デビュー作からわずか半年、映秀。がセカンドアルバム『第弐楽章 -青藍-』を作り上げた。自ら「自分との闘いというか、葛藤が混ざった作品」と語る本作を、何と向き合いどのように生み出していったのか、そして映秀。というアーティストの思考とあり方とは。音楽雑誌・MUSICAの有泉智子氏を聞き手に迎え、あらためて解き明かしていく。

——今年3月にデビューアルバム『第壱楽章』、そこから半年でセカンドアルバム『第弐楽章 -青藍-』と非常に早いスパンでのリリースなんですが、まずはご自分にとってこの2作はそれぞれどんな作品だと捉えていますか。

『第壱楽章』は自分がやってみたいことへの挑戦が詰まったアルバムで、『第弐楽章 -青藍-』はそこにプラスして、自分との闘いというか、葛藤が混ざった作品なのかなと思います。だからどっちかと言うと、『第弐楽章』のほうがグロい色をしてる感じのイメージですね。

——『第壱楽章』の1曲目である「零壱匁」には<僕が何者かは僕自身が決めるんだ>という言葉が歌われているのに対し、『第弐楽章』の1曲目である「第弐ボタン」では<比べちゃうんだよ、それと僕を/僕は僕なのにね/学ぶほど自分の醜さに打ちのめされるんだよ><僕の生活の色はなんだっけ>と歌っています。この差はわかりやすくこの2作の違いを物語っていると思うんですが。今おっしゃった自分との闘い、葛藤というのは、もう少し具体的に言うとどんなものなんですか?

こうやって曲を発表していくからには「自分ひとりだけの音楽、ではないもの」でありたいんですけど、自分の内なるものを発信することと、みんなが聴くものとして世に出すことの擦り合わせが難しかったというか、その擦り合わせにおいて背伸びをしてしまう自分が凄くいたんですよね。………『第壱楽章』の時は、根拠のない自信に満ちあふれていたというか。でも『第壱楽章』を作ってから、いろんな音楽を学びに行って。それまでは自分の中でできるものを作ってたけど、もっともっといろんな音楽を知りたくなって学べば学ぶほど、「自分ってちっぽけかもしれない」みたいなことに気づいて、自己愛とか自尊心みたいなものが1回バーンと崩れ。より外の世界を見るようになったからこそ自分の醜さに傷つく部分があったり、自分のプライドを剥がさないといけないなってことに気づいたのもあったんですよね。それで、ダセぇ自分から脱せって自分に言い聞かせるために「脱せ」という曲を作ったんですけど。でも、プライドを崩していくと一緒に自信も削がれていくものだし、そこから脱しようとする度に自分って何だろう?というところに立ち返ったし……そういう葛藤が凄くある中で生まれた曲達が『第弐楽章』には入ってると思います。

——そもそも、映秀。としての活動は、2018年に「夜ル進ミ歩ク」という曲のMVをYouTubeにアップしたのが最初のアクションでしたよね。当時はどんなヴィジョンを持っていたんですか。

一番最初はただ楽しく音楽をやりたい、そこに自分の伝えたいメッセージをちょっと乗せたい、くらいの気持ちだったんですけど。……高校2年生の時にあるバンドのライヴを観た時に、自分も「誰かのきっかけになる」存在になれたらいいなって思うようになったのが、今こうして活動をしている原点にあって。僕は元々声楽を専攻してて、藝大に行こうと思ってたんですよ。けど、自分が本当にやりたいことが何なのか?ってことは、実はあんまり考えたことがなかったんですよね。中学の時から男声合唱をやっていて、高校の時には関東大会でソリストをやって先生にも褒められてっていう、ちょっと声楽が得意でそれで大学も行けそうだったから、じゃあその道に行ってみようかなっていう感じだったんです。だから僕にとって声楽は本当に「したいこと」ではなく、「自分ができるから、したいこと」だった。そういう感じだったから、(声楽において)できないことが出てきた時に頑張れなかったというか、乗り越えられなかったんですよね。そこに気づかせてくれたのが高校2年生の時に観たMy Hair is Badのライブで。『未確認フェスティバル』のゲストバンドとして出てたんですけど、「昔(前身イベントである閃光ライオット)は落ちたけど、今俺はこうやって立ってる」みたいなことを言ってたんですよ。その上でめちゃめちゃカッコいいライブをやっていて……それを観せられた時に、「今のままじゃ俺はああなれん」と思って。それで藝大を目指すのをやめて、自分の音楽をやっていく形を探し始めたんですけど。

——本当に自分がやりたいことをやり続けてきたからこそ、魂を燃やすようなカッコいいライブをやってるバンドの姿に衝撃を受けたし、今の自分がそういう生き方をしていないことに気づかされた。そしてそれが、自分の人生を変えるきっかけになった、と。

