2020年1月に草彅剛主演×白井晃演出で上演された音楽劇『アルトゥロ・ウイの興隆』が、2021年11月14日(日)にKAAT神奈川芸術劇場にて待望の再演を迎える。本作はヒトラー率いるナチスが独裁者として上り詰めていく過程をシカゴのギャングの世界に置き換えて描いたという、ドイツ演劇の巨匠ベルトルト・ブレヒトによる大胆な作品だ。

開幕まで約2週間というタイミングで、KAAT神奈川芸術劇場にて主演の草彅剛に話を聞くことができた。前回公演時、稀代の悪役アルトゥロ・ウイ役で客席を熱狂の渦に巻き込んだ草彅は、二度目となる本作にどのように臨むのか。稽古場の様子から、演出家白井晃に寄せる信頼、生の舞台ならではの魅力など、実にリラックスした様子で楽しそうに語ってくれた。

草彅剛

草彅剛

自分がやってきた活動の原点であり集大成

ーー今年は本作の前に舞台『家族のはなし』や大河ドラマ『青天を衝け』もありましたが、改めて演じることの楽しさや難しさを実感したことはありますか?

それぞれ現場も違いますし、あまり難しく考えずにやるのがいいんだろうなと思っています。一人でやるものではないから、いい感じに周りに巻き込んでもらうことも大事だなって。大河ドラマでは着物を着せてもらったりかつらを合わせたりいろんな準備があって、そのときのスタッフの方の気持ちやエネルギーをもらって役になります。今回の舞台でもたくさんのスタッフの方がセット、美術、音響、どれも最高に作ってくれているので、その中に入って巻き込まれていく感じがお芝居だなあって。その場の空気を感じてやるのが大事だなと改めて思いますね。

ーー初日まで残すところあと僅かですが、稽古の様子はいかがですか?

こんなにおどろおどろしい話なのに、みんな楽しそうにやっています。白井(晃)さんも振り付けを覚えちゃったのか、稽古場で踊っているんですよ(笑)。オーサカ=モノレール​さんの生バンドがすごく高揚感があるので、みんな楽しくなってすぐセリフを忘れちゃうんです(笑)。僕が「ゲロッパ!」と歌っていると、おじさんたちが汗かきながら周りで踊っていて、それがすっごく爽やか(笑)。若いダンサーの女の子たちもいるんですけど、負けじとおじさんたちが頑張っている姿を見ると青春だなあって。

ーー生バンドの高揚感からあの熱狂が生み出されるんですね。

ウイがどんどん裏切ってのし上がっていく様に、JB(ジェームス・ブラウン)の音楽が重なってわけのわからない世界になっていくんです。JBの歌なんて普通歌えないですよ。どうにかこうにかシャウトして、歌っているというよりウイの叫びです。でもそこに白井さんがよく言う“異化効果”が生まれているんでしょうね。あれは全て役者が演じているショー仕立てのものだという解釈もありますし、深く考え過ぎず、僕は自分の集大成として破茶滅茶にステージで暴れまわろうと。それが僕のテーマだと思うので。大げさかもしれないですけど、人生を懸けています。歌、踊り、芝居、音楽、いろんな要素があるので、自分がやってきた活動の原点でもあり集大成だなと。まあ、どの作品でもいつもそうなんですけどね。でも特にそう感じる舞台だなと思っています。

草彅剛

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ーー草彅さん演じるシカゴギャング団のボス アルトゥロ・ウイは、稀代の悪役と称されています。改めて感じる悪役の魅力を教えてください。

気持ちいいですよね。同時に人間の怖さ、恐怖、本能みたいなものもすごく感じます。それって大事なことなんじゃないかなあ。悪役って演劇やドラマに欠かせない存在であり、誰しもが悪というものを持っていると思うんですよね。悪に気付かされることによって、正しいことや優しいところも見えてくる。悪いことは悪いんだけれど、それに触れたり演じるっていうのは心地いいですね。一番手っ取り早く違う自分になれる感じがします。

ーーでは、ご自身とウイは真逆な人物だと思いますか?

うーん……でも、自分にもウイのようなものがあるんだろうなあ。自分の中にないものはできないなと思いますし、演じたとしても伝わりにくくなってしまうような気がします。観客の方が僕のウイを観てそれを受け止めて心が動いたのであれば、僕の中にそういうものが事実存在しているから響いているわけで。薄っぺらいものではお客さんの心は動かせないから、伝わったということは僕の中にウイの要素があるんでしょうね。「草彅剛って悪いやつなんだ」って思われていいというか、だから僕は自分の中の悪いものを出したいし、それが楽しみでもあります。

白井さんのココが信頼できる!

ーー白井さんとは舞台『バリーターク』(2018年)で出会い、そのときにこれまでにない感覚があって前回の『アルトゥロ・ウイの興隆』(2020年)のお話もすぐに引き受けられたとうかがっています。

『バリーターク』のとき、ちょうどここが稽古場だったんですよ。この稽古場から本当に全てが始まったなと思っています。ここで稽古しながら白井さんに導いてもらっていくうちに、発見がたくさんあったんです。「新しい地図」をスタートさせて初めての仕事が『バリーターク』だったので、自分の中で“新しい出発”というすごく大きな気持ちがありました。KAATがある横浜にも自分で電車に乗って通っていて、そういうのもすごく新鮮で楽しかったですね。全てはこの稽古場から始まっているんです。KAATが好きだなあってすごく思うんですよね。もう僕KAATに住んじゃおうかな(笑)。舞台っていつも幸せでいられるというか、僕生きてるなあって感じられるんです。毎日の稽古は辛いことは辛いんですけど、それと同じくらい楽しい。汗をかいて大きな声を出して、みんなで白井さんに100本ノックをくらっているような感じ。自分の限界ってどこか自分で決めてしまっている部分があるんですけど、白井さんがニコニコしながら「もう1回やってみよう」と言うと、どんどん自分の扉が開いていく感じがするんですよね。

草彅剛

草彅剛

ーー今回の白井さんとのお稽古でも、新しい扉が開いていますか?

