅利さん」と気軽に呼びかけ、周りの空気が一瞬緊張した時に浅利氏は「確かに浅利さんで間違いないよな」と笑ったそうである。私はこのエピソードがとても好きで、代々木のアトリエに入れてもらうたび、その光景を想像してちょっと嬉しくなってしまうのだ。

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:友澤綾乃)

話を『ユタと不思議な仲間たち』に戻そう。

この作品の見どころのひとつが、日本の原風景や、ある種、抒情的ともいえる世界観に、レーザー光線をはじめ、新しい技術を使った演出がうまくマッチしている点。特に座敷わらし登場のシーンはイリュージョンを見ているようだ。

この約1年8か月、舞台の幕が開くことは当たり前でなく、「奇跡」なのだと実感させられる日々が続いた。毎日流れるネガティブなニュースに触れて、自分にとって”生きる”とはどういうことか答えを探した人も多かっただろう。

そんな今だからこそ、この世に生まれることができなかった座敷わらしたちが明るく、そして強く語りかけてくる「生きているって素晴らしい」「友だちはいいもんだ」「みんなは1人のために、1人はみんなのために」というメッセージは強く、そして真っ直ぐ私たちの心に響く。彼らの姿に触れ、明日も生きよう、と前を向ける。

長きにわたってさまざまな俳優たちに受け継がれ、多くの観客の心をとらえてきた日本のオリジナルミュージカル『ユタと不思議な仲間たち』。丁寧に創作された熱をぜひ劇場で体感して欲しい。

(文中の出演者は筆者観劇時のもの)

取材・文=上村由紀子(演劇ライター)