まさにそうですね。その体験はひとつの挫折として今でも自分の心の中に額に入れて飾ってるんですけど(笑)、それこそが僕にとって自分の人生を動かしていくきっかけになったし、俺も誰かのきっかけになる存在になりたいと思うようになった出来事でした。そこから歌に関しては凄くいろいろ考えるようになって。………何となくできてしまうからなあなあで続けていたり、自分の意志が止まった状態で惰性で生きてる人ってたくさんいると思うんですよ。一概にそれが悪いとは言わないですけど、でも僕の曲を聴いた時に、僕の活動を観た時に、一歩立ち止まって「あれ、自分がやりたいことって何だったっけ?」って考え直して欲しいんですよね。僕の曲を聴いて「あ、こいつはこう考えてこうやって生きてるんだな。じゃあ俺はどうだろう?」って考えて欲しい。

——先ほど挙げた「第弐ボタン」もそうですし、<大人になるほど 口癖は大丈夫/自分に嘘付き強くなる が脆くなる><そもそも自分ってなんだろう>と歌う「脱せ」もそうですが、映秀。の曲には自分自身と向かい合い、本当の自分は何がしたいのか、何を思っているのかを問う曲が多いですよね。

詞を書こうとするとだいたい自分のことになっていくんですよね(笑)。意識してそうやってきたわけじゃないんですけど、自然とそうなっていきました。……音楽で寄り添うみたいな言い方があるじゃないですか。でも、寄り添うって依存に近いなと思っていて。僕がやりたいのはそういうことではないんですよね。「大丈夫大丈夫」って音楽が寄り添っていくのもひとつの在り方かもしれないけど、でも僕はそうじゃない、「自分はこうやって生きてるよ」っていうことを音楽で示すことによって、それを見た誰かが「あいつもああやって生きてるんだったら、俺はこうしてみようかな」って考えて欲しい、そうやってその人自身の選択を取って欲しいんです。僕が思う「誰かのきっかけになる」っていうのはそういう意味合いなんですよね。だから人のきっかけになるための楽曲は、本質的に僕自身がどう生きてるかを示す楽曲とイコールになるというか。

——はい。そして、そのためには自分自身を掘り下げざるを得ない。

そうなんですよね。たとえば人間関係で誰かに依存してしまう時期が僕にもあったんですけど、依存してる段階って自分のことがわかってないから、その人に自分がどう見えてるかを見て自分を愛するしかない。それって長期的な関係ではないというか、理想の形ではないなと気づいたことがあって。それこそ高校の頃、人にズブズブ依存してしまってた時期に親友に「目を覚ませ」って言われたんですけど(笑)。その時に、「人」を通して自分を見るという形じゃなくて、「事」を通して自分自身を見る、そういう自分の受け止め方をするほうが素敵な形だなと思ったんです。それを自分のルールとして定めて書いたのが、『第壱楽章』の「誰より何でしょ 人より事よ」という曲だったんですけど。で、僕にとって今は、音楽が自分自身を見る方法になっているんですよね。音楽という鏡を通して自分ってなんだろうなっていうことを見つめ直してるんだと思います。しかも曲を作ったり活動を重ねる度にいろんな鏡がどんどん出てきていて、そのいろんな鏡とメイクもせずにひたすら向き合っている感じがあって……それって辛いんですけどね(笑)。でもそうやって自分と向かい合っているのが今で、その感じは『第弐楽章』にはより濃く出てるんじゃないかと思います。

——「脱せ」には<みんながみんなでみんなを見張ってる/個性とはなんだろな>という歌詞もあります。これは今の社会の風潮に対する批評も落とし込まれた歌詞だと思うんですが。

その部分はコロナ禍とかけてるんですけど。<シークレットインソール積み上げて>と歌ってるんですけど、そうやって虚勢を張らざるを得ないというか、みんなが見張り合ってるから表立って大人になれないというか、そういう環境があるんじゃないかなと感じていて。これは僕というよりは周りの人達を見てて思うことなんですけど、インターネットも含め、虚勢を張らざるを得ない環境があって、そこに踊らされてるんじゃないかっていうことを言いたかったんですよね。で、実は、そうやってみんながみんなでみんなを見張り合って進んでいった先に何があるんだろう?ということを書いたのが、「喝采」という曲で。“喝采”というのは、そもそも「拍手喝采」の“喝采”なんですけど。アンコールとかもそうだけど、ひとりが拍手を始めたらみんながやるじゃないですか。で、僕はこの社会、たぶんひとりはもう拍手を始めていると思っていて。

——というのは?