今、絶賛開き中な感じです。ブラッシュアップして前回より鋭くエッジが効いている。怖さもあるし、底しれぬ雰囲気で、どこかユーモラスなところもあります。みんながそれぞれ自分の役を楽しんでいて、前回の初演があったからこそ次の高みに登れるんじゃないかなと。

ーーちなみに、白井さんのどういうところに魅力を感じますか?

元々演技もされてきた方なので、すごくお芝居がお上手ですよね。稽古中に目の前で演じてくれることもあるんですけど、みんなあの白井さんのトーンは出せない。そういうところも魅力ですよね。役者としっかり向き合ってくれるし、演出もわかりやすいし、演劇がすごい好きな方なんだなあと。演出しながらも照明やセットのことを考えていたんだなという瞬間を目の当たりにすることがあって、そういうときは「白井さんかっこいいな〜!」といつも思います。

定着しつつある、舞台本番中のモーニングルーティーン

ーー最近は筋トレにハマっているそうですね。

筋肉大事ですね〜。くちゃなぎくんも47ちゃいなので(笑)、筋肉がないと動けないんですよもう。舞台は登ったり降りたり、どうやったって動きますからね。ウイは裏切りますけど筋肉は裏切らないので(笑)。稽古しながらどんどん筋肉がついていって、みんな後ろ姿が日に日にたくましくなっています。『アルトゥロ・ウイの興隆』のオヤジたちはみんなイケオジですよ!

ーー舞台本番中のルーティーンはありますか? やはり朝は愛犬とお散歩でしょうか。

本番中は時間がないので散歩に行けなくなっちゃうこともあるけれど、今回は行きたいなと思っています。どういうルーティーンになるかはまだ決まっていないなあ。でも、舞台が始まると朝起きて必ずコーヒーを一杯飲みますね。それはちょっと最近定着しつつあるかもしれません。豆はブルーマウンテン。薫り高くてパキッとしていて、ちょっと台本を開こうかなという気持ちにさせてくれるから。

ーー京都公演と東京公演の間には年末年始のお休みがあります。どう過ごされますか?

これ結構テーマですよね〜。12月の京都公演を終えて帰ってきて「やったーお正月だー!」って暴飲暴食したらウイになれないんじゃないかと心配しています(笑)。お正月って楽しいじゃないですか。年越しそばとか餅とかおせち料理とか、おいしいものがいっぱい。劇中みんなが僕のことを抱えるようなシーンもあるので、太ったらみんなに負担がかかっちゃう(笑)。食べ過ぎには気をつけます!(笑)

草彅剛

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「生の感動は絶対忘れちゃいけないというか、僕には忘れられない感覚です」

ーー初演から約2年が経ち世の中の状況が大きく変わった今、作品の持つメッセージも変わってくると思われますか?

その時々でどうやったって同じものにはならないと思います。コロナ禍ではみんなたくさん苦労して、悲しいこともあって。舞台もすごく規制が厳しくなってやむを得ず中止になったものもたくさんありますし、本当に悔しい思いをしてきました。そういう気持ちが観る方にもあると思うので、このタイミングでやるというのはとても意味のあることだなと。

ーー最近は規制がある中でも上限が増えてきたので、劇場に入ることができるお客様が増えそうですね。

コロナを知らないときは劇場にお客さんが入るというのが当たり前のような感覚だったけれど、改めて舞台に立てるというのは奇跡的なことだなと思います。やっぱり生の舞台観劇ってアナログですし。電車や車や飛行機を使って同じ時間・同じ場所に集まるのって、ネット世界とは真逆のこと。でもそこでしか得られない生の感動は絶対忘れちゃいけないというか、僕には忘れられない感覚です。劇場では改めてそういうものを感じてもらいたいですね。配信には配信の良さがあるけれど、ステージの上に立つのが原点だなと思います。

ーー本公演は11月の神奈川公演から始まり、12月の京都公演、1月の東京公演と3箇所を巡る長期公演となります。

約40公演あるので、これは半端じゃないなと思っています。経験上そんなにやったことないんじゃないかなあ。未知の世界ですが楽しみでもあります。もちろんプレッシャーや緊張もあるんですけど、カンパニーのみんなとそれだけ長く一緒にいられるというのがすごく楽しみ。まだ行ったことのない世界にみんなで行ってみようぜ、みたいな。ウイを演じているときって、普段発することのないようなエネルギーを暴れるように会場にぶつけるのが最大の幸せなんです。それを観に来てくれた方が「何だったんだろう? でも劇場に来てよかったな」と思っていただけるような、今まで感じたことのない新しい感情を持ち帰ってくれたら嬉しいですね。

草彅剛

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取材・文=松村蘭(らんねえ)  撮影=池上夢貢