この曲の一番最初で<時に思うのは人は何を/求めて生きてるの/常に上を見上げんと/それがこの世の定めなの>って歌ってるんですけど、この社会って、みんな上を目指して生きてるじゃないですか。でも、その先に幸せがあるなんてわからないわけで。それなのに、ひとりが上を目指そうって拍手を始めた結果、みんなそれを求めてるみたいな感じになっているというか、そういう環境に左右されてそうなってしまっている………その環境自体が気持ち悪いなっていう曲にしようと思って書き始めた曲なんですよね。上を目指すみたいな欲って、ひとりの持ってるものは小さいかもしれないけど、みんなが持ってたらやっぱり誰かが無理をすることになるし、実際に今はその結果、地球が無理をしてる状態にあるとも言えるわけで。

——この曲で<文明開化 音の鳴る方へ>とも歌っていますが、人が文明の発達を求め続けた先に、気候変動をはじめとする様々な環境問題が深刻化している現実がある。

そう。でも文明が上を目指した先に僕らが住む地球がなくなっちゃったら元も子もないじゃないですか。そういうことへの皮肉から始まった曲ではあるんですけど、作っていくうちに自然と皮肉的な内容だけではなくなって、音の鳴るほうにみんなで進んで行った先に廃れた未来が待っていませんように、<どうか どうか/この先笑えてますように>という、この先に幸せがありますようにっていう祈りを込めた曲になったんですよね。<この世を笑えていますように>とも歌ってるんですけど、それは<この世を笑え>という皮肉さえも言えなくなってしまう未来ではありませんようにっていう、そんな祈りでもありますね。

——今回の『第弐楽章』では、『第壱楽章』でタッグを組んでいたTomoLowさん、高野勲さんというプロデューサー以外にも、Kan Sanoさんをプロデュース&編曲に招いての「砂時計」も収められていますし、今お話に挙がった「喝采」はCRCK/LCKSの小西遼さんがプロデュース&共同アレンジを行なっていて、演奏にも井上銘さんや石若駿さんというCRCK/LCKSのメンバー、そしてYasei Collectiveの中西道彦さんといった方々が参加しています。他の楽曲でも須藤優さんやakkinさん、玉田豊夢さんや河村吉宏さんなど様々な優れたミュージシャンとご一緒されていますが、そういう経験は映秀。にどんなものをもたらしていると思いますか。

自分がリスペクトできるミュージシャンの方々と一緒に音楽を作っているというのは、純粋に凄くワクワクする経験であるのは間違いないし、いろんなことを凄く学ばせてもらってますね。……最初のほうで、『第壱楽章』を作ってからいろんな音楽を学びに行ったという話をしましたけど、そのひとつのきっかけが“喝采”のデモを作ったことで。“喝采”のイントロは『第壱楽章』の「笑い話」のアウトロと繋がってるんですけど、あの部分ができた時にイメージしてたものがあって、でもそのグルーヴをどうやって作ったらいいかわからなかったんですよ。それで、「これを実現させるためにはどうしたらいいんだろう?」と思って、池袋にあるファンクとかのセッションバーに通うようになって、そこで友達ができたり、いろんなことを学んでいったんですよね。リズムに対する意識っていうのは「喝采」を作るに当たって凄く大事だなと思ってたんですけど、前までは「なんとなくこのBPMがいいかな」みたいに感覚に凄く任せてたところから、そのセッションバーでリズムのヨレ具合とか跳ね具合とか音の短さみたいなものが楽曲全体に凄く大きく作用してるんだなっていうところに気づいて。
で、実際にジャズをやってたドラマーの友達にアイディアを借りたりしながらアレンジを作っていったんですけど、新しい環境でやってみたいなと思って小西さんにお願いして。それで僕のイメージしてたものが凄く形になったと思います。ただ正直、悔しいけどちょっと食われたなとも思ってて……音楽的な力の差を見せつけられたというか、ウワーってなって………揉まれましたね。今までは神様だった人達が僕の中で人になったんですよ。で、人になったからこそ、今の自分との距離を実感してショックも受けて。それって1日2日でどうにかなるものじゃないけど、でも食らいついていこうっていうのはありました。小西さんも僕の感性を信じてくれたので、大変ではありましたけど凄く楽しかったし、踏ん張れたなと思います。

——対して、「諦めた英雄」という曲は、プロデュース&共同編曲にクレジットされている市川豪人さんをはじめ、ほぼ同い年のメンバーで制作されたという話を伺っています。ガットギターをフィーチャーしたスパニッシュっぽい曲調なんですけど、終盤にトラップと哀愁のある枯れたギターが合わさるという間奏が入りつつ、最終的にストリングスも入ったドラマティックなエンディングを迎える面白い展開の曲なんですが、これはどんなイメージから生まれていった曲なんですか。

豪人は高校の時からの友達で、それこそさっき話した「喝采」の初期段階でアイディアを出してくれたのが豪人だったんですけど。最終的に「喝采」は小西さんにお願いしたけど、豪人とも何か一緒にやりたいなと思って「諦めた英雄」のデモを投げたら、想像以上のものが返ってきて、これは一緒に作ったら面白いんじゃないかと思って作り始めました。だから最初から狙ってたわけじゃないんですけど、「諦めた英雄」は若者の曲だから、それを同年代で作れたのは結果的に凄くよかったなと思ってて。完成した段階で歌詞もメロディも音も全部の辻褄が合いましたね。

——この「諦めた英雄」は<街は燃え盛り 彼は遠くへ行く>という言葉から始まる曲ですが、今の混沌とした、そして殺伐とした社会への危機感が歌われている曲だと思うんですけど。

まさにそうですね。これは現状について表現している曲で。最初はど頭の<街は燃え盛り彼は遠くへ行く>だけあったんですよ。ふと歌いながら弾いてて、それいいねって友達に言われて。最初はただの物語にしようと思ってたんですけど、いや、これはただの物語じゃないな、街が燃える理由は必ずあるはずだと思って広げていったら、「これって今の社会じゃん」と思って。街が燃えるってふと口から出た言葉だけどまさに今じゃん!と思って、そこからガーッと書いていった感じですね。英雄にも悪魔にもなれる若者達がたくさんいるじゃないですか。社会を嘆いたり絶望してるのも自分達だけど、結局、その社会を作ってるのも自分達で。最後に<拭いきれぬ赫い手と/火の元は彼にある>って言ってますけど、街が燃えてるその<火の元は彼にある>わけですよ。つまり街が変わらない、国が変わらないのも、変わろうとしない彼ら、そして僕に非があるよなっていう、そういうことを歌った曲ですね。コロナ禍でも酒飲んで騒いでいるような若者が問題になってたりしましたけど、そうやって街に火をつけて燃やしてるような人がこの曲を聴いてどう思うかはわからないけど、自分の行動を考え直すきっかけになればなと思う。なんか、何をやるにも当事者意識がないと思うんですよ。自分ごとじゃないというか、みんな浮いてる感じ。僕もちょっとフワッとしてる時期はあったけど、今はもっと近づきたいなと思っていて……そういう意識から生まれてきた曲だと思います。

——デビュー前に初めてインタビューした時に、「映秀。にとって歌とは何ですか?」と訊いたら、「今の僕にとっての歌は『言語』だと思ってる」と言ってたんですよね。アルバムを2作作った今、同じ問いに対してどう答えますか。

今もまったく変わってないですね。上手い歌を歌うつもりでやってるわけでは全然なくて、自分が思っていることを相手が汲み取りやすい形で届けるための言語であり、みんなとコミュニケーションをするための言語であるっていう、その考え方はずっと変わらずに持っています。だから歌の上手さとか技術とかで勝負したくなくて、自分なりの使い方をして歌を歌いたいなって思ってるんですけど。……やっぱり言葉だけ、文章だけって凄く難しいと思うんですよね。文章を書いてる人は凄いと思うんですけど、僕には凄く難しいなと思ってて。でも、僕には音とメロディの補助がある。僕は分厚いサウンドが好きっていうのがあるんですけど、それもそういうことなのかもしれない。音にいろんな情報を入れ込んでいるというか。自分がこう思ってるんだってことを伝えようとした時に、言葉だけだと人によって捉え方が違うから、言葉だけじゃなくてメロディや音も合わせて表現することが必要なんだと思います。

——この1年で2作のフルアルバムを作ったというスピード感含め、ここからまたどうなっていくのか、とても楽しみですね。

自分との競り合い、社会との競り合い、自分の音楽性との競り合い、いろんな競り合いをしながらやっていくんだと思います(笑)。まずは『第弐楽章』を出した後、ファーストライブで打ちのめされ、その次にまた自分が何を作るかっていう……。

——打ちのめされるのは前提なんだ(笑)。

はい(笑)。きっとその繰り返しだと思うんですよね。そうやって『第弐楽章』もできたので。だからこそ、まだ(本格的に制作を始めてから)1年しか経ってないのに、これだけ詰まった音楽ライフを送れてるんだと思いますし、この感じを続けたいんですよ。それって幸せなことだと思うんですよね。僕はそこまで器用な人間じゃないと思ってるんで、そういうことを繰り返して僕なりの社会との接点を見出したい。きっと見出してからも葛藤の連続だとは思うんですけど、まずはそこから始めたいし、その中で自分がどういうものを作っていけるのかが自分でも凄い楽しみですね。

取材・文=有泉智子